一難去ってまた一難
「下着ウーマン? そう下着泥棒は名乗ったのね」
「ああ、そうだよ」
全身に付着した砂埃を払いながら、リリスに事の顛末を説明した。どうやら、あの変態淑女の名前すら特定できておらなかったため、今回の遭遇は彼女達にとって貴重な情報であったらしい。
「それで。なにか特長とか覚えていないの? 会ったと言うなら顔とか覚えているでしょ?」
「特長ね」
最初に思い浮べるのは下着ウーマンの見事な体つきであった。細い体つきにも関わらず出ている所は出ており、雪のような真っ白な肌が印象的であった。
……そんなこと、リリスに言ったら間違いなく怒られるよな。そんな話しをしているんじゃないって。えっと、特長と。……特長?
「……あれ? そう言えばどんな顔だっけ」
「まさか覚えていないの?」
「ちょっと待って。いま思い出すから」
えっと、えっと……。
あれ? あれれ?
思い出そうとするのだが、記憶に残っているのは彼女の体だけ。首より下は覚えているにも関わらず肝心の顔の特長が全くと言っていいほど思い出せないでいた。
……俺、何気に欲求不満だったのかな。会った女性の身体しか思い出せないなんて、思い出せないなんて……。
「ちょっと、どうしたのシンヤ」
項垂れる様に崩れ落ちる俺を見て首を傾げるリリス。
俺がなんでこんな風に落ち込んでいるのか分からないため、戸惑う様子が見受けられる。
「……いや。俺がたった一日で助平野郎になってしまった事に愕然としているだけだから」
「ごめん。言っている意味が分からないんだけど……」
分かれよ!
そこは分かって欲しかったよ、何て彼女に言ったところで意味ないんだろうな。
「実は――」
言おうか言うまいか迷ったけど、俺は正直に話すことにしたのだった。
「そっか。もしかしたら認識妨害の魔法でも使っていたのかしらね」
……認識妨害とな?
「……え。魔法ってそんな事も可能なわけ?」
「出来なくはないけど、魔力を多量に消費しちゃうから、長くは使えないけどね。その下着ウーマンだっけ? どれぐらいなの?」
「えーと。どれぐらいって?」
「む……じゃなくって、おっぱいの大きさよ」
「ねえ。いま、なんで言い直したの? 素直に胸でいいじゃない」
わざわざ、興奮を誘うと言葉を修正しなくてもいいよね。
「煩いわね。それで、その下着ウーマンは何クラスなわけ?」
「そんなの見ただけで判断できるわけないだろ。……まあ、あれはDクラスぐらいあったと思うけど」
「判断できているじゃない」
そこを突っ込まないで欲しい。けど、ほらさ。言い訳させてもらうと世の中には見栄を張ってパットを仕込む人もいるじゃない。この世界にそう言った類の物があるのか知らないけど。
「しかし、Dクラスか。それなら認識妨害の魔法を使えたとしても不思議じゃないわね。顔が分らなかったのは残念だけど、名前を知っただけでも大きな進歩だわ」
相手はかなりの常習犯であるらしい。捕まえようと学生の皆が躍起になっているのだが、相手が神出鬼没なので捕まえる所か姿を見た者もいないとか。
「その下着ウーマンは空を飛んでいたな」
「飛んでいた? Dクラスで空を飛ぶ事が出来るのは【空歩】ぐらいかな」
「そうそう。その「くうほ」って言っていた気がする」
「へえ。あれって歩行系統魔法でも難易度高いんだけどね。よっぽど優秀な人間なのかしら」
【空歩】とは、文字通り空を歩くことができる魔法との事だ。
細かな原理は理解出来なかったが、指定した場所に足場を生み出して歩む事を可能にさせた魔法らしい。他にも幾つか歩行系統の魔法は存在するが、その中でも難易度が高めの高等魔法とリリスは言う。
「……そう言えば、今回は誰の盗んだか知っている?」
「なんかソニア・ミントスって言っていたな」
「……へ? ごめん。もう一回言ってくれないかな」
「だから、ソニア・ミントスのブラだって。現プティーズの一人なんだろ?」
「そ、そうだけど……。本当にソニア・ミントス様のって言ったの? あの【翠緑の狩人】と名高い?」
なんか厨二病を感じさせる二つ名が出てきたぞ。
下着ウーマンも言っていたけど、そのソニア・ミントスって人はかなり有名な方なんだな。
「下着ウーマンも言っていたけど、やっぱり有名なのか?」
「有名も有名よ。樹林の魔法をベースに組み込み、大輪の華を使った円舞は美しかったし、弓矢を行使した弓術はかっこいいし、とにかく凄いのよ」
「お、おう」
リリスの言葉のレパートリーが少なくて凄さがいまいち理解出来なかったが、彼女がここまで推すのだから凄い方なんだろう。
「私もあんな風に踊れたらいいんだけどな。……これじゃあ、領域展開魔法なんか使えないだろうし」
その領域展開魔法というものがなにか知らないが、自分の胸を見て落ち込んでいる姿から察して、高等技術の魔法である事は予想できる。
「はあ。もっと大きければな」
やばい。話しの流れが怪しくなってきた。
俺の直感が「話題を代えろ」と訴えている。
「まあまあ。それより、クスハさんとイリスさんを待たせているんだろ? そろそろ、教室に行かないか?」
「……えー」
そこで、なんで心底嫌そうな顔になるわけよ。
なに?
