019.脅しやケンカの仕方はちゃんと考えた方がいい
セイジの前に姿を見せたのは二人の探索者だ。どちらも男。どこにでもいそうな探索者コンビだ。
強いて言えば、片方は小太りであることぐらいが特徴と言えば特徴か。
装備などは駆け出し御用達の低価格、そこそこ品質のもの。
(なるほど……確かに、立ち居振る舞いからして、戦闘力も探索力も、高くないな……むしろ低い方だ)
二人を見たセイジの正直な感想としては、このダンジョンを潜るには色々と足りてないものが多すぎる感じだ。
:現役探索者勢いるんだろ?どうなのあいつら
:微妙
:適性レベル足りてなくない??
:適性レベル30くらいのダンジョンに15くらいで入ってきている感あるね
視聴者にいる探索者たちの感想も似たようなもののようである。
「や、やっぱりムルちゃん! プライベートでそいつ会うつもりだったんだな!」
「こんなダンジョンにムルちゃんがいるのはおかしいと思ってたんだ!」
:うーん、この
:冒険者代表して謝罪するわバカがごめん
:冒険者?探索者でなく?
:『冒険者』っていうのは窟魔ムルのファンの呼び名
:ええんやで冒険者たち 悪いのはあの二人で冒険者はなんも悪くない
コメント欄はさておき、セイジがぼんやりとした調子でムルを見る。
「なんか、すみません」
「キミが悪いとは思わないが、なんというかな」
:ムルちゃんから離れろクソ男
:本当にムルちゃんと会ってるのか
:コラボならそう言って欲しい
:あー・・・ダン配マナー知らねぇ連中が集まってきた
:《魔術師》こういう時の為のモデレーターってね
:《魔術師》前回はワ○ルドの要望で敢えて動かなかったけど今日はスパナ振り回して動くよ
:権限持ちの人ご苦労様です
:《魔術師》はーい、弁えない人は消し消ししちゃいましょうねー
セイジもムルもコメント欄を見ていない。
だが、それを承知の上で、コメントせずに配信を見守っていたツカサがコメント欄の整理を始める。
「ム、ムルちゃんから離れろ……!」
:おいデブが剣抜いたぞ
:正気か
:配信中でなければニキに首刎ねられても文句言えんぞ
:腕一本覚悟しろよ
:コメント欄怖いんだけど何言ってんだ?
:ダンジョン配信は初めて?ダンジョンじゃあ自分の命を脅かす相手を殺すなんて珍しくないんだぜ
:いやでもモンスターじゃないでしょ?
:関係ないよ害意を持って攻撃を仕掛けてくるならそれは命を脅かす敵
:ヘキを満たす配信堪能してたのに邪魔すんなよなー
:まったく自分推し活の為に他人の推し活を邪魔してる自覚あるワケ?
「……お前らさ、刃物は脅しやケンカの道具じゃねぇんだって、理解してる?」
セイジが首を撫でながら、気怠げにそう告げると、小太りの男は鼻息を荒くした。
剣を前に突き出すような姿のまま、一歩前に出る。
「ふ、ふざけるな! お前がムルちゃんに近づくから……!」
「そうだそうだ!」
もう一人の男も槍を構える。
それの行いに対して、コメント欄は嘆息混じりのコメントが加速していく。
もちろんセイジも、とてもダルそうに嘆息を漏らす。
:終わった
:あいつら大丈夫?
:配信中なんだよなー
:ギルドの人見てる-?
:オフのギルドスタッフですが職場に連絡しました。あと○ニキの声がツボだったのでチャンネル登録もしました
:あーあ
:ちゃっかりしてるスタッフネキ
ダンジョン内において探索者同士の争いは、避けられない面はある。
モンスターであれ、素材や宝箱であれ、お金になるし、中には大金へと換金できるモノがあるくらいだ。
横取りや強奪を狙う悪徳の者もゼロではない。
その上、ダンジョンというのは人の目の届かない閉鎖領域。
だからこそ、表向きは禁止されているが黙認はされている面があるのもいなめない。
目撃者が無ければモンスターやトラップに殺されたと言えるし、アイテムなども自分たちで手に入れたモノだ――なんて言い訳が通用してしまう。
しかし、黙認できるのは、そもそもそれらが目撃されないから――というのが前提になっているのだ。
そしてそんな黙認領域を、ダンジョン配信という流行がぶち壊した。
今では、配信はせずとも自衛のドライブレコーダー代わりに撮影機材などを持ち込む探索者がいるくらいだ。
「ここからなら、オレが剣を抜いても正当防衛だよな」
:はい
:誰がどう見ても
:どうぞどうぞ
:グロ注意とかやっとく?
