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番外編:わしずといっしょ

竜胆の右腕・鷲頭わしずと九条さんのお引越しの話

「あ、これで最後です」

 そう言うと、鷲頭は頷いて俺の手からダンボールを受け取った。額の端っこに絆創膏を貼りつけていてどうしたのか尋ねようと思ったが、返答は言葉でなく視線で返ってくるような気がしたので口を閉じた。今までも、彼に何か問うても言葉が返ってくることは少なかった。竜胆とのやりとりを見ても鷲頭が話すことは稀なので、おそらく相手が俺だから、ということはない。たぶん。断じて。

 要領よくダンボールをバンに詰め込むと、鷲頭は黙って運転席にのってエンジンをかける。俺はその間にアパートの一回に住む大家さんのところに言って挨拶をすませて、バンの助手席に乗った。車のボディには工務店の名前が書かれていて、その通り車内もおがぐずのような香りがふわふわ漂っていた。俺が乗り込むのを横目で確認して、鷲頭は車を発進させる。いつも思うが彼は運転がうまい。


「一緒に住もうか」

 久しぶりに会った竜胆は俺の存在もすっかりなじんだ和室で、夕飯を食べながらあっさりそう言った。一週間に一回は会って夕飯を一緒に食べたい、と提案したのは竜胆の方で、俺の仕事は退勤時間が不確定だから何時になるかは日によってわからない、と言うとそれでもいいと彼はこたえた。一週間に一回というよりは二週間に一回とか三日に一回とか、本当に不定期ではあったけど俺たちは調節して逢瀬を重ねた。というかほとんど飯食って他愛もない話をして、ぐらいだが。触れたのは数回。竜胆はそれだけで満足げだった。ちなみにこの離れにくるときは鷲頭の送迎と夕食がついてくる。

 俺は味噌汁片手に固まる。彼の頬には真新しいガーゼが鎮座していて、怪我でもしたのか、と心配になる。どうせ尋ねてもこけた、とかちょっとケンカした、とかそういう高校生みたいな言い訳をされてしまうから敢えて聞かないが。彼はその仕事の一切を俺に話そうとはしない。

 一ヶ月前、組内小さな勢力が仕事帰りの俺を誘拐し人質にして、組長である竜胆に目をかけるよう強迫まがいをしたことがあった。生まれて初めて拳銃と日本刀を押し付けられては本気で死ぬと思ったが竜胆率いる竜明会に助けられ、その勢力もあっけなく潰された。今は比較的落ち着いているらしい、というのが俺の見解だ。実際、俺を誘拐した彼らがどうなったのかはわからない。組のことについては竜胆は語らないからだ。巻き込みたくないのだろう。こっちとしては十分巻き込まれているのだけれども。とはいえ、一緒に住もうなんていう提案はあまりにも突飛なことだったし、お茶を運んできた鷲頭も思わずといった感じで竜胆を見ていた。やっと言われた意味を理解して聞き返す。

「そんなのいいよ、別に」

「よくねーよ。いちいち会いに行ったりここに来たり、大変だし、それにまた襲われたりしたらさ……こないだはまだ雑魚だったからいいものを。ここなら本宅から離れてるし、鷲頭と叔父貴と他数人の幹部しか知らない。安全だよ。一緒にいる時間も増える」

「けどお前、急すぎだろ。それに行き帰りは申し訳ないけど鷲頭さんが送ってくれてるし」

「急じゃないよ。それに来月アパート更新だろ。引き払っちゃえよ」

「お前またそうやって個人情報を」

 漬物に伸ばした手を捕まれ、手の甲にキスされる。鷲頭が静かに部屋から出ていくのが視界の隅にみえた。誘拐されたときについた傷はまだ所々に残っていて、手の甲にも少し大きなかさぶたが残っていた。美容師の仕事に支障はなかったものの、心配してくる店長や宮瀬や森に言い訳するのが大変だった。

「俺が怖いし不安なんだよ。お願い、九条さん。守りたいんだ」

 誘拐の一件があったとき、普通じゃない世界の人間と付き合いをもつことのリスクを――今までだって考えなかったわけじゃないが――はっきりと目の前に叩きつけられた。付き合うのさえやめてしまいたかった。けれど組長、という肩書きの反面、俺には普通の若者にしか見えない。時折見せる甘えた声や顔は、素直に愛おしい。もし俺が、彼の支えや居場所になっているのなら、と思うといつのまにかこちらからも離れる理由はなくなっていた。

