男をなんだと思っているのやら
盛大なる黄色い歓声を聞き、頭痛を覚えるのは何故であろうか。
普通は異性の方々にこれほどまで歓迎されたら嬉恥かしい気持ちで一杯のはずなんだが。
「シンヤ。なに固まっているの?」
一緒に転移してきたリリスが気遣ってくれるが、彼女に答える余裕もなかった。
みな、目を輝かせて喜んでいるが時折注がれる鋭い視線が肌に突き刺さる。って、ちょっとそこの方。ある一点を注視して涎を垂らさないで。じゅるりと舌なめずりするとか隠す気ゼロでしょ。
「遅かったですね、シンヤさん。いったいどこで油を売っていたんですか?」
優雅に紅茶を啜っていたクスハさんに少しだけ苛立ちを覚える。
「まずは俺を置いて行った謝罪が先じゃないのでしょうか、クスハさん」
「あれはシンヤさんがイリスの手を取らなかったのがいけないのですよ」
「確かにそうかもしれないが、直ぐに戻って来てくれればよかっただろうが」
それを言われたら弱いけど、転移した後、直ぐに俺がいないことに気付いていたはず。仮に彼女達が直ぐに戻ってきてくれていたら、あんな状況になる事はなかったはずだ。
「それは無理よ。クスハ達はここに転移する事しか許されていないのだから」
リリスに言われて自分が失言した事に気付いた。
そうであった。元々、自分達外部の人間が転移する事が許されたのは申請して許可が降りた場所のみだったはず。だから、俺を迎えに行くのにリリス自身が来たのだろう。
「あの……。申し訳ありません、シンヤ様。私がもう少し注意していればこんな事にならなかったのに」
うっ。
そんなに申し訳なさそうに頭を下げられたら対応に困るんだが。
「いいのよ、イリス。そもそも、シンヤがイリスの手を掴まなかったのが悪いのよ。ね、シンヤ」
「あ、あぁ。そうだな。元はと言えば俺が確りしなかったのが悪いんだったな。その、迷惑かけてごめんな」
「とんでもございません。今後はこんな事がないように気をつけます」
だから、そんなに低姿勢にならなくてもいいじゃないの。
確かに色々と言いたい事はある事はあるけど、これ以上続けてしまうとイリスさんが精神面に宜しくなさそうだ。これから先、彼女にはお世話になることであろうから、なるべく穏便に済ませるようにしないとな。
「……それで、リリス。さっきから周囲の方々に凝視されているのは俺の気のせいじゃないよな」
俺の指摘にリリスは「あはは」と苦笑いを見せるのみ。その表情から察するに「何て言っていいのやら」と言い訳を考えているご様子。まさかと思うけど、見栄を張って変な事を言っていないだろうな。
俺が話題を切り出したのが切欠だろうか。先ほどまで遠くから見守っていた彼女達全員がこぞって押し寄せてきたのだった。気のせいか、歩くたびにポヨンポヨンと擬音が聞えてきた気がする。
「初めまして、わたくしは――」
「ちょっと、退きなさいよ。お初に――」
「身の程を弁えなさいよね。お会いできて光栄ですわ。わたしは――」
ひどかった。何がひどいかと言うと、迫り来る女性陣のアピール合戦が。
みな、見目麗しき女性であった。きっと、この場に男がいれば我先と彼女達を口説いていたに違いない。今の彼女達がまさにそれなのかも知れない。
「えと、あの……。取りあえず、みなさん落ち着いて――」
と、言い終わるよりも先に、俺の目の前にいた女性が突き飛ばされ、別の女性が手を握り始める。なんで、この場にいるみなは自己紹介をする時に手を掴むのだろうか。滑々して柔らかくて気持ちよいのだが、堪能するほどの余裕は全くと言っていいほど無い。
そんな事を考えている間に、またもや目の前にいる女性が代わっていた。先ほどまでいた女性を足蹴りにして突き飛ばしたように見えたが眼の錯覚だと思いたい。
「ご機嫌麗しゅう――」
もはやこれで何人目であろうか。一度に言われても全くと言っていいほど覚えられないのだが……。そもそも、まともに自己紹介をされていない気がする。中には好みの女性もいた事はいたのだが、名前知らないしな。
