10-2.二人(リカルィデ)
店の奥が騒がしくなった。
『おかみさん、メゼルから来た荷、倉庫に入れとくかい?』
『いや、勝手口の脇においといておくれ』
賑やかな足音がして店の若い男性従業員が表へと顔を出し、リカルィデに気付いてへらりと笑った。
『はい、行った行った。今女同士で秘密の話、してんだよ』
『きっびしーなー、可愛い子とちょっとした会話を楽しむぐらい、許してくれよー』
可愛い子という言葉に思わず顔を硬くしたリカルィデに、彼は笑いながら『これ、貰ったんだ、やるよ』と焼き菓子を二つ、手渡してきた。
『私の分もあるのは感心だけど、ちゃっかりリカルィデに渡すねえ。というか、ちょっかい出すんじゃないよ? 変な虫つけて、ミヤベとエマに恨まれるのは嫌だからね』
リカルィデの中の嫌悪に気付いたのか気付いてないのか、ヒュリェルが牽制する。
『……あー、俺もインチキ教徒たちみたいな目に遭うのは、ごめんだ』
江間と宮部が双月教徒に目を付けられるようになったのは、流行り病がまだ猛威を振るっている頃、洗衛石を配り始めたあたりからだった。
一番ひどい襲撃は感染のピークを過ぎつつあった頃、昼日中のキャンプの大通りでのことで、あきれることに司祭も含めた十名弱に取り囲まれた。“聖水”をいきなり浴びせかけられ、『怪しげな石で穢れを広める魔徒めっ、タジボーグ神の御名のもと、浄化してくれる』と……。あの時の江間と宮部の顔は形容できない。
周りでは双月教徒やバルドゥーバ人が、ディケセル人をはじめとする人々と小競り合いを始める。そうして集まってきた野次馬の中に、ヒュリェルの店の彼もいたのだろう。
「宮部、リカルィデを連れて逃げられるか?」
「これだけ人がいると難しい」
「じゃあ、離れるな。手出しはさせな」
「いらない」
「……たまには、助けてとか言って、縋り付いてみない?」
「みない。リカルィデと自分の身ぐらいなんとかする」
「少しは信頼してくれよ……」
「している。残りは江間がなんとかしてくれるんだろう」
「オッケー、めっちゃやる気出た」
「……それはよかった」
いつものように軽口を叩きながらも、二人の、特に江間の空気はひどく鋭くなっていった。
結局江間が「ケンドウ」で四人、宮部がちょっと変わったスオッキで二人、見る間に双月教徒たちの持つ金笏やナイフを叩き落した。逃げていく者はそのまま見逃したが、その後素手で殴りかかってきた者たちはさらに手ひどく叩きのめされ、司祭に至っては『もう二度と手出しをしない』とはっきり口にするまで、泣こうが喚こうが宮部に平手打ちをやめてもらえなかった。あれにはリカルィデも周囲もだが、江間も引いていた。宮部は怒らせると本気で怖い。
『リカルィデにはカッコいいグルドザが二人もついてるから、俺の出番はねえなあ。けど、気が変わったら、いつでも声かけてくれよ。あいつら年上すぎるだろ?』
『あんたねえ、いつも言ってるだろ? そうやってへらへらしてたら、いざ本気になっても相手にしてもらえないよ?』
そうため息をついたヒュリェルに追っ払われ、彼はやはりへらりと笑って奥へと消えていった。
『……エマにちょっと似てるね』
『行動がだろ? 愛想が良くて気が利いて会話が軽妙で……それでもあの子はまだ大丈夫なんだよ、あいつはそういうふうなだけって流してもらえるもの。エマはねえ……』
と女店主は眉根を寄せた。
『で、あんたの目から見て、そのエマとミヤベは、最近どうだい? ちょっと距離が近づいてる気がするんだけど』
『どうって……よくわからない』
ヒュリェルが興味津々と言う顔で見てきて、戸惑った。
リカルィデも、最初二人は恋人なのだろうと思っていた。
元々六人いた稀人の中で二人だけが別行動をとったようだったし、惑いの森でもそこを出てからも江間は可能な限り宮部の傍にいるし、距離もごく近い気がする。森にいた時とかギャプフでリカルィデの看病してくれている時とか、宮部を抱きしめるようにして寝ていることもあった。何よりずっと見つめていて、いつも無表情な宮部が偶に笑顔を見せた時なんか、本当に幸せそうに微笑む。江間はよく笑う人だけど、あの顔と目は宮部以外に向けられない。
宮部もわかりにくいけれど、よく江間を見ている気がするし、心配もしていると思う。疫病の時に江間が疲労で倒れた時なんか、眠る江間に思いつめた顔でずっと付き添っていた。多分だけど、宮部は宮部自身のこと以上に彼を気にかけている。