 端整な顔で瞳を潤ませてお願いされたら、断れるわけがない。少し考えさせて、と返答するとたちまちいやらしい顔でにんまり笑った。

「九条さんの場合、考えさせてっていうのはほぼOKだろ」

「お前なあ」

 彼は俺のツボを心得ているらしい。憎らしく、小気味よい音をたてて竜胆は美味そうに漬物をほおばった。ちなみにこの漬物も、鷲頭が漬けているらしいのだが。


 そんなわけで、俺は引っ越すことになってその手伝いに竜胆は鷲頭をよこした。アパートにバンで乗り付けた彼は、予定時間五分前にドアの前にほぼ仁王立ち状態で立っており、壮観だった。身長は百八十センチをゆうに越えていて筋肉もしっかりしている。髪の毛は短髪、おでこにも頬にもうっすらしわが刻まれているところを見ると俺よりもやはり年上なのだろう。引越しの手伝いだからか、いつものワイシャツにスラックスではなくて、白いTシャツにツナギを着ていて上着の部分は腰に巻きつけてある。いかめしい顔のまま俺に小さくお辞儀をすると、部屋に入ってきててきぱきとダンボールをバンに詰んでくれた。もともとそんなに荷物が多いわけでもなかったので、すぐに済んだのだが、その間も特に会話がなく気まずい。働いていても無口なお客さんがいないわけではなかったが、さすがにこの状態であと三十分はつらい。どんな話題を振るべきか思案し、無難に口を開いた。

「あの、鷲頭さんは……今おいくつなんですか」

 竜胆と付き合うようになって、もちろん彼の側近役である鷲頭とも行動を共にするのだけれどやはり付き人だからか会話もしないし、いつも遠くから竜胆を見守っていることに徹している。その瞳はもちろん竜胆の下で働く第一の人物であるようにも見えるし、父親のように優しいまなざしにも、兄のように温かなまなざしにも見えた。素直な疑問だった。

 そう問うと、鷲頭はちょっとだけ視線を動かしてこちらを見たがすぐに前に向き直る。角を曲がるアクセルとブレーキのバランスも絶妙でほとんど体をゆらすことなく曲がり終える。鷲頭はゆっくりと口を開いた。自分が話すことを苦にしない方だからか、彼のような寡黙な男性が口を開く瞬間は妙に緊張する。低く響く声が、すぐ横から伝わってくる。

「いくつに見えますか」

「えっ……そうだな……三十後半から四十、ぐらいですか?」

「そう見えますか」

「え、ええ、今日の格好はいつもよりも若いからもっと若く見えますけどね」

「……付き人をし始めたのは、頭が小学二年生の時でした。自分はそのとき二十歳、今の頭と同じ年でした」

 頭、と言われて一瞬誰かがわからなかったがすぐに竜胆の顔が浮かぶ。小学生二年生だから、と頭の中で大体の計算をする。

「三十…二…?」

「……見えませんか?よく言われますから気になさらないように」

「いやいやいや……ご結婚は?」

「していません」

 彼は少しだけ視線をこちらに向ける。縮こまって隠れられるなら隠れてしまいたいほどだったが生憎そんなスペースはない。次の話題を探そうと逡巡していると、いつのまにかバンがコーヒーショップに入っていく。

「九条さんお疲れでしょう。コーヒー買ってきますから少しまっていてください」

 返事をする間もなく鷲頭は運転席から降りていった。気が利くのか、それとも気分を害したのか聞くこともできないし、普通の人のように表情があまり変ることがないのでどうしていいのかわからない。こんな落ち着かない気持になったのは、久しぶりだ。美容師をしていると、もちろん話が苦手な客や話をふってもうまくキャッチボールのできない客もいるが、こちらは仕事に専念すればよい話だ。けれど、こうして自分が何もすることがない状態に置かれるとなんとも居心地が悪い。話がかみ合わないと思う客も、こういう気持ちになったりするんだろうか。

 しばらくすると、鷲頭は紙袋を持って帰ってきた。コーヒーを俺に渡すと袋からサンドイッチを取り出して、丁寧にビニールの包装をといてくれた。どうぞ、と言ってこちらに差し出してくる。

「あ、すみません、なんか開けてもらって」

「いいえ、頭の世話でなれてますから」

「ああ、わがままばっか言いますからね」

「……」

 彼の上司を悪く言ったことがまずかったのか、鷲頭は答えないでコーヒーをすすっている。帰りたい、と、じわじわ心の底からわきあがってくる。泣きそうだ。受け取ったサンドイッチを口に運ぶタイミングもよくわからなくなって、そのままじっと固まっていた。

「……本当のことを言わせてもらいます」

「え?」

 彼は鋭い視線を俺に移す。目をそらしたらだめだ、という竜胆の言葉がよぎる。見つめ返す。サンドイッチからこぼれたレタスが、膝に落ちた。平日の昼間、コーヒーショップの駐車場にはこのバンしか止まっていない。もしここでなんかされてもたぶん逃げられない。すっと冷たいものが背中を走る。でも、だめだ、目をそらしたら。

