31stキネシス:衝突するニューロンスパーク
.
アンダーテイカーのリーダー、アーマンドの指示で拠点の撤収作業が進む。
タタタン! タタタタン! という銃声が散発的に聞こえるのは、サポートチームが周辺のファージを引き付けて駆除しているモノらしい。
小型だが最も頑丈なトランクケースには、青や紫または緑と、淡い光を放つ小瓶が丁寧に収められていた。
回収した錬金術師の秘薬、いわゆる『ポーション』だ。
オフィスによる放射エネルギーや光学スペクトルの解析にかけなければ詳細な薬効は分からないが、色の種類や濃さ、光の強さ、透明度で大凡のところは分かるらしい。
特に白、ダイヤモンドポーションとも呼称されるそれは万能の霊薬『エリキシル』であり、一度存在が表に出たが最後まず戦争は避けられないといわれている。
今回は無かったが、それでも高品質なポーションが複数本も手に入り、アンダーテイカー達も巨額報酬の確定に湧いていた。
「ゴーレムのファージの結晶も手に入ったしな。しかしよく見えたなミリア」
更に副産物として、探索の最中で手に入れたファージの中枢結晶も多い。雑魚はほぼ無視したので、ある程度の大物ばかりだ。
ゴーレム型ファージから出てきた黒水晶のような結晶を手の中で弄び、中東系のリーダーは感心したように話していた。
「あいつ昔からそういうところあるよなー。妙に勘が良いって言うか。アレか、野生の勘的な」
フード付きコートの陰キャはというと、装備のコンテナを『念動力』で運んでいるところ、半袖シスターの雑談に巻き込まれていた。
このヒト全然手伝わない。
衛生兵的な役割柄、仕方ないのかもしれないが。
バックアップチームは骨組みしかないような軽車両を運用していた。小型で小回りが利き、大量の装備の運搬が出来る特性の物だ。コンテナも、これを使い運んでいる。
ポーション入りのトランクケースは、アンダーテイカーのひとりが背負っていた。
サポートチームも合流しており、総計31人。
しかしアンダープラハの深度10キロラインで損耗無し、というのは例が無いと、アンダーテイカーの誰かが言っていた。
「噂どおり金の成る木だな、リヒター」
『え!? そんなこと言われたのはじめてなんですけど! そんな噂になってるの!!?』
アフリカ系のムキムキ褐色マンにそんな事を言われて驚愕の陰キャ。確かに新人にして金銭感覚崩壊するほど稼いでしまったが。
アンダーテイカーは総じて高給取りだが、陰キャ超能力者は更に桁がひとつふたつ違っていた。
撤収作業も終盤。これといった装備を持たない理人であるが、周辺警戒に荷物運びにとそれなりに忙しい。
そうして持ち帰る分の物資を車両に載せて、その周りをアンダーテイカーが囲み移動を開始しようとしていた。
「んあ?」
フードを被った陰キャが、その奥で光る目を丸くする。
古風な街並みのアンダープラハ、四角く区切られた広場の向こうへ続く道の曲がり角に、人影があったのだ。
ファージではない。ファージなら人間を見つけた瞬間に叫び声を上げ襲い掛かってくる。
アンダーテイカーでもない。全員移動準備で固まっているし、ひとりだけ孤立するなど自殺行為だ。
咄嗟に『遠隔視』で姿を確認しようとした陰キャだったが、それを押し返されたかのような感覚を覚えた直後に、打ち消されてしまった。
「なんだ今の!?」
「なにリヒター?」
はじめての感覚に、思わず『念話』ではなく素の声を出してしまう理人。
その声に金ポニテの姉さんや他のアンダーテイカーも振り返る。
目を離してはいなかった。だが、角にいた人影は消えていた。
角の向こうに消えたのか。
だがそれを確認する術も時間も無かった。
アンダープラハの一面花曇の空。
それが、急激に暗さを増し、高速で流れ始めたからだ。
「おいなんだ……? こんなこと今まであったか??」
「すぐ移動するぞ! ジョナサンは先頭! バギーを中心に止まらず動け! マックスターは死んでもお宝を落すなよ! 行け行け行けぇ!!」
誰もが嫌な予感を覚える中、リーダーのアーマンドが迷わず移動開始を指示。
骨組みだけの車両が走り出し、アンダーテイカーもそれに付いて走り出す。
「おいおいおいここまで分かりやすくマズイ事になるかぁ?」
「行くわよリヒター! 急いで! もたつくようなら強引にチームを移動させていいわ!!」
