32ndキネシス:神の領域を侵した者の物理的ペナルティ
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表側のプラハ、アンダーワールド側との通用路のある倉庫のような建物に戻ってきて、アンダーテイカー達はグッタリ倒れ込んでいた。
周囲では待機していた他のアンダーテイカーやオフィス職員が忙しなく動き回っている。オーバーフローへの緊急対応だ。
ファージドミナスという過去数例しか見られなかった個体の出現。それが確認できたのがオーバーフロー時だった為、二重の緊急事態となっている。
場合によってはプラハの全滅も想定しなければならない事態であり、現在はチェコ政府も上から下までの大騒ぎとなっていた。
それはそうとして、一歩も動けない気力体力を使い果たした探索チームである。
「マックスター……お宝は無事かぁ?」
「あー……大丈夫のようだな」
「今回はヤバかった……。ヴェスピオより死んだと思った」
「マックスター、そいつを離すなよ……。オフィスと交渉前に渡すと紛失されるぞ」
小型トランクケースの中に無事なポーションの姿を確認し、無駄に死にかけずに済んだと一安心。
それを最後にリーダーのアーマンドも力尽きた。
「リヒター、無事……じゃないわよね。サム、手当てしてあげて」
「へいへい、仕事完了までは契約の内だからねぇ。にしても、ドミナスに一発かましてやるとはね。隠し玉かい?
思ったよりやるもんだ。おかげで助かったがねぇ」
「ドミナスがこっち側に出てくるようなら、ルーキーにはもうひと働きしてもらう必要があるぞぉ……」
ポニテ姉さんが半袖シスターを呼ぶと、激痛で声も出せない陰キャの壊れた腕に手が添えられた。
乱暴なセリフではあるが、サマンサ・ハンディの口調は思いのほか優しい。
他方、ヒゲ面のライナスが嫌な事を言うが、深刻な様子はあまりなかった。単なる軽口のようである。精根尽き果て投げやりなだけかもしれない。
「オーバーフローは起こらないわ。多分ね……」
「なんでそう思う? ドミナスなんてもんが出てきたんだ。今すぐアンダーワールドが溢れてもおかしかないだろう?」
「出てくるならとっくに出てるでしょ」
ミアのセリフに、サムは「そういう事にしておくか」とだけ応える。
お互いに何か、言葉にしていない何かを含ませているようだ。
実際、オフィス職員の会話や携帯による連絡を聞いていると、アンダープラハは急激に沈静化しているらしい。
再び死ぬ気であの怪物と一戦交える必要はなさそうだ、とフードの奥で理人は胸を撫で下ろしていた。
あの土壇場で、何もかもが上手く行き過ぎた。しばらく運は悪いと思う。
「はいとりあえず目立つ出血は止めた。骨も戻したがこっちは素人だからねぇ。後でオフィスの医師に見せるんだね」
「うぐッ……!?」
じんわり温かく痛ムズ痒い感覚を味わっていた理人だが、ぺチンと半袖シスターに腕を叩かれ治療終了となった。まだ痛みが残っているで割と辛い。
とはいえ、死に掛けテンションで乗り切ってはいたものの、腕一本犠牲にするかと思わざるを得ないような状況だったのだ。
それが今は、血の跡が残った程度になっているので十分ありがたい。
『治癒能力』スゴイな、と思いながら、『思念視』で読み取った思念を真似て自分でもやってみた。
「お……!?」
治癒された右手ではなく、荷電粒子弾ブッ放した左手の爪が剥がれてしまっていたのだが、戻しながら『治癒』してみたらくっ付いていた。
そうしたならば、半袖シスターがブチ切れた。
「こらーテメェええ!!」
「は? ぶべらぁ!!?」
問答無用のやさぐれシスター、憤怒の右ストレート。あんまりビックリしたので思いっきりぶん殴られる陰キャである。
更に、背中に乗られて脚を掴まれ引き上げられる逆エビぞり固めを喰らっていた。
かなり本気で背骨を破壊しようという殺意を感じる。
