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就活中

「……はぅ」


 これでリリスが朝食時に溜息をついたのは五回目である。


「リリス。貴女、食事中に溜息をつくのは止めなさいと言ったでしょ。毎日言わせないでよね」


 一緒に食事を取っているエリスさんの注意が入る。練習が上手くいかなく落ち込んでいる娘に対して辛辣な言葉と思えなくないが、これが毎日続くと思うと流石にエリスさんのように呆れ顔を見せてしまうかもしれない。


「ま、まあ。改善点が分かっているんですから、今はそれを治す事だけ考えればいいんじゃないですか」


 踊りにしろ何にしろ一長一短で得られるものではない。

 今は見直す点がはっきりと分かっているのだから、それに力を注いで治せばいいのこと。

 聞くところによると、リリスは朝昼晩と練習を欠かさずやっているらしいから、いずれは努力が報われるはず、と思いたい。


「それがそうもいかないのよね」

「と、言いますと?」

「近い内に、期末考査があるのよ」

「期末考査?」

「簡単に言うとテストよテスト。リリスは今までの考査が平均点以下なのよ」

「ちょ、お母さま。そんな事をシンヤに言わなくてもいいじゃないですか!」


 自分の汚名を軽々と言った母に叱責するが、エリスさんはそんな彼女を無視して話しを続ける。


「練習は見たのよね。この子、魔法とダンスを両立出来る器用さがないのよ。だから、必ずと言っていいほど、どちらかの点数が五割以下の評価になってしまうのよね。前回は魔法点が五十点中十点だったのよ」


 ちなみに、平均点数は魔法点が三十二点。ダンス点が三十七点だったらしい。

 対してリリスは、ダンス点は四十六点と高得点にも関わらず、魔法点が十点で平均点数を下回っていたのこと。確かに朝の練習を見たら、そのような結果になってしまうのも頷ける。


「ほんと、いったい誰に似たのかしら」

「不器用と言う点でしたら、お母さまに似たと思いますよ」

「あら、私の何が不器用と言うのかしら?」

「よく言うよ。料理をすれば材料は消し炭になるし、裁縫すれば両方の裾を縫い止めてしまう。これで不器用でないとすれば何なんでしょうね」

「リリス。貴女、お小遣いが欲しくないようね」

「人質を取るなんてずるい。撤回を要求するわ」


 ぎゃーぎゃ、わーわと騒ぎ始める二人。日常茶飯事なのだろうかエリスさんの斜め後で待機していたクスハさんも動く様子がない。


「まあまあ、お二人とも。せっかくの食事が冷めてしまいますから。それに、あまりゆっくりしていますと、遅刻するのでは?」


 はっと我に返る二人。

 二人はこれからプティーズ専門学校に通わなくてはいけない。リリスは学生として、エリスさんは教師として。故に朝の貴重な時間を親子喧嘩で費やしている余裕は二人にはなかった。

 リリスとエリスさんはお互いに頷きあい、出された朝食を口に頬張る。淑女としてそれは如何なものか、と諌めたい所であるが事情が事情な為に見なかったことにした。


「ごちそうさま。あ、クスハさん。今日は残って練習するから、夜練はアカデミーでするわ」

「畏まりました」

「あんまり根を詰めすぎて身体を壊すなよ」

「分かっているわよ。あっ、そうそうシンヤ。この学生服どう? 似合っているでしょ」

「あー。うんうん、似合っている。リリスは何を着ても可愛いから似合っているよ」

「なんか、物凄く棒読みに聞えたんですけど」


 だって、棒読みだし。

 第一に今言った言葉は全て本音だ。いま来ているブレザー系の制服も大変似合っている。

 しかし、それを大げさに褒めたり、照れた様な反応を見せたら確実に茶化して来るはずだ。そうなったら、確実にエロ方面へシフトチェンジするに違いない。確実に疲労は蓄積されて理性が磨り減ってしまう為、回避出来る事案は回避するべきだ。


「気のせい気のせい。それより、早く行かないとやばいんじゃない?」

「……え。もうそんな時間? 急いで行かないと。じゃあ、お母さま、シンヤ。みんな、行って来るわね」


 わたわたと駆け出していく。リリスの姿が見得なくなるまで頭を下げていたメイド達一同の大半は自分の仕事場に向かうのだろうか、主であるエリスさんに一礼してその場から消え去っていく。いま、この場にいるのは俺を含めるとエリスさんとクスハさん、そして俺専用として傍にいるイリスさんだけになる。


「さて、私もそろそろ行きましょうかね」


 食後の飲み物――恐らくコーヒーだと思うが――を飲んでいたエリスさんが立ち上がる。それに合わせてクスハさんも彼女の持ち物を差し出した。


「ありがとう、クスハ。そうそう、あなた。少しは休みを取ったらどうかしら? 最近、ちっとも休んでいないそうじゃない」

「ありがとうございます、奥様。しかし、勤めがある以上じゃ軽々しく休むわけには参りません」

「そう言うと思ったわ。それじゃあ、リリスが帰って来るまでの間、シンヤ君の案内をしてくれないかしら? 彼、この国のことまだ全然分かっていないでしょ」

「奥様がそう仰るのでしたら」

「決まりね。シンヤ君、どうかしら?」

「むしろ、こちらからお願いしたかったことです。ご配慮、ありがとうございます」


 ここにしばらく住む以上、この屋敷以外の場所も見て回りたいと思っていたところであった。エリスさんの申し出は素直にありがたかった。


「決まりね。クスハ、少し耳を貸しなさい」

「はい? なんでしょうか」


 手招きをしてクスハさんを傍まで近寄らせる。どうやら俺達に聞かれたくない内容らしく、クスハさんの耳元へ口を寄せて小さく囁いている。


「なっ!?」


 内容を聞いたクスハさんは大きく目を開けて驚愕の声を上げる。いったい、彼女に何を言ったのだろうか。悪い予感しか感じないのは気のせいだよな。

 エリスさんは楽しげに――いや、悪戯を思い浮かんだ子供の様にニヤニヤと表情を緩ませて、クスハさんの肩に手を置く。そのとき、綺麗な笑みを浮かべて「がんばりなさいよ」と激励をした意図を簡単に読み取れたのは言うまでもないだろう。