「誘拐された一件で、自分は貴方がもう頭に愛想を尽かすと思っていました。シャバの人間に耐えられるとは思わなかった。別にそれでもいいと自分は思っていました。所詮住む世界が違うんですから。頭が、貴方に入れ込み始めたときはどうせいつもの色好みだと思っていたが、違った。頭は貴方には本気でした。何がそうさせたのか、自分はわかりません。けれど、貴方はシャバの人間でもちろん女を好きでしょう。だから、あの一件がちょうどいい契機になると思った。けれど、貴方は逃げなかった」

 鷲頭の指が伸びてきて、レタスを拾い紙袋の中にぽいと捨てる。至極当たり前のようなその仕草は、おそらく竜胆の面倒を小さな頃から見てきた彼の習慣なのだろう。

「頭は、あれでいてとても頭のよい方だ。うまく組を動かしている。だがその反面、馬鹿みたいに脆い。貴方はどれだけわかっているのか、わからないが、貴方がいることが頭の支えになっています。覚えてますか、頭が殴られて貴方のところにいったときのことを」

「ええ、叔父さんに殴られたとかなんとか」

「あれは、本当は叔父貴ではなく父親……四代目に殴られたんです」

「じゃあ、髪の毛も?」

「ええ」

「え、でも竜胆の父親は入院中じゃ?」

「そうです。頭が五代目を襲名したのは実は四代目には内密にされていました。それも全て叔父貴や頭が気を回した結果だったのですが、四代目は納得がいかなかった。それで、ああなりました」

「そうなんだ……」

「もちろん、貴方のことも頭は四代目に話しました。もともと四代目は、頭がそうであることを好んでいなかったので余計に逆上した……それでも、頭は貴方を諦めなかった。貴方も、それに答えた」

 鷲頭は体をこちらにひねって、深々と礼をした。

「あの人は、竜胆さんは、小さな頃から親からの愛情を十分に受けていないと思っていらっしゃる。どうか、貴方が、九条さん、あなたが竜胆さんを愛してやってください。この鷲頭、不肖ながらも残りの人生かけまして頭と九条さんを守っていく所存でございます」

「いや、あの、鷲頭さん、あの」

 OLの様な女性が二人、車内をなんとはなしに見ていく。目があって、彼女たちは笑いをこらえようとしているのか変な顔をして、すぐにそらした。俺も相当泣きそうな顔をしているに違いない。

「鷲頭さん、顔をあげてくだしさい、お願いします」

 彼はゆっくり顔を上げる。その瞳はさっきまでのよそよそしさや定めるような光はまったくなく、柔らかくこちらを見つめている。ほっとしたような、いいのか、悪いのか。彼にとって竜胆は、大切な組の頭であり弟であり息子のようなものなのだろう。恋愛とはもちろん違う、献身的なそして慈しみにあふれている。

「俺みたいなので竜胆の相手が務まるかどうか……よろしくお願いします」

 一瞬、でも確実に、鷲頭は微笑んだ。怖い顔に似合わない、可愛らしい笑顔だった。

 離れについて、ダンボールを運び込む。今までは空っぽだった竜胆の寝室になってた部屋が、俺の荷物で一杯になる。荷解きは後にしようと言って、鷲頭はお茶を入れてくれた。台所にあるテーブルで、二人で向かい合ってじっと飲む。会話はやはりほとんどないが、さっきよりも打ち解けた雰囲気になっているのが、ほっとした。

「九条さん、さっきの嘘ですよ」

「はい?」

 唐突に言うし、彼の表情もとくに変らない。悠々とお茶をすすっている。俺は何がだろう、と逡巡しながら彼と交わした会話をいくつか思い返す。

「年齢です」

「え?」

「自分、今年で四十二になります」

「え」

「さすが、美容師さんだからか人の年というのを大体当ててしまえるんですか。思わず悔しくて嘘をついてしまいましたが。頭はいつも嘘をつくんですが、気分が分かったような気がします。小さな嘘でも、九条さんのようにころっとだまされてしまう人は気持がいいですね」

「え?ええ?」

 鷲頭は相変わらず無表情で、お茶をすすっている。これは打ち解けた証拠なのか、どうなのか。くすっと、鷲頭が笑う。


 夜、布団の中で、鷲頭に嘘をつかれたというと、竜胆は彼はもう結婚していて子どもが三人いて三人とも女でこれがまた美人だ、ということを教えてくれた。

「鷲頭が嘘つくって、あいつそんな茶目っけあったの」

「こっちが聞きたいよ、ヤクザってみんな嘘ばっかついてんじゃねえか」

「はは、たぶん俺に鬱憤たまってるから鷲頭も遊び道具見つけたんじゃない」

「あのなあ」

「九条さん」

 竜胆の指が俺の頬を撫でる。肌を重ねたのかまだほんの数回しかないけれど、彼に対する愛おしさは日増しになるように思えた。

「俺も、ずっと九条さん守ってくから。もうあんな目に絶対にあわせないから」

「ん、頼んだ」

「はは、軽ぃ」

 抱きしめられる。こっちからも抱きしめ返す。

 あたたかな、夜だ。


END

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