夢と練習と
不思議な夢を見ている。何を言っているのやら、と呆れながらツッコミをする者もいるかもしれないが今起っている出来事を一言で表すとそれしかいいようがなかった。
「夢はその人間の深層意識を映し出すと言ったものだが、これはないだろう」
夢にも関わらず体力が回復するどころか余計に疲れていく気がする。
これが夢であると断言できるのは訳がある。訳なんて難しい言葉を使っては見たものの、目の前に俺と思われる男性がファイティングポーズを取って戦闘態勢になっているのを目の当たりにしたらこれが夢であると考えなくても分かるだろう。
てか、何やっているの俺は。一回も喧嘩らしい喧嘩をしたことないはずなのに、やけに堂に入った構えで相手を睨みつけているんだけど。
「あらあら、困った子ね。たかだか人間がこの私に勝てると思っているの?」
どうやら夢の俺は、不敵な笑みを浮かべて見下ろしている女性と争っている様子。フリルをふんだんに使ったドレス姿の女性は、これまたフリルで装飾された傘を窄めて先端を夢の俺の後にいる女性に向ける。
「貴女……にも関わらず、ただの人間に助けられて恥かしくないの? ……なら、潔くこの私に倒されなさい」
途中、ノイズのようなものが走り女性の言葉を上手く聞き取る事が出来なかったが、夢の俺はどうやら一人の女性を助ける為に暴力沙汰に巻込まれたようだ。
「あいにく、俺はあんたらの言うただの人間じゃないんだよね、これが」
対して夢の俺は、目の前の女性が宙に浮いているはずなのに動揺すら見せないでいた。まるで、目の前の珍体験に慣れている様子だ。
「あら、面白い事を言うのね貴方。それじゃあ、何者だと言いたいの?」
「はは。あんまり自慢出来るようなことではないが、これでも世界を救った人間だぞ」
自慢げに胸を張る痛々しい夢の俺を見て思わず――。
「まさかの厨二病!?」
自分に向けてツッコミを入れながら、ベッドから勢いよく起き上がったのであった。
――***――
「……うつだ」
まさか、あんな夢を見るなんてどうかしている。確かに中学ぐらいまでは自分は周りの人間と違って特別な人間だと妄想していた事があった。
けれど、現実は妄想のように甘くないことを知った俺は、直ぐに厨二病を卒業したはず。
「夢に出てくるということは、未だに厨二病が治っていないのかよ。やばい、死にたくなりそう」
夢だと分かっているけど、厨二病にかかった自分を客観的に見ると痛々しいにも程があった。「これでも世界を救った人間だぞ」と胸を張る自分の姿は滑稽すぎる。
「はぁ。無性に喉が渇いてしまったな。水は――」
「どうぞ、お水です」
「ああ。ありがと……う?」
額から流れる寝汗を拭った後、目の前にコップ一杯の水が手渡される。お礼を言って受け取るのだが、そこで初めて自室に誰かが侵入していたことに気づいたのだった。
「飲まないのですか?」
「いや。ありがたく貰うよ」
コップを受け取り、一気に流し込む。渇きが満たされて行くのを感じながら水を飲み干すと、飲み終わったと同時にコップを引取るイリスさんであった。
「あの……。なんでいるの?」
時間を確認する方法はないけど、日が昇りつつある事からまだ起きるのには早い時間だと思われる。それにも関わらず、当たり前のようにイリスさんが俺の目の前にいる。
「何でって、メイドとして当然ですよ。まあ、思った以上に起床が早かったので少し慌てましたが」
「そうみたいだね」
よくよく観察すると確かに少々寝癖が目立つし、着用している服もメイド服ではなくってネグリジェと思われる寝巻き姿であった。
下着の時の話でも思ったが、イリスさんは扇情的な姿を好む傾向が強い。薄らと肌色が見えるからシースルー風なのだろうか。先日揉んだイリスの双子山が薄らとであるが見えてしまう。朝からこのような先制パンチを受けたら俺の理性様は簡単にノックダウンしてしまう事だろう。よかった、朝の生理現象が発生しなくて。
「そんなにねっとり見てどうなさったのですか?」
「え、いや。あの……」
無意識にマジマジとイリスさんを見てしまったようだ。
何て言って言い分けをしようか思考を働かせて口にする。
「イリスさんの寝巻き姿に見蕩れてしまっていただけですよ」
マテやコラ。