「と、言うわけでイリス。今日はシンヤ君の事はいいから、買出しをお願いするわ」

「畏まりました、奥様」

「詳細はクスハに聞いてね。それじゃあ、クスハ。後の事は頼むわよ。それと頑張りなさいね」

「お、奥様。そのような事を急に申されましても――」

「今日は貴女の番。明日はイリスの番、この意味は分かるわね?」

「……わ、分かりました。ご期待に備えるように頑張ります」

「えぇ。頑張りなさい。朗報を期待しているわね。それじゃあ、シンヤ君。私もそろそろ行くけど、遠慮しないで何かあったら彼女達に言ってね。屋敷内も気軽に使っていいから」

「ありがとうございます。気をつけて行ってらっしゃい」


 魔法を行使したのだろうか、忽然と姿を消すエリスさん。こう言うとき、魔法って便利だよな。使えば一瞬で移動できるんだから遅刻する事など滅多にないだろう。俺も使えれば色々と便利だったんだけどな。


「さて、イリス。そう言うわけですから、あなたは調理班へ赴き必要な食材の買出しをお願い致します。その後は追って指示いたしますので終わり次第連絡をお願い致しますね」

「はい、メイド長」

「それでは、シンヤさん。朝食が終わり次第、スイカップの案内を致します。何か、リクエストが御ありでしたら仰ってくださいね」


 リクエストか。そう言われてもこの国、スイカップに何があるかまるっきり分からないからな。見たいところねぇ。


「そうですね。とりあえずは――」


 俺は、これからの生活を考えて真先に決めなくてはいけない事をクスハさんに相談したのであった。




――***――




「……中々いい所が見付かりませんね」

「いやいや、クスハさん。貴女わざとやっているでしょ。大体、なんで紹介してくれる仕事が全部脱衣系なんですか。おかしいでしょ!?」


 さも不思議と言いたげに首を傾げる彼女にツッコミを入れざるを得なかった。


「しかし、お給金は中々のものだったでしょ? 他の仕事に比べても悪くない額だったと思いますよ」

「そうだけど、そうですけど。だけど、こう言ったらなんですけど、あそこらで働いていたら貞操の危機なんて騒ぎじゃないですよ。完全に搾り取られますよ。店長達の視線が腰より下に集中していた事に気付かないとでも思っていましたか」


 あれは完全に獲物を狙った捕食者の目だった。あのまま、あそこらで働いていたら瞬く間に喰われていたと思う。何が喰われたとは言わないけど。


「けど、シンヤさん。男性で職に付くのは中々難しいんですよ」

「そのようですね」


 俺は今後の事を考えて、ただで居候をするのに気が引けたから少しでも生活の足しになりたくてクスハさんに働き口を紹介してもらっている。けれど、魔法も禄に使えない俺は店の人達からしてみれば戦力外であるらしく、難しい顔をして首を横に振られてしまう。

 俺が満足に働ける場所となってしまうと、飲食店かホストぐらいだそうだ。料理も満足に出来ない俺にとって必然と出来る仕事はホスト系だけになる。


「何かありません? その便利屋みたいなのか、冒険者ギルドのようなのは」


 ないよな。そんなお約束な施設があるならば、真先に紹介してくれると思うし。


「冒険者ギルドが何なのか分かりませんが、ギルドならありますよ」

「やはり、ありません……ってあるじゃん!」


 え、あるの?

 RPG系ファンタジーでお馴染みのような施設が。なんだよ、それなら早く言って欲しかったな。


「それならそうと、なんで始めに言ってくれなかったのですか」

「……えっと、そんなに入りたいのですか? ギルドに」

「当たり前なことを聞かないでくださいよ。召還系ファンタジーと言ったら、ギルドに入るのは定番中の定番なんですよ」

「はぁ。そうなんですか?」


 どうにもクスハさんは分かっていないようだ。本来、俺の様な余所者が生きて行く為にはギルドのような仕事斡旋所に加入しなければならない。実績や資格がない以上、その二つを養う為にもギルドに入って腕を磨く必要がある。


「そうと分かったら、早速向いましょう。今すぐ行きましょう」

「そ、そんなに入りたかったんですか? そこまでしなくても、お金の心配をする必要はないのですが」

「ただ養ってもらうのは男としてのプライドが許せないんです。働き口があるならば、確りと稼がないと」


 何より、ギルドに入れば何かしらの変化があるかもしれない。

 あのまま、シルフィード家の屋敷でお世話になるのも悪くないけど、それだとただのヒモだ。何より、鍛えておかないともしもの時に絶対に困ると思う。主に体力方面で。


「いいですけど、あそこほど貞操の危機に近い場所はないと思うんですけど、大丈夫なんですか?」


 俺の熱意が通じたのか渋々ながらギルド方面へと歩み出してくれる。

 けれど、ギルドが貞操の危機に一番近い場所とはいったいどう言う意味であろうか。


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