もしかしてクラスメイトにどこぞの馬の骨かも分らない俺を会わせたくないのか。
「なにか拙いことでもあるのか?」
「拙い事があるわけじゃないんだけど」
随分と奥歯に物が挟まった言い方だな。リリスなら歯に衣着せぬ言い方で答えてくれると思ったんだが。それだけ歓迎されていないって事なのだろうか。
「……って、よくよく考えたら女子高も当然なんだよな」
「へ?」
そうかそうか。そりゃあ、リリスが俺みたいな男を招く事に躊躇うと思ったよ。
女の園に男がズケズケと土足で踏みにじったらいい気がしないよな。
「それじゃあ、リリス。俺は門のところで待っているから、授業頑張れよ」
言いにくそうだったので、自分から戻るように伝える。これでリリスも気を使う事無く同意してくれる事だろう。
「……ちょ、ちょっと待ってよ。勝手に自己完結して戻ろうとしないでよ。戻られたら私が困るのよ、本気で」
だが、リリスが俺の裾を掴んだ事で逃亡は阻止されてしまった。けど、いま聞き逃せない言葉が聞えたぞ。
「いま、戻られたら困るって言ったか?」
「……え。いや、なんのコトカナ」
こいつ。あからさまに顔を背いて口笛なんか噴出したぞ。嘘をつくならもう少し嘘をつく努力をして欲しいものだ。そんなのでは嘘を付いたのか直ぐに分ってしまうぞ。
「リリス。もしかしなくても、なにか変な事をクラスメイトに言ったかい?」
「……。な、何のコトカナ。私は何も言っていないわよ」
「いやいや、最初に胸を押えてドキッと擬音が聞えそうなほどのリアクションを取っといて、それはないだろうが」
「いや、その……。はい、ごめんなさい」
これ以上、どんな言い訳を言っても誤魔化しきれないだろうと思ったのだろう。彼女は素直に頭を下げて謝罪をしたので、許すことにしたのだが――。
「それで、いったいどんな口から出任せを言ったんだ?」
「えっと……。生涯を誓ったパートナーが出来たって」
――やっぱり許すのはやめようかな、と半分本気でそう思ってしまった。
「あのな。そう言った冗談は本気でやめたほうがいいぞ」
「冗談とは酷いわよ。シンヤがこの国にい続ける事になったら、必然的にそうなるんだから」
「いや、お前。幾ら同い年ぐらいの男がいないからって、そんな結末になるとは限らないだろう。……たぶん」
「そう思うのはシンヤだけよ。自分達よりも倍の人生の方よりも同い年ぐらいの男の人の方が好みって人の方が断然多いわ」
何もそんなに自信満々に言わなくても。
俺の世界でもそれぐらい歳が離れた者達同士の結婚はそれほど聞かないけど。
それに今の発言はこの世界にいる男性の方々に失礼だろう。皆が皆、この世界の為を思って身を粉にして頑張っていると言うのに。
「だから、同い年のシンヤを紹介しろってみんな煩いのよ。今日、貴方が二人と一緒に来ると知った途端、教室内は狂喜乱舞状態だったのよ。ここで、今更ながらシンヤは着ませんでしたなんていってみなさい。間違いなく血の雨が降るわ。私の血のね」
「狂喜乱舞って……。やばい。なんか、昨日の二の舞になる気がしてならないんだが」
この状況、どう考えてもメイドさん達に迫られた状況と一緒なのは気のせいじゃないだろうな。ここでリリスと一緒に教室へ移動したらどうなるか考えるまでもない。
「やっぱり、今日はこのまま戻ろうかな」
冗談ではない。
このままリリスと一緒について行ったら間違いなく絞られて成仏コースになるのは免れない。制服姿の学生さんに囲まれてハーレム状態になるのは非常にいい気分かも知れないが、死因が腹上死なんて事になったら死ぬにしに切れない。
どうにかして、この場から立ち去りたいところであったのだが、俺が逃走を実行するよりも早くリリスが腕に絡み付いて来たのだった。
「シンヤ。男なら覚悟を決めようね」
「その覚悟を造るような場面を用意したのはリリスだろうが」
「タハハ。その点は謝るけど、ほらプティーズ候補生と仲良くなるのは悪い事じゃないわよ。友達が一人しかいない私が言うのはなんだけど」
「リリス、友達いないんだ」
意外と言えば意外……なのか?
あの下着ウーマンもリリスの事をちっぱいの根暗お嬢様と言っていたことだし。
どう考えてもリリスが根暗だとは考えられないのだが。なるほど、友人が少ないからそう呼ばれているのかもしれない。
「失礼ね。いるわよ、一人だけど。多くの友人よりも数少ない親友を得たほうがいいじゃないの。ちょっとむ……おっぱいが大きすぎて軽く殺意が湧く時もあるけどさ」
だから何で言い直したわけよ。けど、殺意が沸くほど大きいのか。
なんか、凄く気になるんだけど。
「……シンヤ。鼻の下が伸びているわよ。先に言っておくけど、あの子――シンディーは大人しい子なんだから恐がらせないでよね」
「だったら、俺なんかが行かない方が得策だと思うんだけど、如何でしょう?」
「ごめん、無理だから諦めて」
だから、どうしてそう言うときだけ人を惹く様な笑顔を浮かばせるのかな。
「それじゃあ、行くわよシンヤ」
「はいはい、仰せのままに」
もはやこれ以上、抵抗したところで無意味のようだ。
さっさと言って、さっさと事を済ませる様に心掛けよう。
だけど、そんな考えは甘すぎたのだと部屋中に響き渡る黄色い歓声によって知らされたのだった。