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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第18章 暗殺 ―メゼル―
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18-3.襲撃

「よく食べたなあ。夕飯が入る気がまったくしない」

 空になった器をまとめ終わったところで、江間が伸びをして、敷布に寝転がった。

「……」

 子供の笑い声が響いて、郁は周囲へと目を向ける。

 奥では湖がさざ波を立てている。その手前の遊歩道では年頃の女性の集団が楽しそうに話しながら歩いている。

 郁たちがいる広場にもたくさんの人がいた。同じようにここで遅めの昼を取っている家族連れや、ベンチで何かを語らっている二人連れ、少し離れたところで枝木を振りまわして、グルドザのまねごとをしている男の子たち……。

 彼らの髪の色が黒や茶の他に、赤や青、オレンジや緑をしていなかったら、日本のどこにでもありそうな、休日の公園だった。


「どうした?」

 両手を後ろ手にして身を起こした江間が、郁の視線を追う。その顔は柔らかくて、リラックスしているように見えた。こっちは、日本ではありえない光景だ、と感じた瞬間、何かが浮かび上がってきた。

 ――カエルヒツヨウ、アル?

「……な、んでもない」

 先ほどまでのどこかふわふわした気分に、冷水が浴びせられた。冷や汗が出てくる。

 江間の目に訝しみが宿った。

「平和、だなって。人の見た目が変わらなかったら、異世界とは思えない」

 さらに湧き上がってこようとする浅ましい考えに急いで蓋をすると、無表情を取り繕い、今度も半分だけ本当のことを話した。

「……そうか」

 そう呟いた江間は、視線を伏せる。

 また見抜かれるか、と警戒する郁を、江間はちらりとうかがう。そして居住まいを正すと、まっすぐに顔をあげた。

「宮部、お前、向こうの世界に帰りたいか?」

「……」

 衝撃はなかった。黒い瞳の射貫くような強さに、ああ、やはり今回もばれた、とだけ頭に浮かんでくる。

「この世界に来て、ずっと帰ることを前提にしてきた。でも……お前は、こっちの方が楽しそうに見える」

「……」

(だから私は江間が嫌いなんだ――)

 郁から視線を外さない江間が、「……んな顔すんな」と困ったような表情した。が、郁は自分が今一体どんな顔をしているか、わからない。

「なあ、もし……もしも、お前がずっとこっちにいたいなら、俺は」


『――伏せろ、エマっ、ミヤベっ』

「っ」

 聞き覚えのある声に、全身の毛が逆立った。二人同時に地に伏せると、何かが頭上をかすめる。

 それの起点を確認すれば、オルゲィの息子のエナシャが、ボーガンに似た武器を持った男を、切り伏せている。

 のどかだった午後の公園の空気が一変し、人々が悲鳴上げ、走り出す。子供の泣き声がする。


「――来るぞ」

 湖の反対側、公園の奥の林のそこかしこから七名。

 逃げていく他の人たちには目もくれず、まっすぐこちらに向かってくる。

 立ち上がった江間は、彼らの得物を素早く確認すると、腰に吊るした木刀を手にする。郁もスオッキと短剣を握り、二人同時に公園の奥へと走り出した。他の人たちを巻き込みたくない。

「一応、言ってみるが……逃げない?」

「逃げない」

「……だろうな」

「怪我とか絶対にやめてくれ」

 湖の背後の山、崖手前まで来た江間が、刺客へと向き直った。木刀の切っ先を自分の右脇後方に構えると、先頭の男へと一歩踏み込む。

『っ、死ねっ』

 横の郁にも短剣を手にした男が、襲い掛かってきた。白刃が陽に煌めき、郁の頭に振り下ろされる。

「っ」

 郁はそれを左手のスオッキの主軸で受けた――が、想像以上に重い。

 心臓がバクバクと音を立てている。これは訓練じゃない、もし、あたったら、と動揺しそうになるのを、奥歯を噛み締めて堪える。

 押し込んでくる相手の力を受け流しながら、脇の軸と主軸に相手の剣を挟みこむ。そのまま手首を返し、梃子の要領で相手の短刀を弾き飛ばした。右手の金棒で、相手の鎖骨を打ち据える。

(――大丈夫、強くはない)

 悲鳴と共に崩れ落ちた相手の、五メートルほど向こう。江間の足元には、足を抑え、呻き声をあげて転がる男が一人。

 さらにもう一人、長剣を持った男が、江間に振りかぶる。江間はその剣を下から受けて跳ね上げると、斜め上から左胴に木刀を叩きつけた。相手の口から奇妙な音が漏れ、膝を落とす。

 脇腹が開いた。そこに両手に短剣を握り、腹に構えた別の人間が突っ込んでくる。

 江間は左足を引いて半身になりながら、刀を短剣へと打ち下ろした。だが、打撃に威力がない。

「っ」

 攻撃の意志を緩めず、再度江間への距離を詰めようとする男の背後から、郁は金棒を振り下ろした。鈍い音と同時に前のめりに崩れた男の横に回り込むと、その顔面を、スオッキの柄で下から殴りあげる。

「……っ」

 直後に現れた後ろからの気配に、全身に鳥肌が立つ。

 郁が振り返る前に、横から回り込んだ江間が、刺客へと上段から木刀を打ち下ろす。郁の背を狙っていた剣が頭上へと軌道を変え、その木刀を受け、弾いた。

 江間から距離をとろうと飛びのいた男の懐へと、郁は逆に飛び込む。男が慌てて振りかざしてきた剣を持つ手を、スオッキで内側から弾くと、鳩尾を蹴り上げた。

 身をくの字に曲げて咳き込んだ男の右肩に、江間が木刀を振り落とす。骨の折れる音の直後、男の握っていた剣が、高い音を立てて地に落ちた。


「……」

 とりあえず襲撃は止んだ。

 一体何人に監視されていたのだろう、周囲には見知った者もそうでない者も含めて、グルドザたちが十名近くいて、残る襲撃者たちを拘束している。

 肩で息をしながら、江間を見上げれば、眉間にしわを寄せて、郁でも刺客でもグルドザたちでもなく、ただ地面を見ている。

「……江間? 怪我した?」

 落ち着きかけた心臓の拍動がまた上がる。

 慌てて駆け寄れば、額に汗を浮かべた江間が、ようやく視線を郁に向けた。

「大、丈夫だ、宮部は?」

「大丈」

 言い切る前に抱きしめられて、郁も同じだけの強さで抱き返す。

「……」

 ――殺されかかった。

 その事実にまだ頭が追いつかない。自分だけじゃない、江間も動揺しているのだと、どちらのものとも付かない震えの中で悟った。


『エマ、ミヤベ、怪我はないか?』

 駆け寄ってきたエナシャに、無言のまま頷く。

『エマは?』

 一応それで安堵したらしいエナシャは、次に江間に顔を向けたが、江間も無言だった。だが、エナシャは江間には怪訝な顔をする。

「…?」

 つられて江間を見上げた郁の目の前。郁の体を抱えていた彼の腕がずり落ち、次いで身が下へとゆっくりと遠ざかっていく。

「……」

 そして、呆然とする郁の目の前で、彼は地へと崩れ落ちた。

 ごく近くで、誰かが悲鳴を上げた。


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