18-1.月聖石
『ありがとうございました。またお立ち寄りくださいね』
ローズピンク色の髪の小柄な宝飾店主に見送られて、郁と江間は店を出た。
身長百三十センチぐらいのかわいらしい外見に似合う朗らかな声に、江間が手を振り返す。
その手首に銀の透かし彫り細工と、光を受けて青と金に輝く透明な石のついた革製の腕輪――。
「……」
「隠したら意味ないだろ」
郁は自分の左手首にもある、同じデザインの少し華奢な腕輪を見、さりげなく外套の袖を引き下ろした。が、目敏い江間にすぐにその袖を戻されてしまう。
「ひょっとして……気に入らないか?」
「……違う。ただ、その、居心地が悪い、というか、その、は…」
珍しく不安そうに顔を覗き込まれて、郁は精いっぱい彼から顔を背ける。
「は? がどうした?」
「は、ずかしい……」
無表情でいようとしているのに、勝手に顔が赤くなった。
グルドザであれば、扱う得物の感覚に狂いが出る指輪は、お勧めできない。腕輪も金属製のものは具合が悪いだろう。
デザイナーでもある店主がそう言って勧めてきたのが、月聖石と、つる草を模した繊細な銀細工を革地に固定させた、この腕輪だった。
美しいけれど、身につけても違和感がなくて、実のところ郁はこの腕輪をすごく気に入っている。気に入らないなんて言ったら、江間にもだが、一生懸命選んでくれた先ほどの店主に申し訳ない。
だが、すれ違う人が皆手首を見ているような気がして、どうにも居たたまれないのだ、そんなわけはないのに。
「っ、江間っ」
いきなり音の立つ勢いで抱きしめられて、郁は抗議の声をあげる。
「お前が悪い」
「はあ? っ、と、とにかく放せっ」
江間を突き放そうと彼の胸に手をかけたところで、腕輪の月聖石がほのかに光った。
「お。まただ。ほんとおもしろい石だな。イェリカ・ローダ除けになるっていうだけでも変わってるのに」
拘束が緩んでできた隙間に、江間が自分の腕をさし入れてくる。腕輪についた二つの石の距離が近づくにつれ、光が強くなった。
先ほど店主が、揃いの装身具を見繕いながら、月聖石について教えてくれた。
月聖岩のうち透明度の高いものは、生成の過程が近い物同士を近づけると、ほのかに光る性質を持っている。それゆえ同じ石を割って、恋人たちの装身具に使ったり、親が自分の子供たちにお守りとして与えたりするのだ、と。
それを聞いて郁は、胸元に隠している月聖石のペンダントを思い出した。これは、祖父が両親からもらったお守りのはずだ。その両親が、同じ岩から取れたお守りを、別の子にも与えていたとすれば……?
「調べたら面白そうだよな。あっちの世界に帰る時には、必ず持って帰ろうぜ」
「……そうだね」
そして、郁はあのペンダントを一度、従伯父であるオルゲィ・リィアーレに見られている――。
郁は、「だから外すなよ。いつ帰っても確実に持って帰れるし」という江間から、視線を外すと曖昧に頷いた。
「……」
その様子を江間は観察するように眺め、口を開く。が、結局閉ざすと、視線を伏せた。
「さ、今度は昼飯の調達だ」
郁と江間は、新年の連休に賑わう昼下がりの街で、昼食を物色することにした。
普段庶民向けの飲食店が並ぶ通りには、明年の期の今、様々な屋台が出ていて、いつもの何倍も騒がしい。
食べ歩きはおろか買い食い自体、郁にはほとんど経験がない。祖父母は「お行儀が悪い」という世代だったし、何より一緒にやってくれる友達もいなかった。
こっそり憧れていたから、こっちで江間が串焼きを買って手渡してくれた時は、焦りとか、いけないことをしている気分とか、嬉しさとかで、内心動揺しまくって、正直味も何もわからなかった。
どこかで聞いたり見たりした記憶で、江間に半分分けたものの、串焼きはとんでもなくまずかったようだ。口にするなり、すごい顔をした彼に慌てて謝罪し、しどろもどろになりながら、「買い食いのマナーかと思っただけで、嫌がらせじゃない」と言った郁に、江間は「買い食いにマナーって」と大笑いした。
