初戦闘は情けなさ過ぎた
まずい。まずいまずいまずい。
理由は兎も角、最悪な状況に陥ってしまった。
「ほらほら、どうしたのかしら? さっきの威勢はどこにいったのかな」
「無茶言うな。大体、相手にしなかっただけでそんなにお怒りになるんだよ。訳が分からないよ」
言った直後、下着ウーマンの指先が一瞬だけ光った気がする。
それを認識した直後、今度は逆の頬に痛みが感じ、後方の地面が同じ様に陥没したのだった。
「私はね。下着を集めるのも好きだけど、その際に大勢の人達に追い掛けられるのが大好きなのよ」
この人、何を言っている?
「だから、今回は簡単に手に入る事が出来てちょっと拍子抜けだったのよね。はっきり言って欲求不満なのよ」
「知らないから。そんな性癖を告白されても知らないから。そんな事で攻撃するなよ」
「そんな事ですって!?」
あ、やばい。どうやら地雷を踏んでしまったみたいだ。
またもや彼女の指先が光りだす。咄嗟に右方へ転がる様に跳ぶと、先ほどまで俺がいた地面が爆散したであった。
こ、こえぇ。もし、少しでも避けるのが遅かったら今ごろミンチだったぞ。
「上手く避けたわね。だけど、今度は外さないわよ」
やばい。どうする、どうする。
何とかしてあの下着ウーマンを拘束できれば良いが、相手は俺が踏み込めない空と言う領域にいる。逆立ちした所で俺が勝てる要素は全く持ってない。
「なら、門まで戻って――」
「そう上手くいくかしら」
ユニスさんとダイナさんがいる門まで逃げ延びれば、と考えて背を向けるのだが、行く手を遮るように地面が隆起する。
これじゃあ、彼女達がいる出入り口に近寄れない。
「これで逃げる事も出来なくなったわね」
「……くっ」
退路も絶たれた。抵抗する手段も持ち得ない。完全に詰んでしまった。
「さて。そろそろ終わりにしましょうか。動かない方が身のためよ」
再び指を突き出し、トドメの一撃を繰出そうとしてくる。
彼女の指が光った瞬間、俺の身体はぺしゃんこになるか、木っ端微塵になるのだろう。
……冗談ではない。
あんなふざけた理由で命を奪われるとかそんな理不尽がまかり通ってたまるか。
諦めてたまるか。なにか、なにか方法があるはずだ。
「諦めなさい。ちゃんと一瞬で天国に誘ってあげるから」
下着ウーマンの指先に粒子が集い始める。
……あれ? さっきは一瞬で光ったはずなのに今度は随分と遅く感じるな。
もしかして、俺を殺す為に威力重視にしている為にチャージ時間が長いのかな。
けど、その推測は間違え立った。
粒子が集い、新緑の閃光が一条の光となって俺に目掛けて飛来している速度があまりにも遅すぎる。
ここまで攻撃速度が遅く感じられたら相手の方に原因があると考えられない。
なにかよく分からないがこれはチャンスだ。
速度が遅いせいで【風穿】と呼ばれた魔法がどこに着弾するか容易に予想できる。
予想できれば回避することだって難しくない。
俺は予測に従い、下着ウーマンの【風穿】から回避しようとするのだが、今度は俺自身の体が動かないことに気付く。
おい、待てよ。
それじゃあ、これはあれか。死ぬ間際に感じられる死の瞬間って奴なのか。
ふざけるな、冗談ではない。
あんな訳の分からない奴に命を奪われる訳には行かないんだよ。
動けよ、俺の体。
動け動け動けうごけうごけうごけうごけ、動けよ。
こんな奴に命を奪われてたまるかよ!
その想いが通じたのか知らないが、今まで動こうともしなかった体が動き始める。
だが、動き始めたのは良いが回避速度が相手の攻撃速度よりと同じぐらいの速さでしか動けなかった。
数秒後、俺の身体は身体を捻らす事で【風穿】の斜線上から何とか逃れられたのだが、自分の行く手を遮った大地の壁が爆散したことで背中に大きなダメージを受ける事になった。
「……へえ。数発見ただけで、私の【風穿】を見極めたのかしら。攻撃速度はそこそこ高い部類なのに。あなた、意外と面白いのかもね」
先ほどの攻撃で地面に突っ伏している俺に向って、先ほどとは打って変わって楽しげな表情でものを言う。
明らかに上から目線に正直イラッと来た。
「……あ」
そこで、俺は意外な事に切り札を持っていたことに気付く。
いや、気付かされたというべきだろうか。
正直なところ、これを実行するのは色々と情けないところであるが、背に腹は変えられない。何より、自分の命がかかっているのだから。
「……おい、下着ウーマン」
「あら? 何かしら。まさか、反撃の糸口でも思いついたのかしら」
「ああ、そうだな。お前さんは大切な事を忘れているぞ」
「大切なことですって!?」
ああ、下着ウーマン。お前さんは大切な事を――大切な物を忘れている。
宝と豪語したんだから、それを持っている俺を攻撃するのは愚策もいい所だったな。
「これ以上攻撃を加えたら、こいつがどうなってもいいのか!?」
俺は彼女が盗んだであろう大切な品、ブラジャーを突き出して問い質す。
「なっ!? あ、あなた。何て酷い事を。この人でなし! それでも人間なの、あなたは!」
