第7闇 赤き心とその想い
静かだった。キーボードを打つ音だけがパソコン教室に響く。
パソコンを使った授業。殆どの生徒が好き勝手にパソコンを使っている中、僕一人だけがパソコンに電源をつけずにいた。
嫌な予感がする。これは的中するだろう。完成した第六感の警告が示すものがなんなのか、もうわかっていた。
深呼吸をして、自分の左腕を見る。黒く染まった羽毛は、付け根が赤くなり始めていた。僕がこれから何をすべきなのか。もう一度考えたかったが、どうやらそんな時間は無いらしい。
「先生。なんですかコレ?」
一人の生徒が、パソコンの画面を指さした。
「ん、どうしたの?」
女の先生が近寄り、パソコンの画面を覗き込む。
「なんか起動したらメール画面が開いて……」
何のことは無い普通のメール画面だ。間違って開いただけだと思いマウスを触った途端――
「キャアアアアアアア!?」
「わああああ!?」
何人もの生徒が、悲鳴を上げた。
どの生徒のパソコンも勝手にメールが開いて、同じ言葉がつづられていた。
『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる』
「コロ……シテヤ……ル」
地獄の底から響くような声がした。近い。直近くに、何かがいる。この世のものではない何かが。恐ろしい何かが、明らかな殺意を持って近づいてくる。
生徒たちは狂ったように叫ぶと、出入り口に向かって走った。
一人の男子生徒が扉を叩くが、それはまるで壁に描いた絵の様に微動だにしない。コトリとも動かない。
恐怖と焦りで生徒達がパニックになっていると、ガコンと、通気口のふたが外れた。かと思うと、中から、人が飛び出してきた。
それを人と言っていいのだろうか。目のない、顔の半分以上が口で、性器も毛もないまるで筋肉だけで作られているような体の化け物。
けれども一人だけ、教室の隅で、指定された席に持つかず、一人静かにたたずんでいた少年だけ落ち着いていた。
「僕は、やっぱり助けたくないよ……」
人間の心は、そう簡単に他人を許すことなんて出来ない。僕をあれだけ虐めてきた奴等をなんで僕が助けなければならないのだろうか。
「いや……」
化け物を見て、女教師は腰を抜かしてしまった。何とかして距離をとろうとするが、化け物は支えられていない人形の頭のように頭をカクカクゆらしながら、先生にどんどん近付いて行った。
「イキテルヤツガ……ニクイ」
化け物はつぶやくと、恐怖で悲鳴を上げる事すらできない先生にかじりつこうと大きく口を開けた。吐き気のする臭いと、恐怖。股間に温かいものが広がっていくのがわかるがそれを恥じらう余裕など無かった。
化け物がニクイニクイニクイニクイニクイニクイ生きている人間にかじりつこうというその時、化け物の顔を黒いの羽毛の生えた腕が鷲掴みにした。
「……僕だって嫌いだ。僕をいじめたクラスメイトも、僕を見捨てた先生も、僕をこんな目にあわせたサキュバスも大嫌いだ」
けれども。それでも。
「でも、人が死ぬのはもっと嫌いなんだ」
殺したいなんて思わない。壊したいなんて思わない。憎いなんて思わない。護るために。護るために闘う。だってそうだろう?僕は最後まで、僕でいたい。
それ以上に、大切な人を護りたい。僕からしてみれば、嫌いなお前等だって……お前等から見れば僕はただの人形なのかもしれないけど、僕からしてみればお前等は「人」なんだよ。人が目の前で死ぬのは耐えられないんだ。そう思えるようになりたいんだ。
「ニクイ……イヤダ……モット……イキタカッタ……」
「憎むことは辛い。苦しい。わかるだろう? 憎むって言う気持ちは、決して気持ちのいい感情ではない。僕はそれで死にかけたんだ」
そういうと、暴れていた化け物が動きを止めた。
「だからお前も、もうおやすみ」
僕の左腕の、黒い羽毛が、どんどんどんどん、紅い羽毛へと戻っていく。そして化け物は、真紅の炎に包まれた。その炎は、まるで僕の憎しみを――化け物の憎しみも全て洗い流すかのように綺麗だと思えた。化け物は、足掻くことなく、燃えて行った。
僕はなぜか、その化け物が笑っているような気がした。




