後編
「今日、エルさんがお店に来ました」
世間は平日だが、シフト上は休日。久々に遅起きして掃除に精を出した桐人は夕方、夕食の支度をしていると、長ネギの皮を剥くリリシャからそう報告された。
「テレビ撮影の時に、理子が視たアイドルか? 理子が性癖をばらした」
番組はすでに放映されていた。数時間かかった撮影は三十分以下に短縮され、リリシャの出番は十分間もなかった。
それでも常連客からは『テレビ見ました!』『リリシャさんって、やっぱりすごい占い師なんですね!』という感激の声を次々もらい、新規の客もさらに増えたらしい。
カフェ『フォルチューヌ』の店長も、最近はリリシャにランチやデザートを無料で提供しているばかりか、桐人のホストクラブにまでお礼に来てくれた。
逆にエルは地上波で性癖を暴露され、アイドルという清純なイメージがさぞやダウンしたのではないかと思われたが。
「ばれたことは恥ずかしそうでしたが『おかげで新しいキャラ付けができて、新規のファンや仕事が増えました』と言われました。同じように、びーえる? が好きな女の子に声をかけられるようになったり、漫画やイラスト関連のお仕事が入るようになったり。なにより、ラフ画が公開されたことで有名な画家と知られて、そちらのファンがアイドルのほうにも流れてきたそうです」
聞けば、エルはアイドルの仕事をしつつ、ネット上のイラスト公開サイトに別名義で投稿をつづけており、そちらの世界ではけっこう有名だったらしい。今回、彼女のラフ画が公開されたことで「神絵師の○○さんの絵柄っぽくない?」とファンが気づき、『イラストのうまいアイドル』として一気に知名度があがったそうだ。
「まあ『災い転じて福となす』か? 趣味って人に知られないからこそ楽しめる面もあるから、その点では良かったか、わからないけどな」
「若いのですし、楽しくできることは一つでも多く持っていたほうがいいですよ。私も趣味が欲しいです」
自身も相当若いリリシャが、長ネギの白い部分を斜め切りしながら、そんなことを言う。
桐人はかるく疑問がわいた。
「そういや、理子の趣味って知らないな。家にいる時はテレビを観ているか…………俺と話して時間を潰すくらいか? 《鑑定》は趣味じゃないよな?」
「違います。仕事です。これで食べている生業ですね」
「マクリアにいた頃に趣味はなかったのか? こちらでもできるものなら、道具をそろえるのを手伝うぞ? ネットにも動画があるかもしれないし」
「マクリアにいた頃も、特に趣味はありませんでした。しいて日々の楽しみを挙げるなら、甘いお菓子を食べることでしょうか。高価なので毎日は無理でしたけど、今は『フォルチューヌ』で毎日、店長さんが奢ってくれます」
嬉しそうなリリシャの横顔に、桐人はさらに疑問がわく。
「理子の《鑑定》なら、向いている趣味の一つや二つ、簡単にわかりそうなもんだけどな。自分は《鑑定》できないのか?」
「できません。それに、適性があれば生き甲斐になるとは限りませんよ? たとえば運動向きの体をしていても、その人が必ず運動を好きになるわけではありません」
「それもそうか」
学生時代、恵まれた体格と運動神経を備え、あちこちの運動部から助っ人として重宝されていながら、ゲームと女遊びに青春を費やして、本格的な入部はしないまま卒業してしまった同級生の存在を思い出し、桐人も納得する。
「素質を持って生まれることと、その分野への興味を持てるかは別問題です。まして生業にできるか、人生の目標となるか、なんて。それは桐人が自分でわかっているのでは?」
「…………たしかに」
桐人自身、《縁切り》という特異な能力を持ちながら、この力で生きていこう、この力が好きだ、と思えたことはない人間である。
「俺の《縁切り》はしょせん、半端なレベルだからな。商売にするにはリスクが高すぎる。――――理子は? 生業にできるレベルの力だが、はじめから《鑑定》で食べていくつもりだったのか? 《鑑定》は好きだったのか?」
「好きとか嫌いの問題ではなかったですね。わたしはこれが飛び抜けて得意でお金をとれるレベルで、他にできる仕事もしたい仕事もなかったので、ひとまずこれで稼ぐことにして、今日までつづいているだけです。我が家は、わたしの下に弟と妹が三人いて、体が動かなくなってきた祖母もいて、父は怪我で収入が落ちていましたから、わたしが稼げるようになるのは、いわば義務でした。生き甲斐とかやりがいとか好きな道、という余裕はありませんでしたよ?」
