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ギルドと言う名の――

 ギルド。簡潔に言うと仕事斡旋所。お金さえ支払えばどんな仕事でもやってくれる便利屋みたいなものと言えばお分かりいただけることだろうか。

 俺のように身分がはっきりしないものでも実力さえ伴えれば仕事を請け負えるファンタジー版ヘローワーキング。

 主にファンタジー系創作物で定番な施設に足を踏み入れた時、俺はある意味で絶望に打ちのめされていた。……ほんと、これはないだろうがこれは。


「……やはりと言うか、ほとんど同じ内容ですね」


 お願いだから生暖かい眼差しを向けないで欲しい。そもそも、そう言うことなら始めから言って欲しかった。

 俺はギルド施設に入って早々、足早に登録を済ませようと受付のお姉さん――だと思うけど、妙に男っぽい容姿をしているな――に声をかけようとした矢先、クスハさんが「先ずはどんな仕事をしているのか見てみたら如何でしょう」と提案したのであった。

 それもそうだな、と彼女の提案を受けた俺は仕事の内容が張り出されている掲示板に足を運び、内容を見て声を失ったのであった。絶句したと言っても大げさではない。


「おかしいだろ、これは。ギルドと言ったら確かに何でも屋だけど、これはないだろう」


 思い描いていた内容の仕事が見当たらない。

 薬草の採取などはちらほらと見えるけど、討伐系や護衛系と言った有名所はほぼゼロであった。バイトのようなお仕事も少しはあるらしいけど、大半の仕事が欲求不満の解消手伝いとは如何なものだろか。


「だからかぁ。だから、ここにいる大半の人達は男装しているのかよ。違和感を覚えたのはそう言う事なのかよ」


 仕事の内容を見て、妙にギルドにいる女性のほとんどの方々が男っぽい服装を着ている事に納得する。


「主だった技術は充実していますからね。昔は薬草の採取や獣狩り、漁業などと言った様々なお仕事がありましたけど、養殖技術が発展してからと言うものギルドの仕事内容は主に性欲関係になってしまいました」

「しまいましたって……。小さなお子さんに見られたらどうするんだよ。教育上に悪いぞ、この施設は」

「我が国は子作りを全力で推奨しておりますので」

「……頭が痛くなってきたぞ」

「それで、登録なされますか? 登録されるのでしたらお止め致しませんが」

「ぐっ」


 どうする。

 普通ならば「やれる訳ないだろうが」と突っ撥ねる所であるが、俺がまともに仕事を受けられる場所はここしかないはず。


「あの、無理して働かなくてもいいのですよ」

「……働かないと逃げる口実も作れないだろ」

「はい?」

「いや、こっちの話し」


 いけないいけない。思わず本音が漏れてしまった。

 変化を求めているのは確かだけど、シルフィード家で何もせずにいたら昨日のように求められる可能性は少なくないだろう。男として涙が出る様な環境である事は否めないけど、それがほぼ毎日になると話しは変わる。何故だか知らないけど、アダルト系のイベントは選択しなしの強制イベントだから性質が悪い。

 さて、話しを元に戻すとして……。どうしよう、本当に。

 見るところ、薬草の採取や雑用系の仕事と比べるとアダルト系の仕事は報酬が高いんだが。しかも、競争率も高いようだ。先ほどから俺が眺めている間、既に数人の人間がアダルト系の仕事が綴られた紙を取って、受付のお姉さん――だよな?――に受注確認をしている。


「……ちなみに聞くけど、俺以外の男でギルドに加入しているなんて――」

「そんな話しは聞いた事がありませんね。いましたら、名指しで仕事の依頼が来ると思いますよ。主に子作りの依頼を」

「ですよねえ」


 やばい。名指しで依頼なんて出来るのかよ。

 これでは、俺がギルドに加入したら間違いなく依頼が来るんだろうな。

 どうする。どうする、工藤伸哉。ギルドを諦めて、仕事が出来そうな店を訪ねるか。それとも、諦めてヒモ生活を受け入れるか。凄く贅沢な悩みだというのは自覚している。自覚しているけど、それを受け入れる度胸は俺にはない。甲斐性? なにそれ、美味しいの。我が資格蘭に甲斐性なんてものは存在いたしません。自分、草食系男子ですから。本当だよ。


