15-1.二面性(リカルィデ)
「なん、か、ごめん、色々ありすぎて……」
「……だな」
「それ以外ない……」
リカルィデが呆然と呟けば、江間は椅子の背もたれにぐったりともたれかかり、宮部はテーブルに突っ伏した。
今朝、王弟シャツェラン・ディケセルに面会する予定で江間が出て行った時、リカルィデは不安で仕方がなかった。昨日の晩、二人にあれだけ説明されたのに、もしかしたらこのまま江間に会えなくなるかも、と思ってしまって、自分も一緒に行くと子供のように駄々をこね、二人を困らせてしまった。
目の前が真っ暗になったのは、昼前に城から宮部に呼び出しが来た時だ。「大丈夫、江間は殺したって死なない」とリカルィデを抱きしめてくれた宮部も少し震えていることに気付かなかったら、正気を保てなかったかもしれない。
「万が一私たちが戻らなかったら、ヒュリェルの所に行くのよ? 何を聞かれてもよく分からないって言いなさい。最悪、私たちは稀人だと認めれば、生き延びられる。私たちを盾に脅されても、あなたの生まれは何があっても認めちゃダメ」
そう言って出ていく宮部を見送ってからの数刻は、時が止まったとしか思えなかった。
だから先ほど二人が家に帰ってきた時は、情けないことに少し泣いてしまったのだが……。
「ええと、まず、朝の江間の話――疫病を流行らせたとして、バルドゥーバの稀人が一人殺された……」
「……」
「……」
天井を見ている江間の眉間に苦しげに皺が寄り、テーブルに伏せている宮部の拳がぎゅっと握られた。
(そうか、二人の知り合い、友達の誰かなんだ……)
そう悟って、リカルィデも眉を下げた。暗い森で大トカゲの背に乗っていた稀人たちの姿を思い起こそうとしたが、うまくいかない。
「宮部は誰だと思う?」
「多分菊田先輩か佐野さん」
「福地はともかく寺下はなぜ外す?」
「寺下さんは徹底して自分のために行動する」
「……福地と同タイプか」
「福地は基本的に人に興味を持てない、寺下さんは興味があって仕方がないという違いがある。周りの様子を窺ってそれに合わせて行動するという意味では、福地どころか四人の中で一番徹底している。権力者を見極めて、自分に害が来ないように行動できると思う」
「なるほどな……」
重苦しい空気に包まれていて、とてもじゃないが、口を挟める雰囲気じゃなかった。
「一応言っとくが、お前のせいじゃないからな? あの時できることなんか何もなかった。大体先に見捨てたのはあっちだろう」
顔をあげて、焦点の合わない目で何かを考えこむ宮部に、江間が声をかけた。
『……』
(みすてた……? ということは、友達じゃなかった? というか、見捨てたって、あのイェリカ・ローダに溢れる森でミヤベたちを? だ、から二人だけ別行動だった……)
リカルィデが呆然として宮部を見れば、彼女はただ苦笑を返してきた。そして、眉を強く寄せてテーブルに目を落とし、「次は何をするつもりかな」と呟いた。
「……フクチやテラシタという人は、エマやミヤベとは違うんだね」
江間と宮部はサチコに似ていた。三人共自分ができることをして、リカルィデや他の人を助けようとしてくれたから、稀人はみんな優しいのだとなんとなく思っていた。
(でも、もし“稀人”がその知識や力を誰かを助けるためじゃなくて、逆に使うとしたら……?)
事実、新しい鉄で聖クルーシデを破壊し、人々を殺したバルドゥーバの影にいたのも、惑いの森で宮部たちを見捨てたのも、今また別の仲間を見殺しにしたのも、バルドゥーバに行った稀人たちだ。
リカルィデは、あの日トカゲの背に乗ったまま、少しだけ会話を交わした男性の、闇に紛れてぼんやりとしていた姿を思い浮かべて、身を震わせた。
初めて“稀人”を恐ろしいと思ったリカルィデに気づいたのだろう、江間が「できるだけ止めてみせるさ」と言って苦笑した。
「それで次……は、王弟がミヤベに気づいた?」
二人に対してまで怯えてしまった気まずさをごまかそうと、リカルィデは話を戻す。
「気付いてない」
「どうだかな」
そして、本気で睨み合い始めた二人の、別の意味で恐ろしい、重苦しい空気に後悔した。
「あんなに遠目だったのに「アヤっ」――下の名を呼び捨て。随分、そりゃあもう、随分と親しかったみたいだな。何が「絶対に覚えてない」だ」
「事実覚えてなかっただろう。こっちがしらばっくれれば、顔を見ているのに勘違いだったと思える程度の親しさだ」
江間には珍しい、棘だらけの嫌味に、宮部は宮部で剣呑な視線を返す。
「十年経っても遠くから見ても、お前だと思えること自体が問題なんだろうが」
「仕方ないだろう、二人で会ったことしかなかったんだから。王弟が人を覚えるのが得意かどうかなんて、知るわけがない」
顔を歪めて苦々しく呟いた江間が言いたいことと、口を尖らせた宮部の答えは、ちょっとかみ合ってない気がする。
案の定、江間が「相変わらずズレてんな」と毒を吐く。宮部は明らかにカチンときたようで、江間を睨みつけた。
「江間こそ、随分と王弟に気に入られていたじゃないか。二回しか会ってないのに、どうやったら「お前のは今更だ」とか「お前は本当に遠慮がないな」とか、軽口を返される間柄になれるんだ」
ぐっと言葉に詰まった江間に、宮部は「結婚祝い、何か考えておく」と冷たく笑う。
「え、えと、とりあえず、王弟はミヤベをトゥアンナの孫、昔夢で会っていた子だとは思ってない。で、今のところは問題なしってことでいいんだよね……?」
「よくない」
「いい」
二人ともムスッとしたまま目を合わせないし、返ってきた答えもそろっていない。
けれどというか、だからこそというか、リカルィデは次の心配を口にすることにした。
「それで、米について調べるという件なんだけど……」
宮部はそれまで江間に向けていた不愛想な顔を一変させ、申し訳なさそうな、心配そうな表情で、リカルィデを見た。
「……」
リカルィデは、宮部が他の人はもちろん、江間にすらほとんど見せないこういう顔を自分に向けてくれる瞬間が、実はかなり嬉しい。見た目も声も何もかも違うのに、サチコの顔が重なるのだ。
「ごめんね、リカルィデ」
「え、えと……何、これ?」
そう沈鬱に言いながら彼女が取り出したのは、手のひらにすっぽり収まる銀色の火箸のようなものだった。