「弟妹がいるのか」
いきなり大量の情報が開示され、桐人はどこから突っ込んだものか迷う。
「まあ…………『できることがこれだったから』というのは、正直わかる。俺だって《縁切り》は、できるから仕事に利用しているだけだしな」
「見た目の良さを活かして、ほすとをやっているのではないのですか?」
「なに言ってんだ」と、桐人の頬に赤みがさす。
「もともと焼き肉屋でバイトしてたんだよ。そしたらそこが、昼に仕事あがりのホストが大量に来る店で。なにかの拍子に頼まれて一日だけの約束で店を手伝ったら、ずるずるつづいて…………こっちが本業になってたんだ。時給が違うからな。理子は?」
「わたしは、まず十歳の予見式の時に『魂魄交感の素質がある』と結果が出たんです。それで『そちらの修練をしてはどうか』という話が出て」
「こんぱく…………なんだって?」
「魂魄交感。他者の魂に触れる能力です。わたしの《鑑定》は、この能力を発展させたものです。マクリアや周辺諸国では、十歳になると、神殿で成長を神様に報告して感謝を告げたあと、『予見式』という儀式で適性や素質、体質などを視て、将来の進路の判断材料にするのが習慣なんです」
「へえ、便利だな。最初から自分の能力とか適性がわかるなら、無駄がなくていいな」
異世界ファンタジーの定番設定の一つだ、と桐人は感心したのだが。
「そうでもありません。予見式は鑑定能力を持つ神官とか、式のために雇われた鑑定士が行うものですが、みながみな、わたしのように実力に恵まれているわけではありません。曖昧な占い程度の結果しか出せない人もいますし、予見式の結果だけを信じるのは危険です」
リリシャは肩をすくめて首をふる。
「十歳だと、成長次第で適性が変わることも、ままありますし。それでなくとも能力的に怪しい神官に当ることもしょっちゅうですから、お金持ちの親だと、子供の成人までに何度も視直してもらうのが普通です。だから有名な鑑定士には子供の適性判断の依頼が殺到しますし、富豪や上流貴族となると、お抱えの鑑定士がいたりもします」
「へえ…………」
以前、読んだ異世界物の小説では「異世界人に転生した主人公が能力の適性をみてもらい、そこで稀有な能力が判明して…………」みたいな展開だったと思うが、リリシャの故郷は似ているようで違うらしい。あれは「有する能力を正確かつ完璧に読みとる方法がある」「有する能力や素質は一生変わらない」ことが大前提の世界の話なのだろう。
というか、異世界でも実家の太さが子供の将来を左右のするのか。世知辛い。
だがリリシャはさらに世知辛い話を重ねる。
「そもそも、自分の適性に納得する人ばかりとは限りません。『自分には強大な力、稀有な才能が眠っているはずだ』と主張して、様々な鑑定士の間を渡り歩く金持ちの子息令嬢もいますし」
おおう、と桐人は他人事ながら胸に痛みを覚える。
「私も一度、遭遇しました。食うには困らぬ貴族のボンボンで、『僕にはすばらしい芸術の才能が眠っているのに、どの鑑定士もそれを認めないんだ』、と言ってきたんです」
ますます、いたたまれない思いにとらわれる。
「どうしたんだ? やっぱりいつものように、すっぱり『ない』って言ったのか?」
「言いましたけど、納得しないんです」
憤然と、リリシャは切り終えた長ネギを大皿に移す。
桐人は、ふと思った。
(ひょっとして、そのボンボンは才能がどうというより、理子に《鑑定》してほしかったんじゃ…………)
なにしろ、業界人も認める美少女である。《鑑定》を口実にしたアプローチでは…………と、桐人は疑ったのだが。
「なので、逆に『ある』と言いました」
「え? ないのに?」
「『たしかにある』と言いきりました。すると『そうだろう! 僕は才能にあふれた人間なんだ、なのにどうして皆それを認めないんだろう』と言うので、『作品を十作、完成させてください。そうすれば必ずあなたの才能が開花して、結果が出ます』『結果が出れば皆、あなたの才能を認めます』『才能は確実にあるのですから、結果が出ないのは単純にあなたの努力不足、行動不足です』と言ったら、来なくなりました」
「…………そうか…………」
桐人は、この鋭い舌鋒に容赦なく刺されたであろうボンボンに、一抹の同情を覚える。
どうやら理子の《鑑定》スタイルは、異世界にいた頃から大差なかったようだ。
「まあ、そんなわけで」
リリシャは咳払いを一つして、話を戻す。