「……あら、そこにいるのはクスハじゃないの?」


 俺が悩みに悩んでいると生暖かく見守ってくれていたクスハさんを呼びかけるものが現れた。彼女は自分に声をかけた者が何者だか直ぐに察したのか――。


「いえ、人違いです」


 ――振り向く事無く、否定したのであった。


「何を言っているんだい。そのお尻の形に色っぽい腰付きを見間違うわけないだろう」

「ぶふっ」


 こ、この人いきなり何をって。そうだよね、ギルドにいる人間なんだから普通に考えれば、普通なのかこれは。


「こ、公衆の場で変な事を言わないでください、ミーナさん!」


 どうやら、クスハさんを呼びかけた人物はミーナさんというらしい。慌てて彼女の方へ振り向いたクスハさんは、ミーナさんに抗議するのであったが、彼女は何を言っているんだいと言いたげに不思議そうに首を傾げる。


「どうしたんだい、クスハ。この程度で動揺するなんて珍しい。さては欲求不満なのかい? なんなら、今日あたりにでも格安で相手してあげるわよ」

「……クスハさん」

「ち、違いますシンヤさん、誤解しないでください。私はギルドに仕事を依頼したことなど一度も――」

「何を言っているんだい? 月に三回は依頼する常連さんでしょ、貴女は」

「……えっと」

「お願いですから、ミーナさん。少し黙ってください。後生ですから」


 なんと言いますか意外だった。会ってそれほど経っていないから彼女の事をほとんど知らなかったとは言え、仕事人間と認識していた彼女がこう言う施設を利用しているとは思っても見なかった。だからと言って、別に他に思うところはないんだが。


「なんだい。生娘みたいな反応をして……。それより、クスハ。隣にいる人物は紹介してくれないのかい?」

「……この方は、クドウシンヤさんです。訳あってシルフィード家でお世話する事になりました」

「クドウシンヤ? 珍しい名前だね。この国の人間ではないと見たが?」

「何でも自分の名前以外は記憶がないとか……。そうですよね、シンヤさん」

「……はい?」


 えっと、なんでそんな話になっているんだい? 俺、そんなこと一言も言っていないと思うのだが。

 俺が不思議そうに目を丸くしていたのを見て察したのか、それとも心の声を読み取ったのか知らないがクスハさんは小さく頷いて俺に見せる。

 ああ、なるほど。変に詮索されないように記憶喪失って事にしてくれたのか。

 ここは彼女の機転に従って話しに乗る事にしようか。


「そ、そうなんです。はじめまして、工藤伸哉と言います。色々ありましてクスハさん達のお世話になる事になりました。右も左も分からない若輩者ですが、色々とご指導していただけると嬉しいです」

「ミーナ・ルーリックよ。仕事の依頼で来たのなら、安く請け負うわよ」

「ありがとうございます。けど、ギルドには依頼ではなくって登録しに来たんですよ」

「あら、そうなの。それじゃあこれから同業さんになるという事ね。それなら、今度常連さんに紹介してあげるから一緒にどうかしら?」

「お気持ちは大変嬉しいのですが、ちなみにどう言った常連さんで?」

「クスハから聞いていないの? 私はこっち系専攻なのよ」


 どっちだよ。いや、見れば大体察するけど……。

 不敵に笑みを浮かばせるミーナさんの表情にゾクリと悪寒が走ったのは気のせいではないだろう。てか、もしかしなくても腰に巻きつけているそれはムチですよね。そっち系専攻と言うとお子様には言えない危ない遊びってことだよね。


「……クスハさん」


 まさか、あのクスハさんがそう言ったご趣味をお持ちとは……。いや、確かに彼女は奉仕するのが好きだといったし、どことなくそっちの才能がなくもないと感じたが、まさか……。


