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海神の国 アシハラ  作者: KDM
国内編
14/14

失われた王

北海の無人島での戦いから五日後。

 アシハラ王国とヒノモト連合の間には、奇妙な静寂が流れていた。

 国境では小競り合いも起きていない。

 両軍とも戦争どころではなかった。

 海神アオノカミ。

 その存在を知った今、誰もが別の脅威へ目を向け始めていたのだ。

 だがナギには、もう一つ気がかりなことがあった。

 父王の失踪である。

 ◇

 王宮の地下神殿。

 ナギ、ヒメカ、シオンの三人は古代の記録を調べていた。

 石壁には無数の文字が刻まれている。

 その一つを見つけた時、ヒメカが息を呑んだ。

「これは……」

 ナギが近づく。

 そこにはこう記されていた。

 ――封印が揺らぐ時、王は海神の道を辿る。

 ――その者、生者と死者の狭間へ至る。

 ――ただし王家の血を引く者のみ、その門を越えられる。

 ナギは眉をひそめた。

「どういう意味だ。」

 シオンが険しい顔になる。

「王は自ら封印へ向かったのかもしれない。」

「父上が?」

「封印を確かめるために。」

 ヒメカが続ける。

「もしそうなら……王はまだ生きている可能性があります。」

 ナギの心臓が大きく脈打った。

 ◇

 その夜。

 港へ一隻の船が到着した。

 ヒノモトからの使者だった。

 使者は一通の書簡を持っている。

 差出人はタケル。

 ナギはすぐに開いた。

 そこには短く書かれていた。

 ---

 王の行方が分かった。

 三百年前の封印の中心地。

  『龍眠島りゅうみんとう』にいる可能性が高い。

 我らの記録にも同じ記述が残っている。

 急げ。

 封印の崩壊が近い。

         タケル

 ---

 龍眠島。

 その名を見た瞬間、シオンの顔色が変わった。

「まさか……まだ存在していたのか。」

「知っているのか?」

 ナギが尋ねる。

 シオンは重々しく頷いた。

「封印の核だ。」

 部屋の空気が凍る。

「アオノカミを封じた最初の場所。」

「そんな場所があったのか。」

「三百年前には海の霧に隠され、地図から消された。」

 ヒメカが呟く。

「だから記録が残っていなかったのですね……。」

 ナギは即座に決断した。

「行く。」

 ◇

 二日後。

 アシハラの船三隻。

 ヒノモトの船三隻。

 史上初めて両国の船団が並んで海を進んでいた。

 甲板にはナギ。

 そして向かいの船にはタケル。

 まだ同盟とは呼べない。

 だが敵でもなかった。

 水平線を見つめながらタケルが言う。

「妙な気分だな。」

「何がだ。」

「ついこの前まで殺し合っていた。」

 ナギは苦笑した。

「確かに。」

 その時だった。

 見張りが叫ぶ。

「前方に霧!」

 海面から白い霧が立ち上る。

 普通の霧ではない。

 青白く光っている。

 シオンの表情が険しくなる。

「龍眠島の結界だ。」

 船団は速度を落とした。

 やがて霧の向こうに巨大な影が見え始める。

 島だった。

 だが普通の島ではない。

 中央にそびえる山は、まるで巨大な龍が横たわっているような形をしている。

 その姿から龍眠島と呼ばれるのだろう。

 そして島全体に青い光が走っていた。

 まるで脈打つ血管のように。

「急げ!」

 船が浜へ接岸する。

 兵士たちが上陸した。

 ◇

 島の内部。

 森は異様な静けさに包まれていた。

 鳥の声がない。

 虫の音もない。

 聞こえるのは風だけだった。

 やがて一行は山腹にある巨大な遺跡へ辿り着く。

 石柱が並ぶ神殿。

 地下神殿よりもさらに古い。

 シオンですら初めて見る場所だった。

「これが封印神殿……。」

 ナギが呟く。

 その時だった。

 奥から人影が現れる。

 兵士たちが武器を構える。

 だがナギは目を見開いた。

「父上……?」

 王だった。

 アシハラノミコト。

 行方不明になった父。

 確かに生きていた。

「ナギ。」

 王は静かに微笑んだ。

 ナギは駆け寄る。

「無事だったのか!」

「すまなかった。」

 王は息子の肩に手を置いた。

「お前を巻き込みたくなかった。」

 だがナギは気付く。

 父の様子がおかしい。

 顔色が悪い。

 まるで何日も眠っていないようだった。

「何があったんだ。」

 王は振り返る。

 神殿の最奥部を見つめる。

「見てほしいものがある。」

 ◇

 神殿の奥。

 一行は巨大な地下空間へ到達した。

 そこで全員が息を呑む。

 中央に巨大な青い結晶が存在していた。

 高さは二十メートルを超える。

 まるで山そのものだった。

 そして内部で光が脈打っている。

 ドクン。

 ドクン。

 まるで心臓だった。

「これが……封印。」

 ヒメカが震える声で言う。

 王は頷いた。

「そうだ。」

 だが次の瞬間。

 全員が気付いた。

 結晶に大きな亀裂が入っている。

 一本ではない。

 無数の亀裂。

 今にも砕けそうだった。

 シオンの顔から血の気が引く。

「そんな……。」

 タケルも言葉を失う。

 もしこれが壊れれば。

 アオノカミは完全復活する。

 その時だった。

 神殿全体が激しく揺れた。

 ゴゴゴゴゴゴ!!

 天井から石が落ちる。

 兵士たちが悲鳴を上げる。

 そして結晶の内部で巨大な影が動いた。

 ドクン。

 ドクン。

 ドクン。

 鼓動が強くなる。

 王が叫んだ。

「下がれ!」

 次の瞬間。

 亀裂から青い光が噴き出した。

 眩い閃光。

 衝撃波。

 全員が吹き飛ばされる。

 そして結晶の中から、低い声が響いた。

 それは言葉だった。

 誰も知らない古代の言語。

 だが不思議と意味だけは分かった。

 ――ついに見つけた。

 ナギの背筋が凍る。

 影はさらに動く。

 まるで何かが目覚めようとしている。

 ――我が子らよ。

 ――なぜ我を閉じ込めた。

 神話の存在。

 海神アオノカミ。

 それはただの怪物ではなかった。

 意思を持っていたのだ。

 そして今、その目覚めの時が近づいていた。

第十五話へ続く――






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