「お前あたしのヒーリングパクリやがったなぁ! 死ねぇ!!」
「な!? は!!? おぅごぉおお!!!?」
「いったい何をしているのよ、サムにリヒター……。サム、それはわたしだから壊されると困るのだけど」
ドミナス戦で体力も気力も尽きているのに、そんな状態で再生と破壊のシスターから暴行を受け理人は今度こそ死にそう。
ポニテの姉さんは特に深刻にも受け止めず、ふたりを呆れた様に見えていた。
周囲のアンダーテイカーやオフィス職員は騒がしいので聞いていない。
「このガキあたしの飯の種をパクりやがったのよ! 生かしちゃおけねぇ!!」
「は? どういうこと? 『飯の種』って……ヒーリングが? 『パクる』って、どうすればそんなことが出来るって言うのよ??」
「方法なんか知るか! とにかくあたしのヒーリングをコピーかパクるかしたんだよ! でなきゃ急にヒーリング使えるようになった理由がねーだろ!!」
「もともと使えていたんじゃなくて?」
眉を顰めるミリア姉さん。
そうでなくても超能力者は希少であり、その上治癒能力者ともなると超能力者1000人に一人での割合とも言われている。
しかも、超能力者が後天的に新たな能力を発現する事は、これまた極めて稀だ。
リヒターという超能力者は多彩な能力の使い手だ、というのはミアも知っている。
ならば単に今まで隠していたのでは、とは思ったが。
理人も最初からそう言っとけばよかった、と後悔しても後の祭りだった。
「はぁ!? サイコメトリーで覚えた!? あんたそんなことできたの? あの男の入れ知恵? そんなの聞いたことがない……」
「やっぱ殺す……!」
「いやなんというか先生の授業が切っ掛けだけど、多分やり方はオリジナルというか思い付きというか…………」
フードの陰キャ超能力者は建物の外に引き摺られていった。懐かしさを覚えるイジメ感。
そこでおっかないお姉さんふたりに白状すると、片や深刻な顔で考え込み、片や狂犬のような面構えで腕より大きなコンバットナイフを引き抜いていた。殺される。
「まぁ待ちなさいサム、だから壊されちゃ困るんだってば。ていうか仮にリヒターがヒーリング出来るようになったにしても、ヒーリングは別にアンタの専売特許というワケでもないでしょう。そりゃヒーラーは数少ないけど」
「あたしがこのヒーリングで生きるのにしがみ付くバカな金持ちどもからいくら巻き上げてると思ってんだ!
しかもコイツよりによってあたしから盗み取りって商売敵になりやがった!!」
「セリフだけ見ると最低ね。あなたの事情は知っているけど。じゃあアレよ、伝授というか授業料として何百万ドルか取っとけば?」
「んなもんで済むかサブスクだサブスク!!」
こうして、半袖入れ墨のやさぐれシスターに毎月上納金収めることになった陰キャ超能力者である。
ファージドミナスの荷電粒子投射能力を『思念視』したのは偶然だった。
イケおじ先生も最初に言っていたが、どうも理人の超能力は基本的に複数の能力が混ざっているモノらしい。
その為、念動防壁で荷電粒子投射を受け止めたのに併せ、『思念視』で構成思念を読み取ってしまったのだ。
ファージドミナスの攻撃が超能力に近いモノであった事や、それを自分が再現できた理由などよく分からない部分は多いが。
半袖シスターの『治癒』を覚えたのも同じ要領だったが、ちょっと迂闊だったと反省する陰キャである。
このように偶然強力な手札を得たものの、『電子念動』、『治癒』、共に、多少練習は必要だと思われた。
◇
「まさかアンダープラハにドミナスが出るとはな。わたしにも遭遇の経験はない。生きて戻れて何よりだ、リヒター」
「正直今回は全く勝てる気はしなかったです……。いえ勝ってはいないんですけど」
オフィスでの聞き取り調査から解放された直後、陰キャの携帯にイケオジ英国紳士の先生から着信が入ってきた。
今回の一連の事態の話を聞きたいとのこと。
