第6闇 黒き男と白き少女
気が付いたとき、僕は樹にもたれていた。どういうわけか不死鳥の力が発動していたらしく、僕の両腕は羽毛に包まれており、背中には大きな翼があった。
しかし、羽毛の色は赤ではなく黒で、翼も漆黒であった。そしてどういうわけか、全身ボロボロで、やけどだらけであった。
不思議な事に傷が回復しない。それどころか、傷口から黒い炎が上がり、傷を焼いていた。
木の影に隠れて、全身の炎の痛みに耐えていると、
「君が、鬼冴三燈火君?」
と、全身を黒い炎に包まれている男に話しかけているとは思えない程落ち着いた声が聞こえた。女の声だ。
この声は聞き覚えがある。力なく振り向くと、知っているが、知り合いではない女子生徒――最近転校してきたばかりだが、どういうわけか我が校の生徒会長になった、一角光。
「黒ね。やっぱり、始まっちゃったか。最悪のタイミングで、やってくれたものねあのサキュバス……」
そう言って、生徒会長は僕の額に触れた。次の瞬間――僕に触れている部分が白く輝き、何故かわからないが心が妙に落ち着いた。何かに似ている。
――そうか、これは不死鳥が治癒能力を発動した時の光によく似ている。色は、違うけれども。
全身が燃えているのに落ち着くなどと言うのはおかしな話なのだが、おかしなことに僕はクラスメイトを憎んでいなくなったのだ。いや、憎んでいないというわけではないが、先程までとは比べ物にならない程、憎いとは思わない。心のもやもやを取り払われた気分だ。
「……やはりね。おかしいと思ったのよ」
一角は手を僕の額から離す。全身を覆っていた黒い炎は消え、やけども治癒していた。
「――本来不死鳥と人間が同化する可能性は殆どゼロ。不死鳥と同化した瞬間燃え尽きて不死鳥に乗っ取られるのがオチ。けれども君はそうはならなかった。それは、君の心が想像以上に澄んでいたから。正義、とでもいうのかな。とにかく、あなたは不死鳥に選ばれた」
何を言っている……?どうして僕の事をここまで知っている。コイツはいったい何者なんだ?そんなことを考えている程の余裕は、その時の僕にはなかった。
「そんな心を持つ男が、あの程度で壊れるわけがないと思ったんだけど、やっぱりね。貴方、龍と闘った時、完全に力を出していなかったでしょう」
確かにそうだ。僕は、完全に力を出していなかった。出せなかったというべきか。結局僕は、ためらっていた。本物の化け物になる事を。
「どおりで影響されるわけだ。弱い化け物が龍に触れると破壊衝動にかられる」
「……不死鳥は弱くはないだろう?」
「完全に力を出していればね。不死鳥や龍、一角獣は力の制御が出来るの。それこそ、手加減じゃなくて強さそのものを変えることが出来るのよ」
常にフルパワーなんて疲れちゃうもん。と軽く笑ってから、あとは分かるでしょ?と僕を睨んだ。
わかってないなら殺しそうな目だ。もちろん、僕も今の説明でわからない程馬鹿じゃない。つまりは僕の不注意で、龍に影響されてしまった精神に、今回みたいな刺激が加わったものだから、僕はあそこまで他人を憎んでいたのか。
「……ウィンドは? ウィンドはどうなんだ?」
「あの不死鳥とあなたは違うの。うーん……なんていえばいいのかな……そうね。ゲームが好きだから、ゲームで説明させてもらうけど、貴方は装備を付けて強くなっている。彼女は弱くなる装備を付けて弱くしている。……て説明すればいいのかな?」
ちょっとわからない。多分、僕は素の状態では弱くて、彼女は素の状態では強いから、彼女は影響されないってことか?もっとわかんないや。
「……僕は、助かったのか?」
「その前に少し、昔話をしようか」
「昔、話?」
いきなり何なんだ?