けれど、二人の会話を聞くうちにわからなくなる。
江間は宮部によく好意のようなものを示すけど、ふざけているような軽い感じだし、それ以上の憎まれ口をしょっちゅう叩いている。
となると、宮部との距離が近いのは、宮部の言う通りただ江間がそういう人なだけかもしれないという気がしてくる。彼は色んな女の人に、たまに男の人にも、かなり露骨に誘われているけれど、基本的にその人たちにも好意的で親切だし。けど、江間がその誘いに乗っているのを見たことはないし、物理的に距離を詰められるとさりげなく逃げているような気もする。
あと、彼女たちが別の男の人と一緒にいても全く反応しないくせに、宮部に好意を示すサゴォルのことはひどく怖い顔で見ていたから、宮部はちょっと特別なのかな、と思わないでもない。でも、同じ顔で宮部を睨むこともあった。この前、王弟の所へ行く・行かないでもめていた時とか。
……何度考えても、やっぱりよくわからない。
宮部は宮部で、江間のダメ出しを容赦なくするし、はっきり「嫌いだ」と本人に言うこともある。
江間に群がる女の人を見ても「そんなもの」程度の反応しかしないし、「手を出さないだけ思ったより分別があった」と、褒めているんだかけなしているんだかわからないことを真面目な顔で言っていた。
でも、江間に好意を示す人たちが来ると微妙に居心地悪そうに見えるし、江間が近寄るたびに平静を装っているだけで緊張しているようにも見える。
が、以前、宮部が江間に恋の対象外だと言われた、宮部としてもありえないと言っていたこともあって、こっちも本気でわからない。
『二人とも相手のこと、すごく大事になんだとは私も思うけど……』
気のせいでなければ、宮部は江間だけでも向こうの世界に帰してやりたいと思っている。江間は、それは嫌だと、宮部と一緒にいると宣言していた。二人とも自分のことより相手を想っている。
リカルィデはそんな二人がうまくいってほしいと思っている。一方で、そうなったら、自分の居場所がなくなるのではないかとも思ってしまう。そして、自分がますます嫌いになる。
江間は冗談めかしながらも何かにつけて、リカルィデに一緒にあっちの世界に来いと言う。宮部も「私の家族はもういないから、リカルィデが一緒に来て、私の家族になってくれたら嬉しい」と言ってくれる。二人ともちゃんと自分のことも気にしてくれるのに、自分は自分のことばかり――。
『お礼と言うかお返しというか、まったくできてないかも…』
落ち込むリカルィデのまだ短めの髪が、窓から吹き込んできた風に揺れた。
『エマとミヤベのことなら、二人のことであんたがそんな風に思うことはないよ。周りができることなんて限られるもんだ。それで失敗して離れたら、それが運命ってもんさ』
『……』
『嫌だ』と反射的に思った。
二人が二人で何気なく過ごしているとき、とてもリラックスしていて幸せそうだ。ずっとあんなふうでいて欲しい。そして、自分はそれを傍で見ていたい――。
戸槌の音が響いた。戸が開いて江間の長身が姿を現し、涼しい風と通りの喧騒が入り込んでくる。
『エマ、私、本気だからっ、さっきの話、ちゃんと考えてっ』
だが、一緒に入ってきたのは空気と賑わいだけではなかった。さっきまでの感傷が一瞬で引っ込んで、リカルィデは眉間にしわを寄せてドアを見遣る。
キャンプで一番の美人と言われているリロネが、江間を追いかけて戸口に姿を見せた。リカルィデに気づくとあちらも睨んでくる。
険悪な視線に気づいたのだろう、リロネとリカルィデの間に江間が体を割り入れた。
『ちゃんと考えて断ったんだ』
『すぐに断ったじゃない』
『迷う理由がないからな』
『なんでよっ、お荷物にしかならないそのガキの何がいい訳!?』
『――リカルィデは関係ないって何回言った』
いつも陽気な江間の声が低くなる。
『リカルィデ、あんた、奥行っとくかい?』
うんざりしたような目でリロネを見ていたヒュリェルも自分を気遣ってくれて、なんだか申し訳なくなった。
実は先日も同じことがあったのだ。あからさまに悪意をぶつけられて固まったリカルィデをその時かばってくれたのは宮部で……。
『……ミヤベ、呼んでこようかな』
やられてばかり、庇われてばかりなのが悔しくて、ぼそりと呟いてみれば、思惑通りリロネは瞬時に蒼褪め、『ミ、ミヤベは関係ないでしょ。い、言いつけないでよっ』と慌てて出て行った。