車両の後部のフレームに飛び付く半袖シスターと、その後ろを走りながら言うポニテハンマー。
理人は少し浮いて地面を滑るように後を追うが、
『ォォォォオオオアアアアアアアアアアアア――――――――!!!!』
アンダープラハの全域に、全身を内外からすり潰すような振動と絶叫が轟く。
「なんだあれ!? 何が起こっているんだ!!」
「何でもいい止まるな!」
「ファージに警戒しろ! 何か出るぞ!!」
「ファージが見えない! どうなってるんだ!? 一匹もいない!!」
「全員落ち着け! 外に連絡しろ! 救援要請だ!!」
腹の底から恐怖を引きずり出す、アンダーテイカー同士の声が聞こえなくなるほどのサイレンに似た音。
元軍人、元殺し屋、元警官、元ギャング、元ゲリラ、といった百戦錬磨のアンダーテイカーでさえ、恐れのあまり錯乱しかかっていた。
「ちくしょうマジか……!」
「ッ……うるさいッ! 頭の中で吼えるな!!」
終始ふてぶてしかった半袖シスターも非常に顔色が悪い。
金髪ポニテは他のアンダーテイカーとは少し異なり、苦痛を耐えるように美麗な顔を顰めていた。
空気から地面に振動が伝わるように、足下まで揺れはじめる。
アンダーテイカー達も前進が困難になるほどの揺れ方に、軽車両に張り付くように身を屈めるほかなかったが、
『アーマンド! サイコキネシスで浮かせられる!』
「仕方ないやれ!」
既に浮いていた超能力者の陰キャが、30人と車両を纏めて空中に放り投げた。
実は、便利そうに思える『念動力』での移動だが、基本的にアンダーテイカー受けはよろしくない。
戦闘のプロやベテランの兵士ほど、自分以外の何かに命を預けるのはストレスが溜まるらしい。
いざという時に、身動きが取れない為だ。
他に移動手段さえあれば、逃げ場のない飛行機は使わず、あえて船や電車といった脱出可能な乗り物を選ぶこだわり派もいるとか。
ましてや、理人個人の超能力で宙に持ち上げられるなど、不安過ぎて寿命が縮むということだった。
だが今は緊急事態。
「うぉおおマジかよチクショウ!?」
「頼むぜルーキー! 落とすなよ!!」
大の大人のプロ達が悲鳴を上げていたが、この際拒否する者もいなかった。
チームは万塔の街、アンダープラハの背の高い建物を一気に飛び越え、出入り口へ向かう。
果てしなく広がる街を見渡せる高さまで来ると、地上の一部が崩落し、そこから大穴が広がっていく光景が見えた。
そして、裏世界の真の深淵から、神の如く君臨する存在が姿を表す。
『ホォオオオオオオオオオオオオオオ!!』
大穴の縁を潰しながら、白いボロ布を纏ったような手がかけられた。
這い出て来る巨大なヒト型の何か。
黄ばんだ白い布のような皮膚は、その下で別の生き物が這い回っているかのように蠢いている。
体表の穴からは赤黒い中身が垣間見え、頭部には凹凸の少ない顔の造形と、何本もの長大なトゲが内側から皮膚を突き破っているのが見えた。
「ドミナス……!? 『ファージドミナス』! クソッたれ最悪だ!!」
「チクショウ終わりだ……!」
アンダーテイカー歴の長い誰かが言う。
ドミナス。
支配者の名を冠する、ファージの最上級個体。
とはいえその存在は数えるほどしか確認されておらず、ファージの上位種というのも、恐らくそうであろうという推測に過ぎない部分があった。
明確なのは、ファージドミナスが出現したアンダーワールドでは、例外なくアンダーテイカーが全滅していること。
そして、過去の例ではいずれもオーバーフローの極点に達したアンダーワールドに出現し、これの処理には世界最強の超人類を動員しなければならなかったこと。
ファージドミナスについては、この2点が挙げられる。
「どういう事だ!? アンダープラハがオーバーフローなんて聞いてないぞ!」
「そんなことはどうだっていい! 飛ばせリヒター! 全速力で逃げるんだ!!」
事前情報ではアンダープラハにオーバーフローの兆候はなかった。難所ではあるが狩場として人気も高いので、定期的にファージは駆除されるのだ。
新たに出現したファージドミナスも、過去に確認された個体とは姿も特徴も全く一致しない。
それでも、アンダーテイカー達はその巨人がドミナスである事を疑わない。それだけのプレッシャーが皆を襲っていた。