呼び出されたのは、プラハのあるヨーロッパ中央から東、東欧ルーマニアのブカレスト。
正面に路面電車が走っているパブの2階だ。
古い木造の建物で、暗めの照明もあって渋い店である。先生の知人のパブだとか。
自分は場違いだな、と思う理人ではあるが 、今までにも何度かこういう場所に連れて来られていた。
「それにしても、ドミナスの能力をサイコメトリーするとは、実にユニークだ。だが超能力者が本来自分の持つ能力以外の習得に臨むのは特に珍しいことではない。その試みの大半が失敗しているがね。ヒーリングなどはその最たるモノだ。
やはりキミの……あるいはキミ自身が特別なのだろう。わたしのサイコキネシスやESPとリヒターのそれは、似て非なるモノなのかもしれないな」
「オレのような超能力者は今までいなかったんですか?」
「少なくとも後天的に他の超能力者のスキルをコピーするような能力者はいなかったはずだ。
人工的に付与しようという研究はそれこそ二次大戦以前から行われてはいたがね。
わたしは知らないが、その課程でサイコメトリーによる他の超能力のリーディングも確実に試みられていたはずだ」
「でも……ヒーリングはともかく、なんで人間でもないファージドミナスの能力を覚えられたんでしょう? 相手の攻撃を防いだ時に無意識に読み取った感覚があったんで、そのままいけるとは思ったんですけど……」
「思念によって形成されるアンダーワールドは、それ自体がひとつの巨大な超能力であるという見方もされる。ファージドミナスもアンダーワールドの支配者といわれるが、やはりアンダーワールドの一部に過ぎないのだろう。
思念を力とする超能力者とは、良くも悪くも相性がいいのだ。
以前から考えてはいたが、リヒターは超感覚に優れた能力者なのかもしれない。
であるならば、あるいは彼の『超人類』同様、アンダーワールドを自由に歩ける稀有な存在になるやもな」
窓際のカウンター席に着く先生はクリスタルグラスの中で琥珀色の液体を転がし、陰キャの方は炭酸のソフトドリンクだ。
窓の外にはブカレストの夜景。
二階は貸切で、他に客はいない。
聞こえるのは、天井と床を隔てた一階のくぐもった音と、低い英国紳士の声だけだ。
「それにしても……ミアは何故突然ポーション狙いなど。確かに、大凡の位置が分かっている分確実に高額の報酬が見込めただろうが、リヒターの力を当て込むにしても他にもっと安全なアンダーワールドはあったはずだが」
「あ、どうもポーション自体が目的のようでしたよ? オフィスとそういう契約をしていたそうです」
話題を変えるに際し、クールなイケオジ先生の声が若干上擦っていた。
ポニテのハンマー姉さん、エリオット・ドレイヴンの娘、ミリア・ドレイヴンは今回のポーション奪取作戦の実行にあたり、自分と理人の報酬は手に入れたポーションのうち一本にする、という契約をオフィスと結んでいた。
理人も後から知らされたのだが。
「それでは…………リヒターはミアのおかげでドミナスとやり合うハメになりながら、タダ働きかね?」
「え……いや、後で個人的にもらえる、とは聞いてますけど」
ロマンスグレーのダンディ紳士が、娘の仕打ちを教え子から聞いて心なし老け込んでいた。
ここに来て子持ちの苦労を知ったのかもしれない。
そして、多分報酬貰えないな、という師弟の感想だったが、どちらも口に出せなかった。
「まぁ……リヒターはこの件ではもう少し忙しいことになるかもしれないな。
アンダーコミュニティーは久しぶりのポーションの出物で俄かに沸いているようだ。耳が早いところはオフィスに引渡しの要求もしているが、オークションにかけられる事はまず間違いないだろうな。
既にオークションの開催を当て込み、資金調達や護衛の引き抜き、あるいはその強奪の為の人員のリクルートの動きが見られる。
特にリヒターは今回のドミナス撃退で更に名を上げるだろう。オークションを取り仕切るオフィスユニオン、オークション参加者、強奪を計画するイリーガルグループはどういう立場にせよリヒターの動向に注目せざるを得なくなるはずだ。