「わたしは自分の素質が判明して以来、その素質を伸ばす道を選びました。家族の状況を考慮すれば、わたしが父と同等、もしくはそれ以上に稼ぐことは必須でしたし、それが当たり前と思っていたんです。ですから自分がやりたいこと、進みたい未来、というのは考えたことがありません。幸い《鑑定》は需要が高くて供給は少ない才能なので、お金は稼ぎやすい。なので、そうした。それだけです。魔帝討伐は、まとまった金額を一気に手に入れる好機だったのですが…………」
可愛らしい顔がくもる。
話を聞く限り、リリシャと勇者一行は魔帝を倒した。が、リリシャは日本に飛ばされて来てしまった。約束された報酬が支払われたか否か、リリシャには確かめようがない。
家族に報酬が渡っているか、心配なのだろう。そのためにこそ、魔帝討伐に参加したというのに。
「――――心配するな」
ぽん、と桐人はリリシャのミルクティー色の頭をなでた。
「他のやつらはマクリアに残っているんだろ? 残った奴らから理子の活躍が王様に伝わって、ちゃんと代金が払われているに決まってる」
「…………そう、願います」
リリシャは寂しげに笑い、けれどすぐに明るく顔をあげる。
「まあ、そういうことで。没頭できる趣味があるというのは、いいことだと思います。むしろ芸術や学問などは『たとえ成功しなくとも天与の才能がなくとも、この道を進みたい』、そういう情熱に突き動かされて進んできた結果、多くの傑作が生まれるのではないでしょうか?」
「――――かもな」
桐人も笑い、鍋に水を注ぐとキューブコンソメを入れて蓋をする。
「よし。持って行くぞ」
桐人は両手で鍋を持ち、テーブルにセットしたカセットコンロの上に置いて点火する。
リリシャから「ナベというのを、やってみたいです」というリクエストがあったのだ(テレビで見て興味を持ったらしい)。
一人の時は台所のコンロで済ませていたのだが、リリシャがいるのでカセットコンロを購入した。その程度の余裕は、リリシャから支払われる家賃で生まれている。
「いいですね、ナベ。マクリアに帰ったら、家族にも教えたいです。でもこんろが、竈が動かせないんですよね…………」
「むーん」と、席についたリリシャは真剣なまなざしで出汁に浸る豚肉を凝視する。
ひょっとしたら数年後には、マクリアの一般家庭で『ナベ料理』が流行しているのだろうか。
想像すると、桐人の胸に誇らしさとかすかな寂しさがよぎった。
まぎらわすため、桐人は話題を変える。
「長ネギと白菜はどんどん食べていいぞ。こっち側の肉も、もう大丈夫だ」
「もちろん、いただきます。家賃は払っているんですから、遠慮はしません」
勇ましいリリシャの台詞と目つきに、桐人も「おいおい」と苦笑する。
「そういえば」と思い出した。
「理子の《鑑定》にも相性があるんだな。いつも誰でも正確に《鑑定》できると思ってたぜ?」
撮影の時、わざわざリリシャからエルを指名したことだ。
リリシャからは意外な返答が返ってくる。
「あれは方便です。『さつえい』だから、的中するところを見せないと駄目でしょう? でも握手に見せかけて《鑑定》してみたら、一人は監督だかなんだかと不倫中。もう一人は五、六人の男性から援助をうけていて、無難なのはエルさんだけだったんです」
「は!?」
撮影スタジオで見た、いかにも明るく清純そうな少女達の容姿を思い出し、桐人は絶句する。
「まあ…………たしかに不倫やパパ活に比べれば、『BLイラストが趣味』なんて、可愛らしい秘密…………か?」
その趣味が知名度アップにもつながったのだから、結果オーライだろう。
そう思ったが。
「あ、エルさん、桐人の絵も描いていると思いますよ?」
「ん?」
「桐人はエルさんの好みだったようで。キリトがわたしの付き添いという体で、すたじおの隅で待っていた時に、こっそりすまほで写真を撮っていました。帰ったら、イラストの練習台にするつもりだったようです」
「なん…………!」
桐人は肉をつまみあげていた箸を落としそうになった。
「なんで教えなかったんだ! いや、止めなかった!?」
「そこまで詳細に説明してしまったら、占いのレベルを越えています。わたしが不審がられますから」
「…………っ!」
エルの描くジャンルを思い出し、桐人は激しい後悔と焦慮に襲われ、テーブルに突っ伏す。
「スケッチブックをとりあげておくんだった…………!!」
「実際にやったら暴行になりませんか?」
リリシャは豚肉を取り皿に移しながら、のんびり言った。
テレビからニュースの声が流れはじめて、いつもの夕食の光景となる。




