第38話 サイレント・パーティー②
昼休み。
学校の体育館裏で、僕は1人、パンを食べていた。
燈は今日、生徒会の仕事で忙しいという。
ヤマトに関しては、奏が車で移動しているらしく、警護のために追跡中とのことだった。
昨日の話し合いで、長門を調べることが決まった。
でも、その方法については、意見が2つに割れた。つまり、直接話を聞きに行く派と、まずは周辺の情報を調べようという派だ。
ちなみに、僕は後者だ。
長門とは、できるだけ顔を合わせるべきじゃない。危険だと思うからだ。
このまま無策で会いに行けば、目的を果たせないどころか、こちらが一方的に不利な状況に陥る可能性だってある。
『なら、まずはオマエの思うやり方で調べてみろ。ただし、あまり長くは待てないぜ?』
ヤマトが最後にそう締めて、その場は解散となった。
不意に、スマホが振動を始める。
画面を見ると、【SCARLET】からのコールだった。
『もしもし、悠? 調査はどう? 何かわかった?』
電話の向こうで、朱里が矢継ぎ早に言った。
「いくらなんでも、昨日の今日でそんなすぐには進まないよ。学校もあるし」
『それは、そうだろうけど……昨日、ヤマトもせかしてたし……』
焦った様子の朱里。
彼女も、長門との対峙は避けたいのだろう。
「わかってる。気が逸ってるのは、僕も同じだよ」
何より、今は燈を巻き込んでしまっている。
彼女を守るためには、零士さんへの対抗手段を、早く用意しないといけない。
その突破口が、長門なんだ。
焦るな、というほうが無理だった。
『……うん。そうだよね、ごめん。
でも、何か糸口くらいは、早く見つけないとね……』
彼女の言葉を受けて、僕は一呼吸を置く。
「――糸口くらいなら、もうあるよ。一応」
『えっ?』
そう。
昨日の話し合いが済んでからずっと、何か有効な調査手段がないかと考えていた。
そこで、思い出した。
MALICEをインストールして間もないころ、ヤマトから説明されて、でもまだ一度も使ったことがない機能――
――悪意アーカイブの、サーチ機能。
本名・生年月日・居住地を入力することで、悪意ある対象者を検索でき、その人物の悪意ログを閲覧することができるらしい。
「昨日、MALICEのマップに映る長門の位置を、ずっと監視してた。
それが、深夜になると大学を出て、少し離れた住宅地っぽいエリアに移動したんだ」
たぶん、そこが彼の家だ。
だとすれば、居住地は「東京都文京区本郷」ということになると思う。
『……すごい。かなり進んでるじゃん』
「全然だよ。まだ生年月日がわからない。
――正確には、生まれた年はわかったけど、月日の情報が見つからないんだ」
公開Wiki『帝都大学の人物一覧』ページに、長門時宗の名前があった。
それによると、彼は1970年生まれ――つまり、現在は55歳付近らしい。
けれど、誕生日までは記載されていなかった。
ちなみに、他の教員に関するページでは、生年月日がすべて記載されているものもあった。
それらに比べると、彼の記事は突出して、ひどく簡素だった。
もしかしたら長門は、自身の公開情報を制限してたりするのだろうか。
だとしたら彼は、あまり表舞台に出ることを好まない性格なのかもしれない。
『もう、テキトーに入れてみたら? 月日だけなら、いつかは当たるんじゃない?』
言うと思ったけど。
「ダメなんだよ。5回間違えたら、24時間のロックがかかるみたい」
そんなことで、時間を浪費するわけにはいかない。だからこそ、きちんと情報を集めた上で、確信をもって試したかった。
ところが、帝都大学のホームページや、長門のインタビュー記事を読んだりもしたけど、誕生日に関する情報は一向に出てこない。
『SNSは? 生年月日そのものは公表してなくても、自分の誕生日に思わず投稿してたり?』
「ううん。どうも長門は、そもそもSNSをやってないみたい」
少なくとも、彼のものだとわかるアカウントは、見つけられなかった。
メディア露出もある有名大学の准教授が、SNSをやってないなんて、今時あるんだろうか。
もし、本人が意図的にそうしているなら。
それは「慎重」というより、もはや「妄執」に近いとさえ感じてしまう。
『……本人がやってないならさ』
そう言って、朱里は少し間をあける。
『長門自身じゃなくて、周りを当たればいいんじゃない?』
「周り?」
『同僚とか、教え子とか。本人が黙ってても、祝う側は黙ってないでしょ』
…………たしかに。
なるほど、と思った。誕生日を隠すことはできても、誕生日そのものをこの世から消すことはできない。
大学や研究室といったコミュニティに所属している以上、他人との接点は、必ず生まれてしまうはずだ――
『あった! 帝都大学・心理学部の、生徒の投稿かな?
長門先生、お誕生日おめでとうございます、だって!』
えっ、もう?
『日にちは――8月7日!』
僕は、悪意アーカイブのサーチ画面を開いた。
検索窓に、長門に関する情報を入力していく。
【本名:長門時宗
生年月日:1970年8月7日
居住地:東京都文京区本郷】
最後に、確定キーをタップした。
液晶に【検索中】の表示が躍る――
【ヒットしました】
「――成功した」
『やったわね!』
朱里の声が、はっきりと弾んだ。
つられて、僕も笑みがこぼれる。
「すごいよ、朱里。大金星だ」
『何よ、ちょっと手伝っただけじゃない。
サーチ機能に気づいたり、居住地を調べたり、やったのはほとんどあんたよ。
さすが、あたしたち――VALGATEのリーダーね』
照れたように言う彼女。
リーダー。そう呼ばれることが嬉しくもあり、同時に、皆を守らなきゃという使命感も抱かされる。
「今回の成果は、僕から共有しておくよ。朱里の手柄についても添えて、ね」
『ふっ、わかったわ。……じゃあ、続きは放課後ね』
そうして、通話が終了する。
昼休みの喧騒が、少し遅れて耳に戻ってきた。
体育館裏に吹き抜ける、少し冷たい風。
パンの袋を丸めながら、僕は空を見上げた。
――さて、どうしようか。
長門の悪意ログにある、【ランク3】の文字。
また厳しい戦いが始まるという確信が、胸の奥で静かに灯っていた。