:「ポロリもあるよ。首とか」ぐらいとかでよくね?
セイジは左手で鞘の先端を握り右手を柄に添えながら、ムルに訊ねる。
「あー……そうだ。どうする?」
「えっと、どうする――というのは?」
「あいつらにするオシオキ。全殺し、半殺し、四分の一殺し、てかげん。よりどりみどり。キミが選んでいいし、カスタムも受け付ける」
「え?」
:まぁ確かに迷惑掛けられてるのはムルネキか
:でもムルちゃんの性格的に選べなそう
:カスタムオプションは何があるんだろう?
:待ってなんでそんな物騒な選択を
:先に害意を持って武器抜いた奴らに容赦なんてできないのは探索者の基本ぞ
:冒険者と呼べないムルリスナーはさぁそろそろダンジョン配信のマナー覚えろよ
「……やるなら、てかげんをオーダー……したいです」
「そうか」
俯き加減で、辛そうな顔で告げるムルに、セイジは小さくうなずく。
「な、なんでムルちゃん!?」
「おれたちが何をしたって言うんだ……!」
「ダルい物言いするなよ。現在進行形でオレとこの子に迷惑掛けてるだろ」
:それはそう
:え?え?これがふつうなの?あの武器って本物?
:重ね重ね冒険者が申し訳ありません
:状況を理解できてない冒険者たち 推しの女の子の顔見えてる?声聞こえてる?
:謝罪を続けてる冒険者たちがどういう気持ちでコメント打ってるか分かる?
:窟魔ムルにアンチ寄りだったけどこれはムルに同情するというか同情しかない
:そもそもここダウナーニキの配信なんだよ冒険者どもが我が物顔してんじゃねぇ
:なんだろうフェチネキたちのコメントから強い怒気を感じる
:《魔術師》荒れすぎてて削除おいつかねぇんスけど・・・
:魔術師さんがんばって!
「……最低限の自衛は出来る?」
「それはもちろん」
セイジの問いに、ムルは真面目な顔でうなずく。
「余波とか飛んできたら、自衛してくれ」
「はい」
声を掛けながらセイジはムルの様子を伺っていた。そして気落ちしていながらも、探索者としてはちゃんと動けそうだと判断すると、二人組へと視線を戻す。
「さて――もう一度言うぞ?
刃物は脅しやケンカの道具じゃあない。モノを切る道具だ。
例えそれが、食材だろうが命だろうが、切る道具なんだよ。それを理解した上で、まだ武器を構え続けるっていうなら……そこから先は――くっそダルいが――殺し合いだぞ? ケンカじゃあない。殺し合いだ。覚悟して得物を構えろ。得物を構えるなら覚悟しろ」
:最後通牒か
:ニキやさしいなー
:オレなら抜かれた時点で容赦なくぶん殴ってたわ
:殴って済ませるならだいぶ有情だろ
:今あいつらが生きてる時点で有情
:ダウナーさんの腕ならこの間合いからでも首刎ねれるだろうしなぁ
セイジの言葉は、コメント欄も理解している通り最後通牒だ。
脅しやケンカのつもりかもしれないが、セイジはそう受け取らないという意味での。
「ム、ムルちゃんが近くにいるからってッ、カ、カッコつけてんじゃねぇぞッ!」
小太りの方が剣を振りかぶって駆け寄ってくる。
「明確な殺意と見なす。殺し合い希望者だと判断した。これより反撃する」
敢えて大きめの声で宣言したのは、ドローンにその言葉を拾って欲しいからだ。
:このイケボは堪能できないや
:この瞬間へのフェチボケはニキに失礼だしねぇ
:小太りオワタ
:カッコつけなワケないだろうに
:グロ注意必要?