やっぱりうまくできない、と情けなくなった瞬間、彼は「いや、味はともかく嬉しかったよ、宮部」と言いながら、郁の頭に手を置いた。
そして……、
「嬉しいこともだけど、そうじゃないことも、一緒に分け合おう。そしたら、どんな問題も、大したことじゃなくなる。うまくいけば、さっきみたいに一緒に笑える――だろ?」
そう言って、微笑んだ。
「ちょっと待っててくれ、あれ、買ってくる」
楽しそうに郁を振り返って、目当ての屋台に向かう江間を見ながら、郁は「分け合う、か」と呟いた。
郁には江間に言っていないこと、嘘をついていることがたくさんある。そもそもずっと一人でいた自分に「分かち合い」ができるのか、できるとしてすべきなのか、していいのか、うまく判断できない。
「……」
郁は屋台の主人と身振りでやり取りして、何かを買って戻ってくる江間を見つめた。
なんせ彼の人の好さは確かだ。彼こそ一人でもうまくやっていける人だろうに、それがこの異世界であろうと。
「なんだ?」
「いや。それ何かなと思って」
「よくわからん。言葉、全然だった。なんかパスタっぽくない? どっかの国、西の方?の料理らしい」
「おもしろそうだね。タグィロが色んな国の屋台が出ると言っていたし、色々試してみようか」
「それは同意するとして……タグィロと結構仲よくなった?」
「うん、時々ランチしてる」
そんなセリフが自分の口から出、耳に届いた瞬間、郁は少し頬を赤らめた。
この世界に来てからの江間とリカルィデを除くと、中学以降、祖父母以外の人と食事をしたことは、ほぼない。中高でお弁当を食べる時も、大学で学食などを食べる時も、ずっと一人だったし、出かける時も一人だから外食も当然一人。
ボッチ飯をいじる人に出会ったことも多々あるけれど、他人が食べるのをじろじろと見て、あれこれ言う感覚のほうが不思議だった。そもそも食事時どころか、郁は常時完全無欠にボッチだ、突っ込むならそっちだろう、と。
ずっとそうやって生きてきたわけだが、人と話しながら食べるのはそれはそれで楽しいと今更知って、なんだか気恥ずかしい。
「……良かったな」
良かったという風には見えない、微妙な顔に疑問を覚えれば、江間は大きな手で郁の顔をわしっと掴んできた。
「……江間」
「なんとなく。って、あっちの屋台、行こうぜ。なんか肉焼いてる」
色々気に入らなくて彼の名を咎めるように呼んだのに、江間は笑いながら、また勝手に人の手を取って駆け出した。子供か、と思うものの、つい苦笑を漏らしてしまう。
「あれ、フライドチキンっぽくね? ……見た目まんまトカゲだけど」
「いいんじゃない。惑いの森の大トカゲも、結構おいしそうだった」
「おま、あれにそういう感想持ってたわけ!? 緊張してたんじゃなかったのかよ!」
「いや、さすがに翌日。おなか空いてたし、ゼイギャクが首切ったのとか、あれば焼いてみるのにな、と」
「宮部って結構いい神経してるよな……」
「あっちの、お好み焼きに似てない? なんかの足が生えてるやつ」
「……なんかの足が生えてるのを、お好み焼きと言ったら怒る関西人は多いと思うぞ」
「あそこに吊るされてる、どろどろで、異臭を放っているのって、そもそも食べ物…? って、江間、買う気?」
「何事も挑戦だ。俺は最初に納豆を食ったやつを尊敬してる」
「……納豆好きなの、嫌いなの?」
「苦手。だからこそ、あの腐ってるとしか形容できない物体を口にした最初の人間が、俺的に偉人なんだ。俺も最初の一歩を踏み出して偉大になりたい」
「……第二の納豆にならないといいね」
「挑戦しようという人間を、バカを見る目つきで見ないように」
「江間って時々本気でおかしいよね」
「はっきり口に出すのもなしだろーっ」
そうして、くだらないものも含めてたくさん話して、笑って、見慣れない物ばかりたくさん買い込んで、湖を目指した。