どうやら効果は抜群であったようだ。
ブラジャーを人質にしたら、肌に突き刺すような威圧感が霧散され、わたわたと慌て始めたのだった。
どうやら、これは本当に宝物であるらしい。
「なんとでも言うがいい! それ以上なにかしてみろ。俺はこれを、引き千切って燃やしてしまうぞ」
「なんですって!? ちょっ。わかった、分かったから話し合いましょう。私たち人間は話し合える人種のはずよ。先ずは落ち着いてそのブラジャーを置いて、ね」
「だったら、いつまでも上空にい続けている。さっさと降りて来い!」
「分かったわ。今すぐ降りるから。だから、お願いよ。それを燃やさないで」
指示に従い、ゆっくりと下降して着陸する。
着地すると彼女は両手を上げて、降参のポーズを見せた。
「降参よ。降参するから、そのブラを返して頂戴。もう、あなたを襲ったりしないと誓うから」
「……脅している俺が言うのもなんだが、随分と物分りが良いな。これがそんなに大切なものなのか?」
「当たり前よ。それは現プティーズの一人、ソニア・ミントス様のブラなのよ。売れば大金が動くこと間違いない代物よ」
「また登場人物が増えるのかよ。これ以上、名前なんか覚えきれないぞ」
「ちょっ。あなた、ソニア・ミントス様をそんじゃそこらの娘と一緒にしないでちょうだい。あの人は華麗にして優麗。皆が憧れる現プティーズの一人なのよ」
「いや、だから知らないから」
ここの住人ではない俺に言われても困るから。
「信じられない。……じゃなくって、良いからそのソニア様のブラを返してちょうだい。それは今夜のお楽しみに使うんだから」
「……ああ、やっぱりそう言う事に使うわけね」
「当然よ。本当だったら着けて見たい所だったけど、私とあの人ではランクが違うし……」
「確かに。見たところCかDって感じだもんな。まあ、それ以上大きくなっちゃうとせっかくのプロポーションが崩れるからいいんじゃない?」
「え? そ、そうかな。そんなこと言われたの初めてなんだけど」
「少なくとも貴女は充分魅力的な女ですよ。って、何を言っているんだ俺は……。あっ。そうそう」
自分らしからぬ言葉に羞恥心を覚えつつも、人質に使ったソニアさんのであろうブラを下着ウーマン目掛けて放り投げる。
彼女は慌ててそれを受け取り、信じられないと言いたげに目を丸くさせる。
「えっと、いいの?」
「当たり前だ。良いから、さっさとそれを持って去ってくれ」
「いや、でも……。普通、こう言う場合って「俺の言う事を聞け」とか「返して欲しければ、俺を楽しませろ」と言う場面じゃないの?」
どう言う場面だよ、それは。
俺がそんな悪逆非道な事を言うと本気で思っているのなら、話し合いの必要があるぞオイ。
「そこで心底不思議そうに問われるのは甚だ不快だが、あんたはそう言った創作物を読みすぎだ。俺を鬼畜外道か何かと勘違いしていないか?」
この世界にそう言った部類の創作物が存在しているか知らないが、そうでなければそう言った思考に直列するはずと思いたい。
「確かに最近では「許して旦那様」とか「嫌なのに体が――」
「――待て待て待て。行きなり何を言っているんだ、あんたは!?」
「……ぇ。だから、エロ本の話だよね?」
この世界にあるのかよ、エロ本が。
……ちょっとだけ、興味あるぞバカヤロウ。
「意外とストーリー性があって面白いのよ。中でも「勇者様と一緒」なんか特に――」
「分かったから。エロ本を進め様とするな!」
「えー。凄く面白いのに。ただ、男の人のアレがちょっとね」
あれってなんだよ、あれって。
「そんな不満そうに言った所で知らないからな。文句があるなら、その作者さんに言えよ」
「そうね。フフ、確かクドウ君だっけ? 貴男とは楽しいお話しが出来そうね。今度機会があったら、ゆっくり話しましょうね」
「今の会話でそう捉えたならば、医者に診てもらった方がいいぞ。ちなみに、謹んでそのお誘いはお断りさせていただきますから」
「つれないわね。……あ、そうそうクドウ君。今度会う時までに【空歩】ぐらいは出来る様にしなさいね。そうじゃないと、お姉さんと鬼ごっこ出来ないわよ」
「……善処したくないな。あんたとは二度と会わない事を祈っているよ」
「フフ。それはむ・りと言うものだよ。それじゃまたね」
その場で大きく跳躍する。彼女が言う【空歩】を使っているのだろう。何もない虚空にも関わらず、文字通り空を蹴って数十メートルほど上空まで駆け上っていく。
「……はぁ」
こ、怖かった。
緊張しっぱなしだったらしく、下着ウーマンの姿が完全に見えなくなると全身の力が一気に緩んでいく。完全に脱力状態に陥った俺は、その場で座り込んで安堵の溜息をしたのであった。
「……あ。いたいた」
背中越しに聞き知った声が届く。
「もう、シンヤ。探したわ……よ? ちょっと、どうしたのシンヤ?」
「リ、リリス。迎えに来てくれるならもう少し早く来てくれよ」
「はい?」
彼女は何も悪くないのだが、今さらながら迎えに来たリリスに俺は悪態突くしかなかった。