ファージドミナスは、通常のファージやグランファージのようにアンダーワールドに依存しない。逆に、アンダーワールドを支配するモノだ。
現在起こっている事象を見れば、十分にドミナス級と考えられた。
リーダーに言われるまでもなく、陰キャ超能力者も全力で全員を出入り口方面へと移動させる。
命知らずのアンダーテイカーが揃いも揃って恐怖しているのだ。陰キャ高校生なんて当然声も出ないほどビビっている。
だというのに、ボロ布を纏ったようなファージドミナスとの距離は、ほとんど広がっていなかった。
地面の穴に、アンダープラハの街並みが滝壺のように流れ落ちている。
空間そのものを飲み込むブラックホールのようだ。
しかも、
「リヒター来る!」
「なんか――――ヤバイヤバイヤバイ!!?」
「逃げろリヒター!!」
「ッ……! ぅぅぅうううううううあああああああああああああああああ!!」
ミアや他のアンダーテイカーの警告と同時に、理人も自身の『予見視』で3秒先の未来を見ていた。
ファージドミナスの頭部に突き出る何本もの針にイナヅマが絡み付いたかと思うと、凄まじい光の奔流となりアンダーテイカーの全員を一瞬で消し飛ばす。
その無慈悲な破壊に心底恐怖する理人は、先生とのトレーニング以来、自身の最大出力で『念動防壁』を展開。
莫大な熱量と運動エネルギーの放射を、直前で喰い止めて見せた。
「ぬぅううううううう!!」
突き出した腕から全身に、超能力を支える脳と精神にとんでもない負荷がかかるが、理人はこれに死に物狂いで耐える。
しかし、世界トップクラスの超能力者となった理人の全力を以ってしても完全にはドミナスの攻撃を止められず、指がへし折れ腕の血管が内側から破裂した。
「リヒター!」
「踏ん張れルーキー!」
「堪えろ頼む!!」
「可能なら流れに逆らうな! このまま飛ばされろ!!」
理人の防壁に守られるアンダーテイカー達も必死だ。なんとしても堪え切ってもらいたい。
そしてリーダーの思い付きに乗り、陰キャはファージドミナスの攻撃に吹き飛ばされる形で、一気に出入り口の方へと流れに乗った。
ちょうど、その表世界への階段がある建物付近で、ドミナスのビームのような攻撃が途絶える。
フードの超能力者は、何を差し置いても全員と共に地面に降りるのを優先した。
たった一撃を止めただけで、理人の消耗は底を突かんほどだ。
自分を『念動力』で浮かせる余裕もなく、ボロボロになった腕を抑えて地面にへたり込む。
「リヒター生きてる!? サム! 治療して!」
「そんな暇はないぞミリア! 全員階段に入れ! ポーション以外は放棄しろ! 急げぇ!!」
アンダーテイカー達は武器以外は全てを放り出し、薄汚れた建物の正面にある鉄の扉から奥の階段へと傾れ込んでいた。
ポニテのハンマー姉さんも理人の腕を取り力強く引っ張っていく。
だが、急速に地面もろとも引き寄せられることで、ファージドミナスはすぐ近くにまで迫っていた。
再び、頭部のトゲの間に奔る眩い電流。ボロ布を被ったような巨人が、逃げ惑う矮小な生き物を見下ろしていた。
このままでは、出入り口の階段が入った建物ごと薙ぎ払われる、と。
階段まで走るアンダーテイカー達は、どう考えても間に合わないとその瞬間に覚悟を決めなければならなかったが、
「ライトニングカノン……ブッ飛べ!!」
陰キャ超能力者が掌に荷電粒子を集束させると、それを砲弾としてドミナスの顔面へ投射した。
ボッ! と光速に限りなく近い速度で高エネルギー弾が撃ち出され、その爆風にミアや他のアンダーテイカーが吹き飛ばされる。理人も反動で後ろ向きに吹っ飛ばされた。
だがそれだけの威力はあり、荷電粒子の砲弾はファージドミナスの頭部に直撃し、側面の一部を抉り飛ばす。
『ぉぉォオオアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
攻撃の出先を潰され、これまでで最大の叫びがドミナスから放たれた。怒りと驚愕が交じり合ったような響きだ。
それだけで身体がバラバラにされそうな激震に飲まれ、もはやアンダーテイカー達も一言も発することなく出口へと走る。
今度こそ力尽きた陰キャも、ポニテの怪力姉さんに荷物のように担がれ持って行かれた。




