第2闇 折れる心と護れなかった少女
体の傷は治せても、心の傷は癒せない。僕の心は、数日で限界に達していた。
登校してみれば上履きが無い。教室に入れば机は無い。プリントは回ってこない。教科書はビリビリに破れる。筆記用具は消える。ノートは落書きだらけ。下校時には靴が無い。近付いただけで悲鳴を上げて逃げられる。教師すらも僕を見捨てる。
他人の悪意の標的になるのは、こうもキツいものなのか。井口の気持ちが、分かったような気がした。
結局僕は、井口の気持ちになって考え切れていなかった。そう思うと、どうしようもなく、今は謝ることの出来ない彼女に謝りたくなる
1人でいるよりも、何倍も、何十倍も何億倍もキツい。そんな時、手を差し伸べた僕は、井口にどう見えたのか、今なら容易に想像できる。
もう、謝っても謝りきれない。僕の完全なミスだった。例え僕の所為ではなかったとしても、僕の所為だと自分に言い聞かせなければならない。回避する方法はあったはずだ。彼女が自身の顔の傷に絶望したとしても、僕なら傷を治せるし、僕なら彼女を暴漢から護る事が出来たはずだ。彼女が、絶望で、接近する車に気が付かなかった本当に事故だったのか、絶望の果てに自殺したのか――それはもうわからない。彼女は口裂け女となり、絶望を与えた相手に絶望を与えた。僕は彼女を、せめて安らかに成仏させる事でしか救うことが出来なかった。
結局僕は、何にもできなかったのだ。大きすぎる力を手に入れてしまった事による、他人を護るという義務を僕は果たせなかった。
なんだか気持ちが悪くなって、席でうつ伏せになろうとするが、自分への周りの視線が痛い。明らかな悪意を感じる。
しかし、無実の罪と証明することなんて、僕に出来るはずがない。
不死鳥ならば、サキュバスに掛けられた魅惑効果を解除できたかもしれない。しかし、解除できたとしても誤解が解けるわけではない。魅惑が解除されたところで、僕は結局悪人のままだ。
教室にはいづらいので、外に居ようと階段を下りているところで、後ろから何かに押された。
軽い衝撃だったが、僕は足を踏み外して、頭から踊り場まで転げ落ちてしまった。10段近く転がり落ちて踊り場の壁に激突してぴたりと止まる。立ち上がろうとしたところで、右足に鋭い痛みを感じた。ふと見ると、右足が恐ろしい程に腫れていた。右足を抑えて、壁にもたれかかり、肩で息をした。
いくら何でもやり過ぎだ。僕じゃなかったら傷害――下手をすれば殺人だ。
流石不死鳥。10秒程で見て分かるほどに、まるで風船の空気を抜くかのように、骨折による腫れが引いていく。痛みも消えて、骨折から20秒もしないうちに、歩ける程に回復した。
痛みは殆ど無い。けれども心が痛い。胸が痛い。泣きたい。死神に首を斬りおとされた時よりも、河童に川の底に引きずり込まれた時よりも、吸血鬼に腹をぶち抜かれた時よりも、井口に切り刻まれた時よりも、龍にズタボロにされた時よりも、苦しくて、痛くて、辛かった。
「燈火……」
声がした。聞き覚えのある声。須藤雷花だ。僕の周りの数少ない人間には、メイと一緒に事情を説明したため、誤解は全くない。差し伸べられた救いの手のはずなのに――
「燈火、大丈夫か? いつでも、オレに頼ってくれ。オレはお前の味方だ」
「うるさい! ほっといてくれ!」
僕はその手を振り払って、逃げるように階段を駆け下りた。
こんな情けない姿を見せたくなかった。なんだか、見下されている気分だった。僕自身が、物事を悪くとらえる様になっている事を実感していた。




