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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第10章 化 ―ギャプフー
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10-3.過去(リカルィデ)

『……ミヤベ、一体何やったんだい?』

『何って……』

 ヒュリェルが顔を引きつらせて自分を見る。江間も同じ顔をしていたが、そっちとはなんだか目を合わせにくい。


『江間は確かに優しい。けど、女という女、いや、男もか、とにかく相手関係なくそうなのに、自分だけ特別ってその目、というよりむしろ頭か、大丈夫か?』

『美人だから何? 整っていると言うなら、江間の方がよほどだ。冷静に鏡を見ることをお勧めする』

『江間が思い通りにならないからって、自身を顧みることなく、こんな年端も行かない子のせいにして罵る……性格が悪すぎる。で、江間のことを、その性格の悪さに気づかないボンクラだと思っているわけだ』

『江間が好きと言いながら、その人を何気に馬鹿扱い。その上本人が否定しているのに、それを無視して子供を詰っていじめる……何をもって江間に好かれているはずと思えるんだ? 本気で理解できない』

『で、あなたたちは? 友達? なら、彼女を止めたらどう? ああ、ひょっとして友達のふりをしているだけで、実は嫌い? なら、彼女が馬鹿をやればやるほど都合がいいわけだ。性格の悪さは彼女以上だな』

 リロネや友人たちがわめこうが罵ろうがお構いなく、宮部は淡々と彼女たちの頭と性格が悪いと指摘し続けた。

 宮部は自分のことで何か言われてもいつも無反応だし、そもそも口数が少ない。だから、あれだけ話したのは多分怒っていたんだと思う。終始無表情だったけど。

 最後のほうは、リロネも一緒にリカルィデを罵っていた彼女の友達も半泣きになっていた。が、それでなおリカルィデを睨んだからだろう。不機嫌そうに目を眇めた宮部は、

『いくら整っていてもマイナスにしかならないだろう、その頭と性格だと。まあ、貴女たちの頭と性格以上に悪いのは、無自覚に人を誑し込む江間だ。というわけで、リカルィデ、ああいう胡散臭い男に間違ってもはまらないように』

とリカルィデに言い、

『でなければ、こんな醜態をさらす羽目になる』

とリロネを指さし、結局泣かせた。

 結果、宮部は一部から『最低な男』との烙印を押されたが、彼女たちを嫌う人たちからは、『エマよりミヤベの方が大事にしてくれそう』『結婚するならミヤベの方が絶対いい男』と評されるようになった。

 実は女なのに宮部はそれでいいんだろうか、と思うが、今の問題は多分そこじゃない。


『ええと……』

 宮部がリロネに何を言ったか話していいのかな、と思って江間を見れば、『……いい。あいつの言いそうなことはわかる』と言って肩を落とした。が、「ジゴウジトク」という言葉が思い浮かんで、あまり同情する気になれなかった。



『というわけでヒュリェル姉さん、是非』

『ちょ、ちょっと待っておくれよ。さすがにそこまでは考えていなかった……』

『内務処が用意してくれるから、店を「構える」……ええと、用意する必要がないんだ、物と人をよこしてくれたらいい。中々いい条件だろ?』

『そ、それはそうだけどさ……メゼルだろ? あんたたちは知らないかもしれないけど、あそこはディケセルどころか、この辺の国全部の流行の発信地って言われてるんだよ。そんなところに田舎もんの私が……』

 江間の視線を受けて、リカルィデは『流行は、この場合病じゃなくて文化に対して。発信地は何かが生まれる場所、田舎もんは……』と、彼がわからなさそうな言葉を補足する。

『姉さんらしくないな、大丈夫だって。ミヤベの髪留めだって石をくっつけて売り出そうって考えたのは姉さんだろ? 統官がそれも含めて内務処長に話してくれさったんだ』

『それを言うなら、『くださった』だよ……。というか、ないむしょちょうって、やっぱりすごいお偉いさんだったりするのかい?』

『内務処長ってのは……なんて言うんだっけ?』

『領主様の側近、というか右腕?』

 江間の目線に応じて助け舟を出せば、ヒュリェルは『領主殿下のお側の方かい……』と呟いて放心した。


 江間から洗衛石を売る店を領都で開かないかと持ち掛けられたヒュリェルは、さっきから顔を赤くしたり青くしたり忙しい。


『なあ、頼むよ。姉さんにしか頼めないって、俺もミヤベも一致したんだ』

 片目をつむりながら、江間はその長身をかがめてヒュリェルの顔を覗き込む。呆けていたヒュリェルだったが、目の焦点が江間にちゃんと合わさった瞬間、顔に苦笑を浮かべた。

『……無自覚に人を誑し込む、ね』

(ヒュリェルとの交渉を江間に任せたのは、間違いなくミヤベだ)

 程なくして、ヒュリェルから同意の言葉を引き出した江間を見て、リカルィデはそう確信した。宮部もなんだかんだで「したたか」だ。



「それで、リロネの言ってた、本気の話って何?」

 ヒュリェルの店を出たところで、リカルィデは江間に話しかけた。


 領都メゼルに行くという話が出てから、リカルィデも宮部もキャンプや村の知り合い、ガッコウの友達から声をかけられることが増えたけど、江間はその比じゃない。老若男女問わず、リカルィデの全く知らない人も含めて、呼び止められまくっている。