ようやく今の珍体験にも慣れ始めたようだ。少しずつ冷静さを取り戻した俺は対策を練ろうとするのだが、目の前の彼女達がそれを許してはくれなかった。
またもや女性が代わったと他人事のように思っていると、彼女は顔を真赤にして、この場にとんでもない爆弾を投下してくれたのであった。
「あのあの、リリスの胸を揉んだって本当ですか?」
「……はい?」
この子、大勢がいる場で何を言っているのだい。何て疑問に感じなくなったのは良い傾向じゃないよな。元の世界に戻った時、悪い影響が起きなければ良いのだが。
爆弾投下した影響か、騒々しかった一同が一瞬にして沈黙してしまう。
「ちょっ、フィー。何もこんな時に言わなくっても」
どうやら彼女はリリスの知り合いのようだ。口ぶりから察するに昨日の事を彼女に話したようだね、余計な事を。そんな事を友人に話すのかと思いたいけれど、この世界の常識は色々と捻じ曲がっているようだから普通なんだろうな。
「えっと……。フィーさんでいいのかな?」
「フィリア・エストックです。それで、どうなんですか?」
「どうなんですか、と聞かれましても……。この場合、何て答えたらいいんだ」
気のせいか、このパターンはつい最近も体験したな。そうなるとオチも大体予想できるのだが……。まさかね。
流石にこの大観衆の前で淫らな行為を強要させるような事は言わないよね。だよね?
「男性が女性の身体に触れると、凶暴化すると聞きましたが……。その、本当なんですか?」
これはまた、返答に困る質問を。つまり、あれか?
スキンシップをした際に興奮して、つい勢いで云々って事をお聞きになりたいと、このお嬢様は聞きたいのだろうか。
この質問、どう答えたところで色々と痛い目にあいそうな気がするのだが。
「ちなみに、それってどこ情報な訳?」
「お母さまが仰っていました。男は女性に触れると狂人になると」
「……あ、あはは」
ちょっと、またか。また母親情報なのか。
なんだよ、その捻じ曲がった情報は。それではまるで、男は万年発情している野蛮な生き物みたいじゃないか。そりゃあ、こんな可愛らしい女の子の肌に触れて興奮するかしないかと問われたら、答えはイエスだけど、男だってちゃんと理性を働かせて抑制する事が出来るんだぞ。女に触れたら直ぐに襲い掛かるなんて、どんな変人なんだよ。
「と、取りあえずその情報は絶対ではないと思うぞ。現に、いま手を握られていても凶暴化していないだろ」
「……はっ」
いま気付きました、と言いたげに手を引っ込めないで欲しかったな。少しだけ名残惜しかったけど、少しだけだよ、本当だよ。
「あ、あはは。それじゃあ、リリス。俺達は用も済んだことだし、これでお暇させてもらうよ。勉強、がんばってくれよな」
リリスに弁当も届けた事だし、これ以上は長居無用だ。この場に長居したら何が起こるかわかったものではないしな。
「え、もう帰っちゃうの? せっかくだから、見学していけばいいじゃない。次の授業はダンスレッスンだから、飽きないと思うよ」
彼女の言葉に周りから「そうよそうよ」とこの場に残るように言ってくる。
「そりゃあ、大変嬉しいお誘いだけど、まだクスハさんに案内してもらっている途中だったし」
「シンヤさん!」
何故だかクスハさんに咎められた。
あれ? 俺、なにか変な事を言ったかな。
「……へぇ。クスハ、私が「為には休めば」って言っても休まなかったのに、シンヤとデートをする為に休みを取ったの?」
「誤解です。確かにそう言う名目でお休みを取りましたけど、休むように言われたのは奥様からです。私が率先して動いたわけではありません」
「ま、まあそれについては確かだな。正直助かったよ。この国の知識は全くと言っていいほど無かったから」
特にギルド関係は彼女がいなかったら色々と拙かったかも知れない。一緒に付いて行ってもらわなかったら、今ごろどうなっていた事やら。
思い出しただけで寒気が走るのは気のせいだと言いたい。
「なるほど。……じゃあ、シンヤ。放課後、私も一緒に参加するから、やっぱり見学していきなさい」
「放課後って、確か居残り練習をするって言っていなかったか?」
「大丈夫よ。その分、帰ってから練習するから」