一角は、僕の戸惑いを無視して、口を開いた。
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むかーしむかし、あるところに、一匹の龍がおりました。
ダークブルーの鱗に翼。その姿はまさに悪の帝王。しかし、そんな見た目とは裏腹に、非常に穏やかで、優しい龍でした。本来龍は破壊を好む性格ですが、この龍は龍の本能すらも否定するかのように、優しい性格でした。
しかし、人々は凶悪な見た目の龍を認めてはくれません。人と仲良くしようと人里に近付くと、矢が飛んでくるのです。
だから龍は考えました。考えて、人に化ける事に決めました。
しかし人々はよそ者を快く迎え入れてはくれません。
そして龍は思いつきました。神様になろうと。
しばらく経って、村と村の抗争がありました。龍は村を護るために、村の前に立ちはだかり、大きく叫びました。相手は逃げ出しました。
人々は龍を村の守り神様とたたえました。
龍は満足でした。
ある日、目を開けると、目の前に17歳くらいの少女がいました。
ぶるぶると震えていましたが、龍が起きたことに気が付くと、震える声で涙を流しながら「守り神様…私を 生贄に捧げます。ですから、どうか恵の雨を…」と言いました。
龍は「了解した」と言いましたが、女の子にはうなり声にしか聞こえません。
龍はのそのそと外に出て、空に向けて一声吠えました。水を操る龍にとって、雨を降らす事なんて朝飯前でした。
声が聞こえたと同時に雨が降ったのを確認した村人は喜びました。
住処の洞穴に帰っても女の子は、ついてきます。
龍はほっとけば帰るだろうと思い、無視して眠るふりをしました。
「……食べないのかな?でも、村には帰れないし、どうしよう……」
女の子はつぶやきました。
龍は、のそのそと外に出ると、ついてくる女の子を覆うように立ち、近くにいたイノシシをしっぽで弾き飛ばしました。
そして息絶えたイノシシを女の子に差し出しました。
「……くれるのかな?でも、火が無いと食べられません」
龍は氷を操ることは出来ますが、火を操ることは出来ません。どうしたらいいかと迷って、目の前で人に化けました。
突如現れた同い年位の男の子に女の子は驚きました。少し幼い顔立ちでしたが、どこか威厳が漂っています。
「ねえ。どうすれば食べれるようになるの?」
女の子は驚きました。これはさっきの龍。私を食べるつもり。と、おもいましたが、男の子が指さすものがイノシシだということに気付きました。
「えっと、火を通せば、食べられます」
「僕、火をだせないよ」
「え……あの……ごめんなさい……」
「謝らないでよ。僕に火の出し方を教えてよ」
女の子は、火を起こす道具を作って、火を起こしました。そして、イノシシを、人間態の龍と一緒に食べました。
龍にとって、焼いた肉など初めてです。美味しそうに食べる女の子を見て、龍は、始めて笑いました。
それから龍は女の子と共に過ごしました。半年がたったころ、龍は不思議な病気になりました。
体の内側から黒い氷が現れて、龍の肌を突き破るのです。
龍が病気になるなんてありえないのですから、龍も女の子も戸惑いました。
「薬草を探してきます!」
言って、女の子は飛び出しました。
薬草など意味は無いと止めようとしましたが、龍は痛みで声も出せませんでした。
夕方になっても、女の子は戻ってきません。心配した龍は、体を引きずりながら山を探し回りました。
夜になっても女の子は見つかりません。
また歩くと、少し離れた位置で煙が上がっているのを見つけました。
女の子が遭難して、助けを求めて上げている煙だと思い、体に鞭を打って走り出しました。
しかし、そこにいたのは6人ほどの男。どうやら山賊が何かを焼いて食べているようでした。
落ち込んだ龍は、一度巣に帰ろうとしましたが、山賊たちが何かを焼いてる火の横に、女の子の着ていたぼろぼろの服を見つけました。
龍は、怒り狂いました。怒り狂って、山賊に襲いかかりました。山賊も応戦しましたが、ドラゴンにかなうはずもありません。
ほんの数秒で、決着がつきました。
龍は初めて泣きました。同時に、大きく笑いました。
女の子を失った悲しみを忘れて笑いました。
仇をとった嬉しさを、人を殺した楽しさと勘違いしました。穏やかだった龍は凶暴な龍に変わりました。
龍の姿で大量虐殺をするのではなく、人の姿で、少しずつ人を殺す事を楽しむ、狂龍に。
龍の本能と、彼の優しさが混ざって、最狂の狂龍を生み出しました。
いつの間にか、龍の体から飛び出る黒い氷は消えていました。
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何を言っていいのかわからなかった。何故この話を知っているのか。何故それを僕に話したのか。何から聞けばいいのかわからなかった。
「黒い氷の原因は、龍の本質に逆らったから。破壊する龍が、護ろうとしたから。龍は心の底から護ろうとすると。一角獣は、自分の為に他人を犠牲にしようとすると。不死鳥は、憎悪に染まると。自身の操る力が黒くなり、自ら滅びる」
僕の黒い炎も、その所為か。確かに――あの時から記憶がない。恐らくあの時、僕を黒が包んだんだろう。
「お前はいったい何者なんだ?」
「……さあ。何者なんでしょうね。ただ、私は秩序を護る。それだけ。貴方の味方でも、龍の味方でもありません。秩序を破壊する者の敵です。ただ、少しばかり、秩序が乱れようとしていたので手を貸しただけの事」
先程までの元気のいい少女という印象などまるでない。女神とでもいうのか。それほどまでの威厳と美しさを併せ持つ、美女に見える。
「呪いのメール。まだ終わっていませんよ。呪いは解除できても、根が無くなったわけではありません……これから貴方の起こす行動は、やがて貴方を助けます。意味のない行動など、ありません」
嫌な感覚がした。思わず飛び起きた。皆が危ない。左手を見ると、炎こそ挙げていないものの、僕の羽毛は黒かった。まだ、僕は完全にクラスメイトを憎んでいないわけではないようだ。心の何処かで憎んでいる。それでも、助けたい。
のそのそと立ち上がった。護らなければならないんだ。私欲の為ではなく、他人の為に。
「やっぱり、君は正義の味方だよ。私は、秩序の味方……悲しい物だよ。私はそれを見ている事しか出来ない。けれども、君は、動ける。動くんだね」
少し悲しそうな顔をして、ふらふらと歩いていく燈火の背中を見つめながら、一角は静かに呟いた。




