リリス舞う
クスハさんからプティーズの説明を聞きながら待つこと数分、リリスがイリスさんを引き連れて現れたのであった。
「おはよう、みんな」
「おはようございます、お嬢様」
「おはようさん、リリス。……って、なんちゅう格好をしているんだ、お前さんは」
「え? なにかおかしいかな?」
「おかしい、おかしくないと言われたらおかしくないけど……」
むしろ、かわいいと言えよう。
けど、トレーナータイプのユニフォームにプリーツタイプのミニスカート姿、いわゆるチアリーダーを思わせる服装をいま着る必要性が感じられない。練習なんだから本番用のユニフォームだと思う格好にならなくてもいいと思うのだが。
「練習なんだから、本番用の格好にならなくてもいいんじゃないか?」
「ちょっとした気分転換よ。それに、これは以前使ったからもう発表考査で使うことはないしね。それよりどう、これ?」
「どう、とは?」
「似合っているでしょ? これ、結構お気に入りなんだよね」
「そう言うことか。うんうん、似合っているよ」
似合わない訳がない。
むしろ、スカートの丈が短すぎるから気がついたら視線が下がりそうで困るぐらいだ。
ちょっと捲れたら確実に下着が見えるだろうけど、アンダースコートはちゃんと着用しているんだよね。てか、この世界に見せパンなんてあるのかな。
「お嬢様。そろそろ始めませんと……」
「そうね。それじゃあ、クスハさん。頼めるかしら? みんなもよろしくね」
リリスの言葉を切欠にこの場にいたメイド全員が動き始める。俺はリリスの邪魔にならないように彼女を見守っているクスハさんの横に立ち、見守る事にした。
「それじゃあ、今日は一通り流してやってみようかな。みんな、お願いね」
頼まれたメイド、リリスを囲む様に四方八方に立つメイド達が両手を突き出した体勢のまま、こちらに視線を見やる。どうやら彼女達はクスハさんの命令を待っているらしくその意図を直ぐに察したクスハさんは、軽く頷いて彼女達に始める様に促したのであった。
「それでは、始めます。お嬢様」
一人のメイドに言われ、頷いて了承の意図を見せる。主の許可を確認したメイド達の掌に淡い光が生み出され、両隣にいるメイド達へ飛来する。互いに飛来する光の球体がぶつかり合うと壁に変化する。
「八門障壁、完了いたしました。お嬢様」
「ありがとう」
「なあ、クスハさん。今の魔法はどんな効果があるんだい?」
当たり前のように魔法を展開した彼女達に理解力が追い付かない俺は、隣にいるクスハさんに解説を求める事にした。
「いま、彼女達が使用した魔法は八人で行う結界魔法の一つ、八門障壁です。プティーズの練習は色々と危険が伴う為、必ず結界を使用しなくてはいけない決まりがあります」
「危険とは?」
「今の魔法は殺傷能力が高いものはありませんが、安全とも言い難いのも事実。特に練習の場合は失敗する可能性も高いですから――」
「失敗しても第三者に危険を及ぼさない様にする必要がある、と。そう言う訳か」
「その通りです。それに八門障壁は、騒音及び振動対策が備わった優れものです。早朝及び深夜の練習には必須魔法スキルと言えますね」
「なるほど。それじゃあ、ここから本番と言うわけか」
準備が整ったのを確認して、リリスは大きく両手を広げる。
「おいで」
リリスの呼び掛けに答える様に、両手にいままで存在しなかった羽毛扇が出現する。
愛用の道具を取り出したところを見ると、いよいよ始まるようだ。リリスも大きく深呼吸をして気持ちを整え、勢いよく跳躍したのであった。
「……いきなりバク宙か。なかなか激しいな」
最初の跳躍はバク宙をする為の振りだったようだ。バク宙後、ステップに合わせて足を高く上げたり、開脚しながら跳躍すると言った最初から激しい動きが見受けられる。
「お嬢様は基本的に跳躍と回転系の技を好みますので」
「なるほど。けど、少しペース配分が甘くないか? 最初から飛ばしすぎだと思うんだが」
一種目の制限時間がどれほどのものかは分からないけど、今のまま続けたら一分も継続するのも難しいと思われる。何せ、ただでさえ大技の宙返りや身体を大きく見せるような跳躍技を駆使している。ダイナミックで見ごたえがあるけど、このままクオリティを維持しながら踊り続ける事は出来ないだろう。
「慧眼お見それします。今のままでは既定時間の半分も踊る事は難しいです。それに加えてお嬢様は少しばかり不器用なもので」
「ん? それはどう言う意味だ?」
「お気づきになりませんか? 未だにお嬢様は魔法を使われていない事に」
「……あ」
確かにリリスが魔法を使った様子は一度も見受けられない。
「つまり、どう言う事だ?」
「プティーズは魔法とダンスのコラボレーション。どちらが欠けても意味がありません。これが発表考査だったならば、お嬢様の魔法点は芳しくないでしょうね」