:ポロリ注意も必要ないだろ「てかげん」がオーダーだし
騒ぐコメント欄を余所に、セイジは小太りに向かって踏みだし――
「死ねよッッ!」
振り下ろされる小太りの刃を横に半歩ズレて躱す。
気怠げに、面倒くさげに、余裕を持って。
それからセイジは自分の大めの掌を限界まで広げて小太りの顔面を鷲掴みにした。
「ダルいんだよ、阿呆が」
とても低く、とても小さく、熱は感じないのに、けれど明確な怒りを感じ取れる声。
その声と共にセイジは、小太りを右手で鷲掴みしたまま、右足だけ小太りより前に出す。
そして、その右足を手前に引き戻すように小太りの足を払う。
足を刈られて小太りが宙に浮かんだその瞬間、鷲掴んでいるその手にチカラが込もり、後頭部から勢いよく地面へと叩き付けた。
「……がッ!?」
:抜かないのか
:まじで「てかげん」ですなー
「お前、もしかして自分が殺されないとでも思っているのか?」
:うわすごい声を聞いてしまった
:ゾワっときた
:最高のシチュボを引き出してくれたコトには感謝してやるがこの声出させたコトは許せない
「言ったよな? ここから先は殺し合いだって」
顔を鷲掴みしたままその目を覗き込むと、調子に乗っていた様子が消え失せ、明確な怯えになっている。だが、それは今更だ。
「お前は、探索者のクセに探索者のルールを蔑ろにした。
ダンジョン配信リスナーのクセにダンジョン配信リスナーのマナーを蔑ろにした。
ストリーマーのファンのクセにストリーマーファンとしてのラインを蔑ろにした。
それだけに飽き足らず、お前は人として守るべき常識すら蔑ろにした。
その末路がコレだ。何かに情熱を持つのは結構なコトだ。だが、それを理由にルールやマナーを蔑ろにしていいワケじゃあない。
ラインを越え、道を外れたのであれば、相応の結末というのがあるもんだ。
様々なモノを蔑ろに己が欲望を満たそうとした責任、ちゃんと果たせよ?」
いつもは気怠げな光を湛えるセイジの瞳に、明確かつ冷酷な光が宿る。
本来であれば前髪に隠れる光は、小太りが見上げる角度のせいで前髪に邪魔されずストレートに突き刺さる。
そのせいで、小太りは殊更に怯えだした。
そこへ――
「お、おいッ! そいつを離せクソ野郎!」
――槍を持った男がそう叫ぶ。
セイジは冷酷な光を湛える瞳を、そちらへと向けた。
:ひぇ
:ガチの殺気だ・・・
:これはバチギレですね
:画面越しにクるレベルとはマジギレ度高いな
:メカクレの下の冷酷な瞳!大好物です!でもあんな目させたコトは許せん!!
:キレててもブレねぇなネキたち
ドローンがセイジから、槍男の方へとカメラを向けた。
恐らくは視聴していたツカサが、遠隔操作でドローンを動かしているのだろう。
それなら、ツカサに任せるのが一番だ。
:あ、ドローンさん!もっとメカクレを!
:槍のやろう何やってんだ?
「そいつを離せよッ! 離さねぇならッ、お前のキャンプ用品ぶっ壊すぞ!」
「……好きにしろ。だが、結末には責任を持てよ。その行いを自ら由としたのは、お前の選択だ」
:冷酷ボイスありがとうございます!!!でも冷酷ボイス出させたコトはギルティ!!
:冷酷なボイスにお礼が飛び交う謎のコメント欄
:貴重なシチュボを生み出してくれたコトにはだけはマジで感謝してやる
:冒険者ですけど今の声のファンになっていいですか?
:カモン!ダウナーイケボ好き集まれ!!
:なんかもうバカ冒険者とかどうでもよくなってきてるな
:元々どうでもよかったしな
:殺されようがモンスターのエサになろうが自業自得のバカを冒険者と呼ばないでやれ
「偉そうにしやがって!」
そうして、槍男はテーブルや焚き火スタンドなどに向けて槍を振るい――しかし、何かを吹き飛ばす前に、金属同士の擦れ合う音によって制止された。
「…………」
抜き放たれた細身の長剣で、ムルが槍男の槍を受け止めている。
「ムルちゃん!? なんで……!?」
男の問いに、ムルは答えない。
据わったような目をして。
ただただ悲観したような、諦観したような、絶望したような、嘆くような、投げやりになったような……様々な感情が薄々と混ざり合いながらも、淡いセピアのように色無き光――それをその瞳に宿して。
窟魔ムルは、槍を受け止めた姿勢で、無言のまま男たちを見ていた。




