第10腐 灼熱と極寒
「ウィンド! 何やってんだよ!」
余りの出来事に、思わず僕はウィンドに掴みかかった。が、ウィンドは僕を振り払うと、燃えている辰斗と呼ばれた少年を睨んだ。
「落ち着け。見ろ」
少年は、炎を上げながら少しずつ僕らに近付いてきている。何故生きている?いやそれ以上に、何故笑っているんだ?少年は燃え盛る自分の腕を、楽しむように見つめると、数歩下がった後、林の影から、何か大きなものを取り出して、僕達の前に投げた。
目を凝らしてみてみると、それは、人の死体だった。金髪は、血で赤く染まり、下半身が無く、全身がしっとりと濡れている。
「な……軽!」
叫んだのは、羽津花姉だった。知り合いなのか。この無残な死体が、羽津花姉の知り合い。
そう考えただけで吐き気がする。僕が井口を失った時、どれだけ悲しかった事か。ぱくぱくと口を動かして、無残な友人を見つめる羽津花姉の心境は、どうなんだろうか。
「貴様ぁ!」
「まてっ!」
ウィンドの制止に耳を傾けることなく、僕は眼前の炎を上げる少年に殴り掛かった。少年は、軽く後ろに飛びずさって、足で泥を蹴って、僕の顔に泥をかける。
目に走る痛みに、思わず目をつぶってしまう。目を閉じた瞬間、しまったと思ったがもう遅い、自分の目の前の空気の温度が下がっていくのが分かる。見えない――
痛みに耐えようと歯を食いしばった時、突如僕の体が後ろにひっぱられた。空気を斬る鋭い音が響き、木の倒れる音がした。
「油断するな」
「ああ……悪い」
ウィンドに起こされて、炎を上げていた少年を見る。少年は炎を振り払い。代わりに冷気を纏った。
「凄いね。その力。君達なら、ボクを――楽しませてくれるかな?」
その瞳を見た途端、背筋が、凍るように寒くなった。これは、恐怖――抑えようのない死の恐怖。少年は、すごく楽しそうに笑って、ウィンドに手をかざした。
「見てよ。ボクを」
突如、ウィンドの体を氷の柱がウィンドの体を突き破り飛び出してきた。
「くふっ……」
直にウィンドの全身を炎が包み込んで、氷の柱を溶かしたが――ウィンドは軽くよろけて、僕にもたれかかってきた。
彼女も不死鳥であるがために、傷は直に治り、ウィンドは直に僕から離れたが、ウィンドは少年をかなり警戒しているようだ。
あのウィンドにダメージを……何者だ?コイツ……
「ふふふふふ……そっちの君は?」
彼が僕に手をかざした瞬間、僕の周りの空気がひんやりと冷たくなった。
――死ぬ。
直感だが、全身が死を感じた。反射的にその場から飛びのく。
僕が飛びのいた瞬間、僕が今までいた場所に巨大な氷の柱が立っていた。
「凄いねえ。アレをかわすなんて」
少年は余裕の笑みを浮かべて笑っていた。
直感的に、敵を理解した。不死鳥の直感はよく当たるものだ。
「ウィンド……まさか、あれが……」
「間違いない……ドラゴンだ。フリズ。フリズ・アイスクローバー」
龍は、フリズは、凶悪な笑みを浮かべて僕達を見つめていた。
「本気で行かなきゃ、マズいか…」
腰を低く落として、戦闘態勢をとる。
「今回ばかりは、わらわも本気を出さねばならぬようだな」
ウィンドは、直立したまま、右手を左胸に置いた。彼女の背中から翼が現れる。気のせいか、後ろに巨大な鳥の姿が見えるようだ。
「さぁて、僕もどれだけ本気をだせるか」
負けられない。負けたら終わりだ。負けるわけにはいかないのだから。負ければ、羽津花姉も以津花も、メイも須藤も死ぬ。それはダメだ。防がなくては――だから不死鳥。僕に力を貸してくれ。
僕の体から巨大な翼が現れる。
それを見て、フリズは楽しそうに笑った。
「フフフフフフフフフ……アハハハハハハ!」
彼の頭から、まるで氷のような白い角が現れる。
「楽しませてね、ちゃあんと」
フリズが僕に手をかざすと、僕の体の内側から氷の結晶が僕を貫いた。ふらふらとよろめいている僕にフリズは一瞬で間合いを詰めて、僕の腹にドロップキックを入れる。僕は数メートル吹き飛んで、何度も地面に頭を打ち付けて、林に頭から突っ込んだ。
全身の痛みも、直に引いたが、明らかに受けたダメージがこれまで戦った相手の比じゃない。たったこれだけで、ここまで体に苦痛を感じるなんて。まるで存在そのものにダメージを受けた気分だ。
「ちっ! 何をやっとるか!」
舌打ちをして、ウィンドは、ジャンプしながらフリズの顔に蹴りを叩き込もうと空中で足をフリズの顔に向けて振り回したが、フリズはウィンドの足をしゃがんでかわして、しゃがんだ体勢からウィンドの顎を蹴りあげた。
「ウィンド!」
僕が跳び起きた頃には、ウィンドは宙を舞っていた。身動きの取れないウィンドに追撃をかけようとするフリズに向けて、炎を投げつけた。
フリズは炎に氷の塊を投げつけ、僕の攻撃を打ち消すと、地面に墜落したウィンドに片腕を向けた。
僕は、ウィンドを助けようとし、ウィンドもかわそうとしたが、フリズの手から放たれたレーザーのような水の激流に、ウィンドは下半身を持ってかれた。
千切れた下半身と、ウィンドの口から大量の血が噴き出る。
「くそっ!てめぇ!」
僕は我を忘れて、フリズに殴り掛かった。ウィンドも不死鳥だから、かなりダメージを受けてはいても先程の攻撃で死ぬことは無いと思う。しかし、今の僕にとって、今の攻撃はウィンドを殺された気分であった。
フリズは僕の腹に一発パンチをいれると、腹を抱えてうずくまっている僕を、笑顔で見下ろした。
「まだまだ……もっと強くなって、僕を楽しませてよ」
そういって、フリズは、まるで氷が解けたかのように、姿を消した。