プティーズの評価基準は大きく分けて四つ。魔法による技術と芸術点。ダンスによる技術点と表現力の合計点によって競われるらしい。
リリスは魔法とダンスどちらも潜在的能力は低くはないのだが、クスハさんが言うに同時にこなす器用さがないらしい。ダンスに専念したらダンスに、魔法に専念したら魔法に意識が集中しすぎてしまって、もう片方が疎かになるとのことだ。
「お嬢様。魔法が疎かですよ」
「……っ!?」
クスハさんに指摘を受けて初めて失敗に気付いたのだろうか、彼女の羽毛扇に淡い光が包まれ始めていく。大きく上半身を捻ってトリプルアクセルを披露する。その時に魔法を発動させたのだろう。彼女の周りには鳥の羽根らしきものが舞うのだが――。
「えっと……」
「失敗ですね。本来ならば無数の白い羽根がお嬢様を中心として舞い上がる予定だったのですが」
「出現した翼の数は十枚足らずだし、色は様々。舞い上がる予定が舞い落ちたしなぁ」
「はぁはぁ。し、失敗かぁ」
今の演技の失敗を期にリリスの動きが止まる。まだ半分以上の時間が残っているにも関わらず、彼女の額からは滝の様に汗が流れ落ちており、呼吸も乱れに乱れている。これではクオリティを維持する所かパフォーマンスを遣り通す事すら怪しいな。
「お嬢様。一度、休憩にしましょう」
「え? まだ、一回しか踊っていないのに?」
流石に少し甘すぎる気がする。身体を動かすパフォーマンスならば、身体に染込ますぐらい踊り続ける必要があると思うのは俺だけだろうか。
「シンヤ様が仰る事は最もですが、まずはご自身の動きを見詰めなおしていただきます。ただ闇雲に練習しても無意味だと思いますので」
「なるほど。口を挟んで悪かった。続けてくれ」
クスハさんは八門障壁を解く様に指示を出し、呼吸を整えているリリスに歩み寄る。
「いやはや、仕事熱心な事で。まるでクスハさんはコーチって感じだな」
「そうですね。クスハさんも金銭的に余裕があれば、間違いなくプティーズになれたと思うんですよね」
「昨日も似たような事を言っていたけどさ。プティーズってそんなに金がかかるのか?」
「はい。それはもう――」
イリスさんが言うにはプティーズは多額な費用が必要になるらしい。発表考査の度に衣装を新調しないといけない暗黙なルールがあるらしく、プティーズを目指すものは限られてくると言われている。
「そんなに高いのか? プティーズで使用されるコスチュームって」
「そうですね。一着で貧困層の三人家族が一月は安心して暮らす事が出来ますかね」
「たかっ!? 価格設定がどれほどか知らないけど、高くない?」
「そうでもありませんよ。魔法に耐えられる特殊の素材を使っていますから、大半がオーダーメイドになります。トッププティーズの方々はそれこそ、一着に三人家族が十年ほど過せるような資金を注ぎ込んでいますから」
この世界の通貨が分からないが、プティーズを続ける事は想像を絶する程の大金が必要みたいだ。と、言う事はなにか。いまリリスが来ているあれもそれぐらいのお値段がかかっていると言うのか。興味本心でイリスさんに聞いてみたが、彼女は苦笑いを浮かべて。
「そうですね。私のお給金が軽く三年ほどなくなってしまうと思います」
その事実を聞いて、驚きを隠せずにいられなかった。
「シンヤ様。どうやら打合せが終わったみたいですよ」
リリスの服装で多大なショックを受けている間、指導を終えたのだろう。クスハさんが軽く一礼をしてリリスから離れると直ぐに八門障壁を展開させて練習の準備に入る。
「それじゃあ、テイクツーいくよ」
打合せをした影響か、少しばかり瞳に秘められた輝きが強くなったような気がする。気迫も充分伝わってきているから、打合せのおかげでギアが上がったのだろう。
リリスは同じ様にバク宙を始める。今度は魔法を使うことを忘れていなかったようで、バク宙に合わせて真紅の羽根が宙を舞い、火花のように弾け散る。だが、出だしは好調だったのだがその後のステップが僅かながらリズムが崩れていたし、足を上げる動作も初めと比べると低すぎる。
「今度は魔法にとらわれすぎたのかな、あれ」
「そうですね。私が始めに魔法を使うことを忘れてはいけないと言ったのが、いけなかったのでしょうか」
確かに今回は魔法に関しては素晴らしいと言えなくもない。羽根を主体とした魔法構成は芸術的にも高いと思うし、踊りのタイミングに合わせた発動させる技術も及第点以上。けれど、クスハさんが言うとおり、今度は魔法を念頭においてしまった精でダンスが疎かになりがちであった。最初のダンスと比べても動きが鈍かった。
「これは予想以上に難儀しそうだな」
それから、インターバルを利用して何度もクスハさんと緻密な打合せをして練習を行ったのだが、彼女の完成形を拝む事は出来なかった。けど、何度も何度も諦める事無く努力を積み重ねる姿勢に少しばかり胸が熱くなったのは言うまでもなかった。