 その中でも一番過激なのは江間達と同じ年頃の女性たちで、リカルィデにもさっきのようにとばっちりが来るのだが、そんなことより気になっているのは宮部の様子だ。

 「いつものこと」と言って気にしていないようだが、本当にそうなんだろうか? それならいいと思う一方で、それじゃ嫌だという気持ちもあって、なんだかモヤモヤしている。


「げ。覚えてた……。あー、その、聞かなかったことにしない?」

「やっぱり。私も一緒にメゼルに連れて行ってとかいう話だ」

「……察しが良くおなりで」

「……」

 情けない顔で肩を落とした江間に、リカルィデは半眼を向けた。

 そのリカルィデに苦笑すると、江間は「宮部には内緒にしといてくれ」と口にして……それになんだか無性に腹が立った。

「なんで? 別にミヤベは気にしないよ。いつものことだし」

 言ってしまって、江間の顔を見た瞬間後悔した。

「欠片も気にしないってのを俺が見たくないんだよ」

 彼が寂しそうに笑って、さらに居たたまれなくなる。

 無言のまま、江間と歩調を合わせて人の少ない昼下がりの通りを歩き出す。獣の革をなめして重ねた物にひもを通した、江間達が「サンダル」と呼ぶテロナで道を踏みしめるたびに、土ぼこりが立った。


「エマは……エマはミヤベが好き、なの?」

「直球だな」

 「チョッキュウ」の意味は分からない。でも、リカルィデの質問にいつもはっきり答える江間がそうしないことを考えると、きっと自分は、彼が聞かれたくないと思っていることを聞いてしまったのだと思う。

 その証拠に彼は苦笑を顔に浮かべたまま、何かを考えこむかのように視線を伏せた。

「私、は……ミヤベもエマを好き、だと思う」

「……」

 なんだか悲しくなってきて発した言葉に、江間は驚いたような顔でリカルィデを見、苦笑すら消してしまう。そして、唇を引き結んだ。

「……ごめん」

 元気になってくれたら、と思ったのに、またやってしまった。

 彼らは自分にとてもよくしてくれる。だから自分も、と思うのに、二人が楽しく一緒にいれるようになってほしい、と思うのに、いつもうまくやれない。

 場所を変え、名を変えたところで、ダメな人間はダメなままだ。だから、役に立てなくて、だから必要とされない。

 リカルィデは唇を噛み締めて俯いた。


「あー、待て、お前が悪いわけじゃない」

 泣きそうになったのを悟られたのだろう、江間が困ったような顔をして、リカルィデの頭を軽く撫でた。

「……そう、だな」

 息を吐き出しながら、江間は空を振り仰いだ。

「あいつの、宮部の血の繋がった妹な、ちょっとおかしいんだよ」

「……妹? 離れて暮らしてるっていう?」

「大学は前に話したな? ちょっと難しいことを勉強する学校のことだ。俺たちの大学に一人で現れて、「いつも姉がお世話になってます」とか言いながら、宮部の周りの人間に声をかけてくるんだ。で、親しくなった頃に、さりげなく宮部に悪い印象を持つように吹き込んでいく」

 俺のところにも定期的に来てたし、メルアドとかも勝手に手に入れてやがった、と江間は歪な笑いを見せた。

「その妹によれば、宮部はそいつや両親を祖父母と一緒になって虐めているらしい。全部そいつを妬んでやってるんだって、悲しそうにほのめかしてたよ。SNSとかもそんな内容ばっからしい。……SNSは前話したな? ほのめかすってのは、はっきりとは言わないけど、相手が察するように仕向けるやり方だ」

「……ミヤベはそんなことしないよ」

 リカルィデは驚きのあまり、喘ぐように返した。

 宮部は愛想もないし、めんどくさがりだけど、赤の他人であっても困っている人にはちゃんと手を差し伸べる。ぶっきらぼうで言葉が足りなさすぎて、誤解もいっぱいされるけど、ちゃんと優しい人だ。

「知ってる。けど、そいつには事実なんてどうでもいいんだよ。自分に都合がいいってのがすべてだ」

「なんでそんなこと…」

「さあな。ただ見た目も仕草もすっげえかわいい、雰囲気も儚げ……ってなんて言えばいいのかな、守ってやりたいと周りに思わせるような子でさ、おまけに資産家、金持ちの娘だ。騙される奴続出で、たまにいる騙されない奴も宮部より自分を選ばせるために食事をおごられたり、旅行に誘われたり、ブランド品――値段の高いもののことだ――とかを惜しげもなくばらまかれたりして、結局そっちにいったり、そうじゃなくても、やっぱり宮部からは離れていく。そんなやばいのに付きまとわれてる人間には、近寄りたくないからな」

「……エマも?」

「そう、だな……」

 苦い物を噛みつぶしたような顔で口を閉じ、江間は目線を地に落とした。

 毛先側が茶、頭側が黒、二色に綺麗に分かれた、少しだけ癖のある髪が通りを拭いてきた風に揺れて、瞳が見えなくなった。

 形のいい、でもどこか男らしさを感じさせる唇が「でも、結局…」と音を発する。

「結局、何をどうしたって、俺は宮部が」


『エマっ、やっと見つけた……っ』

『メゼルに行くって本当ですか?』

『なんで、なんでそんな急に……』

「っ」

 また別の女の人が三人、リカルィデと江間に割って入った。すぐ近くで話していた二人の間に距離ができる。

『お願い、私も一緒に連れて行って』

『今すぐにとか言う気はないので、これから私のことを知っていってほしいんです』

『迷惑はかけないからお願い。うちの親もエマがいいならいいって』

『ちょっと、私が頼んでるのよ』

『カフォナさんこそ遠慮してください』

『……エマは私がいいわよね?』


『……』

 分かっているのだ、江間が悪いわけじゃない……こともなくもないかもしれない。だって宮部も江間は無自覚に人を誑し込むと言っていた。

「ええと、リカルィデ、さん…?」

 彼女たちの頭の向こうに見える江間の顔が引きつっているのは、多分リカルィデが彼に向けている視線のせいだろう。


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