「シンヤさんが何を思っているか知りませんが、私は痛いのとか苦しいのはダメですからね」


 知らないって、あんたは俺の心の内を読めるだろうが。


「誰もがそう言うのよね。クスハも試しにやってみなよ。クセになるからさ」

「お断りいたします。柔肌を痛めつける趣味はございません」


 本能的に危機感を覚えたのか、自分の身体を抱き締めながら後に下がるクスハさん。恐らく、何だかんだ言いながらも彼女はミーナさんの言うとおりにされてきたんだろうな。


「そうかい。興味が湧いたら私にいいなよ。存分に快楽園に誘ってあげるから」


 快楽園ってなんだよ。あと、クスハさん。貴女も「ちょっとだけなら」と目を泳がせないでください。一瞬で気持ちが揺らぐとかキャラブレも程があるだろう。

 しかし、今度はサディスト系のお姉さまとは。この国は女性のカテゴリーが豊富なこと。しかも堂々とボンテージ姿でいられるとは恐れ入る。普通に話し掛けられたからミーナさんの異様な格好に疑問を感じるまで時間が掛かってしまった。


「それで、どんな仕事がご要望なんだい? なんなら、ちょっと話しをつけてあげるわよ」

「それじゃあ、薬草の採取やら討伐系を希望したいのですが、初心者にお勧めのやつってありますか?」

「薬草の採取や討伐系? なんだい。随分と地味なのを選ぶんだね。そんな仕事、今では誰もやらないって言うのに」


 そりゃあそうだろうね。

 危険が伴う仕事と気持ちよくなる仕事の二つを比べたら後者を選ぶのは必然だ。

 けれど、まだ未経験者である俺から言わせて貰うと男娼紛いなお仕事を割り切ってこなすほど達観してはいない。達観した大人達が俺と同じ状況に陥って割り切る選択肢を絶対に取るとは思わないけど、それでも俺は自分の意思で貞操を喪失するまでの間は護り続けたいと思う。誰だよ、チキン野郎と言った奴は。絶好のチャンスじゃないと言った奴は、是非とも代わってくれ。なんなら代金だって払うぞ。


「そう言う仕事がやりたいんですよ。……そっち系は素人の俺にとって難易度が高すぎる」

「そうかい? あなた、見た目が男っぽいから直ぐに人気が出ると思うんだけど……」

「はい?」


 ちょっと待って欲しい。いま、見た目が男っぽいからと言わなかったか?

 もしかしてこの人……。俺が男だと思っていないとでも。


「男っぽいじゃなくって、本物の男性ですよミーナさん」


 ミーナさんの言葉に「クス」と笑い声を零したクスハさんが、俺が男性であると教える。


「なんだって? 私が知る限り、こんな若い男はスイカップに存在しないと思ったけど……。って、この国の人間ではないんだったわね。そうか、男か」


 なんか、肌が突き刺すような視線を感じる――と、言うよりか品定めするように足首から頭にかけてじっくりねっとり見られている。


「未経験と言ったけど、もしかして童貞なのかい?」

「グフッ」


 心臓に抉り込むような口撃を貰いました。これが言葉の暴力というのか。


「ど、ど童貞で何が悪いんですか。この歳で童貞なんて当たり前でしょ? そうでしょう。ねえ」

「えっと……」


 そこで目を逸らさないで、クスハさん。

 ここは素直に「そうですね」と相槌を打つ場面でしょうに。


「この国では十四を過ぎたら、大抵の子は子作りに励んでいるのよ」

「なにそれ。うらやま――ゲフンゲフン。けしからん。十四と言ったらまだまだ子供じゃないか。そんな歳から普通にやっているのかよ、この国は」


 危ない危ない。また、本音が出てしまった。

 けど、マジかよ。いくら男の出生率が下がっているからと言って、そこまでする必要がどこにあるんだよ。まあ、男が生まれなくなってしまったら必然的に滅亡の道を歩む事になるから致し方がない所もあると思うが、それはないんじゃないか。


「そう言う事だから、あんたもさっさと童貞を捨ててこの国の為に子作りに励む事をお勧めするわよ。なんなら、クスハにでも貰ってもらったらどうかしら? この子、乱れる時は凄いわよ」


 す、凄いですと。



 ゴクリ。



 思わず、生唾を飲んでしまった。


「あ、あはは。それは今後ゆっくりと考えて決めたいとおもいます」


 あ、危ない危ない。ここで下手な事を言ったら、確実に強制イベントが発生するところでした。男として夢のようなシチュエーションだと思うけど、何度も言うように初心者には荷が重た過ぎる。


「そうかい? けど、あまりゆっくりと考えている暇はないと思うわよ。貴方が男と知ったら、きっと今のようにゆっくりとできないと思うから」


 ……そうでしょうね。

 そうならない様にお祈りを申し上げたいところだ。

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