オフィスは当然オークションの警護依頼を出すだろうし、個人的に護衛に雇いたいという者も出る。誰もがリヒターがどういう立ち位置を取るかを注視するだろうな」
「ええ!? そんな事になります……?」
途中まで、はー大変だなぁ、くらいに思っていた陰キャだが、どうやら他人事ではないと聞き気持ちもソワソワしてきた。
恩師の娘さんに巻き込まれたとはいえ、ドミナスの事といいエライもんに関わってしまったと。
秘薬の類は戦争になるとも聞いていたが、どこか大げさな気もしていたのも事実。
先生から言われて改めて、大勢の人間が必死になる代物なのだなぁと理解した思いだった。
そこでフと思ったのだが、あの人影ももしや、ポーション狙いのアンダーテイカーか何かだったのか? と。
「そういえば先生、『遠隔視』を見られる側が妨害するなんてことは可能なんでしょうか?」
「ふむ……理屈の上では超能力は全て思念による能力だ。よって思念そのものを妨害あるいは撹乱すれば超能力の機能を無効化し得る、というのは『マインドキラー』のレクチャーを行った際にも話したが……何故そんな事を?」
弟子の疑問へ興味深そうに応える先生はグラスの中身を一口。
理人は何とは無しに、ドミナスとの遭遇の為に今まで忘れていたことを先生に話していた。
リモートサイトを妨害される直前までに見た、女性の容姿についても、併せて。
先生の反応は、激しかった。
「リヒター……まだ記憶は鮮明だな? 今すぐ見せたまえ。見たモノを、全て、そのまま」
「は……はい……」
カウンター席を立ち、すぐ真横に立ち見下ろしてくる英国紳士の姿を見るに、今までは先生としての振るい舞いを意識してくれていたんだなと認識する理人である。正直怖い。
とはいえこの恩師相手に隠す理由も特に無いので、言われるがまま素直に出来る限り鮮明に思い出し『念話』で送信した。
アンダープラハの地平線の彼方にまで広がる塔のある街並み。
作戦終盤の撤収作業とポニテの金髪美女。
不意に視界に入るアンダーテイカー以外の人影。
『遠隔視』で接近し、もう少しというところで押し返される視界。
その間際に捉える、上品に切り揃えられた黒髪の女性。
そして、アンダーワールドの異変と襤褸切れのような皮膚の巨人、ファージドミナス。
先生、エリオット・ドレイヴンの表情は、怒りとも驚愕ともいえない、あらゆる感情を混ぜ合わせた上で抑え切れないモノとなっていた。
理人にとっては怒りを向けられるよりも遥かに恐ろしく、何も言えずに暫しふたりして黙り込んでしまう。
階下の喧騒だけが、遠い世界の出来事のように場を満たしていた。
「すまないがリヒター、急用が出来た。私は暫く連絡が取れなくなるだろう。
それと大切な頼みがある。少なくとも私から連絡があるまで、ミアをアンダーワールドに近付けるな。私の事、アンダープラハで見たモノのことも決して話さないでほしい。
これは間違いなく、確信を以って言えるが、リヒターにしか頼めないことだ」
「え!? 無理で――――!!」
返事も聞かずに踵を返し『瞬間移動』してしまうイケオジ先生。これまた今までにない急ぎっぷり。
そして、去り際にとんでもないお願いをされてしまい、流石に理人からも否定的なセリフが口を突いて出ていた。
あのポニテの姉さんの行動を縛るとか不可能なのは先生が一番良くご存知なんじゃないですかね。
そもそもミアには父親のことは余さず報告しろと厳命されているのだが、黙っていることなど出来るのだろうか。
先生の異変と、娘さんに関する無理難題。
なんか大変なことになってしまった、と自分の処理能力を超える事態に呆然とする陰キャは、パブの店主から出されたブカレスト名物を食べながら、現実逃避気味に思考を彷徨わせていた。
合い挽き肉の炭火焼スティック超美味しかった。




