17-4.桜色(リカルィデ)
「……ラッカだ」
雑踏の中、江間がピタリと足を止めて、顔を歪めた。
視線の先には宮部と、どこかで見たような男の人。特に特徴のない顔立ちと体型で、宮部たちより結構年上に見える。その人と話している宮部の顔は、いつも通り不愛想だけど、リラックスして見えた。
「宮部、ああいう、人の好さげな奴に弱いんだ。大学で宮部と噂になった奴は、大抵あんなタイプだ」
そう不機嫌そのものに言いながら、江間は足を速めた。
「ミヤベの彼氏ってこと?」
(あれ? でもさっき彼氏いない歴イコール年齢だと言っていたのに……)
と首を傾げれば、江間は想像することすら嫌だとでも言いたげな顔をした。
「違う。どうこうなる前に、あのぶっちぎりでイカれた妹が出てきて、どいつもこいつもそっちに流れたからな」
「……妹に感謝してる?」
「やなこと聞くな」
江間は自己嫌悪を顔に載せた。
(ということは、つまりエマはずっとミヤベが好きだということだ)
≪そもそも論外、ええと、恋というのかな? その対象にならないと、彼のほうもはっきり言っていました≫
(じゃあ、前ミヤベの言っていた、あれはどういうことなんだろう? 何か誤解があるんじゃないだろうか、だから信じてもらえないんじゃ?)
そう思って、「ねえ、エマ」と声をかけた瞬間、江間が「宮部」と彼女を呼んだ。
いつも通り表情に乏しかった宮部が、その声に江間を振り返り、目元を小さく緩めた。
「……」
リカルィデに向けられるものとは、ちょっと違う気がするけれど、優しい顔だ。それに、嬉しそうにも見える。リカルィデがそうであってほしいと思っているからかもしれないけど。
長い足をどんどん動かして、先に先に歩いていく江間を小走りで追いかけながら、斜め後ろから、宮部を見つめている彼の表情も確認する。
(こっちも同じだ、私に対するのとは違う……)
『リカルィデ、何か楽しいもの、見つかった?』
『え、あ、うん』
『そう。江間、ありがとう』
江間と見つめ合っていたのに、リカルィデが彼の影から出た瞬間、宮部はリカルィデににっこりと、はっきりした笑顔を向けた。
ちょっと幼く見えて、やっぱり可愛い。……けどと言うか、だからと言うか、なんだか江間に対して気まずい。
宮部は一緒にいたラッカに、リカルィデを紹介してくれた。
『いつぞやは失礼しました。ミヤベとエマのお身内だったのですね。書物棟にクシャギナの精が現れるようになったと噂に聞いていましたが、あなたでしたか』
以前ヒュリェルの雑貨店で揉めた時に出会った防病師のラッカは、リカルィデにのんびりした笑顔を見せた。
『クシャギナのセイ?』
『クシャギナは、おとぎ話、昔話によく出てくる、知恵を司る古い木の魂が、人の形をとって現れた……ややこしいな、ええと、「おとぎ話に出てくる知恵の木の精霊」で、知の女神アリュナの使い』
『リカルィデと申します。え、えと、実物、はご覧の通りです……ので、がっかりされなければいいのですが……』
過分な噂に身を縮めながらも、なんとか挨拶すれば、ラッカはにこりと笑い、『いいえ、お噂通りで、再びお目にかかれて光栄でした。では、ミヤベ、エマ、私はこれで。リカルィデ、可愛らしい方には人込みは恐ろしいこともありますから、お気をつけて』と去っていった。
彼を“人のいい”と評していた江間の人を見る目は、確かかもしれない、と思いながら、リカルィデはお礼と別れを口にした。
様々な匂いが混ざった寒風が、人混みを縫って吹き付けてきた。宮部の短い黒髪を揺らし、さらされた白く細い首を撫でていく。ひどく寒そうだ。
(家に帰ってから、エマのと一緒に、と思っていたけど……)
リカルィデは手にしていた包みから、白とピンクの「マフラー」を取り出した。
「あのさ、ミヤベ、これ……。このマフラーのお礼」
「さっき買ってくれたの?」
「うん。その、お給料、もらったから、せっかくなら二人に、と思って……あ、エマのは、家にあるから。手袋だよ」
気に入ってくれるかな、と思いながら、おずおずと差し出せば、目をまん丸にした宮部は顔全体を緩めて、本当に幸せそうにほほ笑んだ。
「……」
毎年、日本の習慣だと言って、サチコは「タンジョウビ」を祝ってくれた。親すら気にかけてくれないのに、彼女だけは自分が生まれたことを喜んでくれる。すごく嬉しくて、リカルィデもサチコにお返しがしたいと思った。けれど、当時のリカルィデにできることも、許されていることも限られていて、仕方なく絵を描いて贈った。一生懸命描いたけど、どう見ても不格好で……でも、あの時、彼女も今の宮部と同じ顔で微笑んでくれた。
「ありがとう、大事にする」
「……うん」
ぎゅうっと抱きしめられて感じる、柔らかい感触といい匂いも懐かしくて、鼻の奥がツンとしてくる。
「完全に負けてるよな……」
が、横にいる江間が、夜空を仰いでため息をついたことで涙が引っ込んだ。
確かに私はミヤベにものすごーく愛されている気がする――とはもちろん言えない。
けれど、勝ち負け以前に、愛の意味がちゃんと違う。ような気がする。なんとなく、だけど。
「ミヤベ、マフラーのその色、好き?」
「うん、桜の色。実は可愛すぎて気後れしちゃうから、あまり身につけられないんだけど、せっかくリカルィデが選んでくれたんだし、」
「それ、最初に見つけたの、エマだよ。ミヤベに似合うって」
「え」
「……っ」
宮部にびっくりした顔を向けられた江間は、顔をひきつらせた後、見る間に真っ赤になって、慌てて顔を逸らした。つられるように、宮部の顔も染まっていく。
宮部もだけど、江間の反応こそ意外で、リカルィデは目を丸くした。
「え、ええと、その、あり、がとう……?」
「いや、別に、礼を言われるようなことじゃ……」
真っ赤になったまま、もごもごとやり取りする二人は初々しくて、どう見ても“婚約者”じゃない。
そういえば、江間は、リカルィデも含めて、年齢に関係なくありとあらゆる女の人にさらっと褒め言葉を言うくせに、宮部には言わない。
ミヤベもだけど、エマこそ実はすごく不器用なのかも、と思いついて、リカルィデは、苦笑を零した。
≪ね、リカルィデ、年が明けたら、うちに泊りにおいでよ。夜通し、おしゃべりしよう! お父様たちには許可取っておくね≫
チシュアのあの提案に乗ってみたら、何か変わるかな?




