失われた王
北海の無人島での戦いから五日後。
アシハラ王国とヒノモト連合の間には、奇妙な静寂が流れていた。
国境では小競り合いも起きていない。
両軍とも戦争どころではなかった。
海神アオノカミ。
その存在を知った今、誰もが別の脅威へ目を向け始めていたのだ。
だがナギには、もう一つ気がかりなことがあった。
父王の失踪である。
◇
王宮の地下神殿。
ナギ、ヒメカ、シオンの三人は古代の記録を調べていた。
石壁には無数の文字が刻まれている。
その一つを見つけた時、ヒメカが息を呑んだ。
「これは……」
ナギが近づく。
そこにはこう記されていた。
――封印が揺らぐ時、王は海神の道を辿る。
――その者、生者と死者の狭間へ至る。
――ただし王家の血を引く者のみ、その門を越えられる。
ナギは眉をひそめた。
「どういう意味だ。」
シオンが険しい顔になる。
「王は自ら封印へ向かったのかもしれない。」
「父上が?」
「封印を確かめるために。」
ヒメカが続ける。
「もしそうなら……王はまだ生きている可能性があります。」
ナギの心臓が大きく脈打った。
◇
その夜。
港へ一隻の船が到着した。
ヒノモトからの使者だった。
使者は一通の書簡を持っている。
差出人はタケル。
ナギはすぐに開いた。
そこには短く書かれていた。
---
王の行方が分かった。
三百年前の封印の中心地。
『龍眠島』にいる可能性が高い。
我らの記録にも同じ記述が残っている。
急げ。
封印の崩壊が近い。
タケル
---
龍眠島。
その名を見た瞬間、シオンの顔色が変わった。
「まさか……まだ存在していたのか。」
「知っているのか?」
ナギが尋ねる。
シオンは重々しく頷いた。
「封印の核だ。」
部屋の空気が凍る。
「アオノカミを封じた最初の場所。」
「そんな場所があったのか。」
「三百年前には海の霧に隠され、地図から消された。」
ヒメカが呟く。
「だから記録が残っていなかったのですね……。」
ナギは即座に決断した。
「行く。」
◇
二日後。
アシハラの船三隻。
ヒノモトの船三隻。
史上初めて両国の船団が並んで海を進んでいた。
甲板にはナギ。
そして向かいの船にはタケル。
まだ同盟とは呼べない。
だが敵でもなかった。
水平線を見つめながらタケルが言う。
「妙な気分だな。」
「何がだ。」
「ついこの前まで殺し合っていた。」
ナギは苦笑した。
「確かに。」
その時だった。
見張りが叫ぶ。
「前方に霧!」
海面から白い霧が立ち上る。
普通の霧ではない。
青白く光っている。
シオンの表情が険しくなる。
「龍眠島の結界だ。」
船団は速度を落とした。
やがて霧の向こうに巨大な影が見え始める。
島だった。
だが普通の島ではない。
中央にそびえる山は、まるで巨大な龍が横たわっているような形をしている。
その姿から龍眠島と呼ばれるのだろう。
そして島全体に青い光が走っていた。
まるで脈打つ血管のように。
「急げ!」
船が浜へ接岸する。
兵士たちが上陸した。
◇
島の内部。
森は異様な静けさに包まれていた。
鳥の声がない。
虫の音もない。
聞こえるのは風だけだった。
やがて一行は山腹にある巨大な遺跡へ辿り着く。
石柱が並ぶ神殿。
地下神殿よりもさらに古い。
シオンですら初めて見る場所だった。
「これが封印神殿……。」
ナギが呟く。
その時だった。
奥から人影が現れる。
兵士たちが武器を構える。
だがナギは目を見開いた。
「父上……?」
王だった。
アシハラノミコト。
行方不明になった父。
確かに生きていた。
「ナギ。」
王は静かに微笑んだ。
ナギは駆け寄る。
「無事だったのか!」
「すまなかった。」
王は息子の肩に手を置いた。
「お前を巻き込みたくなかった。」
だがナギは気付く。
父の様子がおかしい。
顔色が悪い。
まるで何日も眠っていないようだった。
「何があったんだ。」
王は振り返る。
神殿の最奥部を見つめる。
「見てほしいものがある。」
◇
神殿の奥。
一行は巨大な地下空間へ到達した。
そこで全員が息を呑む。
中央に巨大な青い結晶が存在していた。
高さは二十メートルを超える。
まるで山そのものだった。
そして内部で光が脈打っている。
ドクン。
ドクン。
まるで心臓だった。
「これが……封印。」
ヒメカが震える声で言う。
王は頷いた。
「そうだ。」
だが次の瞬間。
全員が気付いた。
結晶に大きな亀裂が入っている。
一本ではない。
無数の亀裂。
今にも砕けそうだった。
シオンの顔から血の気が引く。
「そんな……。」
タケルも言葉を失う。
もしこれが壊れれば。
アオノカミは完全復活する。
その時だった。
神殿全体が激しく揺れた。
ゴゴゴゴゴゴ!!
天井から石が落ちる。
兵士たちが悲鳴を上げる。
そして結晶の内部で巨大な影が動いた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
鼓動が強くなる。
王が叫んだ。
「下がれ!」
次の瞬間。
亀裂から青い光が噴き出した。
眩い閃光。
衝撃波。
全員が吹き飛ばされる。
そして結晶の中から、低い声が響いた。
それは言葉だった。
誰も知らない古代の言語。
だが不思議と意味だけは分かった。
――ついに見つけた。
ナギの背筋が凍る。
影はさらに動く。
まるで何かが目覚めようとしている。
――我が子らよ。
――なぜ我を閉じ込めた。
神話の存在。
海神アオノカミ。
それはただの怪物ではなかった。
意思を持っていたのだ。
そして今、その目覚めの時が近づいていた。
第十五話へ続く――