「えっと……」
どうするよ、クスハさん。
この子、何を言っても聞いてくれないような気がするんですけど。
「私は構いませんが、奥様にお許しを貰わなくて宜しいのですか?」
「そ、そうだよリリス。無関係な人間が勝手に見学なんかしたら関係者に迷惑がかかるだろ。先ずは理事長であるエリスさんの許可を貰わないと――」
いけないぞ、と続けたかったのだが、リリスは既に俺たちの話など聞いておらず、近くの人間に目配せをしていた。リリスの意図を汲み取ったのか、複数名の女性達は小さく頷き返しその場から消え去る。
「おかあ……理事長の許可が降りればいいのね。いま、確認してもらっているからちょっと待ってね」
「あ、はい」
完全に包囲網を敷きにかかってきている。
クスハさんは既に諦めているご様子で一向に援護射撃をしてくれなかった。
「それじゃあ、シルフィードさん。彼に幾つか質問してもいいのかしら?」
話に決着が付いたところで、事の成り行きを見守っていた連中の一人から声が上がる。
「そうですね。シンヤ、幾つか質問があるみたいなんだけど大丈夫?」
「その大丈夫の意味が分りかねるが、可能な限り答えるぞ」
「いいってさ」
お許しが出たところで、再び喧騒の渦が広がる。
「けど、質問者はちゃんと手を上げてください。さっきみたいな事になると大騒ぎになると思いますから。こちらから質問者は指名しますから」
言い終わると同時に、一斉に手が上がる。
その光景に小学校の頃の授業風景を思い出すが、彼女達から感じる雰囲気からほのぼの感が全くと言っていいほど無かった。全員が全員、自分を指してくれと無言の圧力に耐えかねた俺は、一番初めに眼があった女性を指名する。
「じゃあ、その図書委員にいそうな……じゃなくって、そこのおさげな女性の方」
「あ、はい。その、男の人って胃袋から掴むといいぞと言われているそうなんですが、それは本当でしょうか?」
……おや?
「キミ、好きな男性でもいるのかな?」
「ど、どうしてそれを!?」
いやいや、顔を真赤にさせて恥かしげにそんな事を聞いてきたら、大抵の人は気付くだろう。
「この子、クロード様のファンなのよ」
「クロード?」
「クロード・カリバーン。あなたが来るまでの一番若い男性の名前よ」
「ああ、なるほど。そう言うことね。さっきの質問だが、いいと思いますよ。ただし、それはあくまで切っ掛けかな。それ以上、進行させたいのならば勇気を出してアピールする事をお勧めしますよ」
「そ、そうなんですか。あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。それじゃあ……。って、なんでみなさん、メモを取っているの?」
気がつくとほとんどの人達がメモ帳を片手に頷きながら、先ほどの話しを書き綴っている。
「じゃ、じゃあ、夜這は男の甲斐性ってのは本当なの?」
ちょっと。
俺はまだ指名していないんだが。しかもなんだよ、その質問は。
「少なくとも俺の中では、それが甲斐性ありとは思えないんだが」
「男は幼い女の子の方が好きっていうのは?」
「それは、特殊なご趣味を持ち合わせた紳士さんだけだ。てか、いるのかよ。この世界にロリコン趣向の持ち主が」
「獣耳をつけないと立たないとも聞いたんだけど?」
「だから、それも特殊なご趣味を持ち合わせた紳士さんだけ。てか、立つってなに? 何を立たせるつもりなの?」
「鞭打ちしないと興奮しないってのは?」
「それはそう言う属性の持ち主だけ。ねえ、さっきから質問の内容がおかしくなっているんだが」
こいつら、男をなんだと思っているんだよ。
幼い女の子に獣耳を付けさせ、鞭打ちをうけたいだと。
それはもはや変態の紳士じゃなくって、ただの変態だよ。
男が全員、ロリコンで獣耳萌えのマゾヒストだと思うなよ。
その後も、女性陣の偏った男性の趣向について色々と根掘り葉掘り聞かれたのだった。
ちなみに、俺は完全にノーマルだからな。
ロリコンでもなければ、獣耳がないと絶対にダメだと言わないし、鞭打ちで喜ぶ男じゃないからな。ほ、本当だよ。