なに当たり前のように口説いているんだ俺。
不意打ちの指摘にテンパるのは分かるけど、それはあまりにも逆効果だろ。
「あ、ありがとうございます。普段は寝巻きなんて着ないのですが、そう言ってくれるなら今後も着ようかな」
「へぇ。そうなんだ」
うん。
気になるワードが聞えたけど、追求したらきっと拙い展開になるよね。
「それはそうと、シンヤ様。こんなお早いお時間に起床なされてどう致しました? まだ、ご起床なされるお時間ではないのですが」
「ちょっと夢見が悪くてね。思わず起き上がってしまったんだ」
二度寝しようにもイリスさんと言う覚醒剤のせいで、完全に目も冴えてしまったし。
「そうでしたか。それでは、お茶でもお入れいたしましょうか」
「そうだな。ありがたく頂くよ」
転移魔法を使ってティーカップ類を調達しに行くイリスさん。何もその程度の事に魔法を使う必要はないと思う。
「お待たせしました」
必要な食器類等を持ち込んで再び出現する。同時に着替えてきたのだろう。昨日と全く同じメイド服を着用したイリスさんはテキパキとお茶の用意を始める。
「今日は私がブレンドしました緑茶にして見ました」
「へぇ。そんな事も出来るんだ?」
「はい。私の趣味と言いますか、取りあえず召し上がってください」
まさか馴染みのある緑茶をこの世界でもいただけるとは思っても見なかった。
昼食と夕食を頂いて大体分かったことだが、この世界の主食は小麦粉類である。具体的に言うならばパン食が主体であった。
嫌いではないけど日本人として、やはり食事に米は欠かせない。一日そこらで和食が恋しくなる事を考えると、この先が大変不安に感じるがその点はおいおい何とかしたいところである。
「では、いただきます」
イリスさんが入れたお茶をすするのだが、
「にがっ!? 苦すぎる」
予想以上の苦味に耐えかねてカップを遠ざけた。
茶道に出されるお茶は渋みが強いと聞いた事があるが、きっとこれよりも苦くはないだろう。砂糖の一杯や二杯注ぎたいところであるが、あいにくそんなものは用意されていない。
予想した反応と異なったのか、イリスさんは慌てて自分の分のお茶を口に含む。
「す、すみません。どうやら配分を間違えたみたいです」
直ぐに代わりのものを、と言って片付け様とするけど、流石にこれから別のものを用意してもらうのも心苦しいので笑顔を繕ってやんわりとお断りを入れておく。これはこれで充分カンフル剤の役目を果たしてくれた。
「それよりも、いまの時間はどれぐらいか分かるかい?」
この部屋はおろか屋敷内にも時間を確認できる時計は存在しなかった。所有していた腕時計で時間を確認する事は可能だけど、指し示している時間が正しい保障はない。出来ればこちらの世界に合わせて時間を再設定したいところだ。そうすれば今回のように早すぎた起床のせいでイリスさんに負担をかける事も少なくなるはずだ。
イリスさんは「えーと、いまは……」と口にしながら、テレビジョンを起動させる。
いま、何もしないで起動したんですけど。昨日みたいに手を叩く必要はないんだろうか。
「おはようございます。本日のニュースは――」
一瞬、昨日の二の舞になるのではと身構えてしまったけど、映し出された内容は本日の天気事情とニュースの類であった。朝っぱらから昨日のような番組が移し出されたら、確実に俺は干物になってしまうだろうな。なぜかは絶対に口が裂けてもいえないけど。
「いまは――時――分ですね」
イリスさんは画面右上の端に表示されている数字を指差して、現在の時刻を告げる。
俺は机に置いた腕時計を取り出して、表示された時刻に合わせた。これで時間が分からないと言う問題が解消されて安心した。
「それって、時間を確認する腕輪だったのですね」
「そうだよ。腕時計といって、文字通り腕につける時計なんだ。この世界では時間を確認出来る方法はこれしかないのかい?」
だとしたら、時間を確認する手段がテレビジョンのみと言うのは大変不便なはず。
「あるにはありますが、基本的には魔力を使わないといけないのでシンヤ様がお持ちの腕時計よりかは利便性に欠けますよ」
どうやら時間を確認するにも国指定の魔法を使わないといけないらしい。
いま、テレビジョンで表示されている時刻はある特殊の魔法を使って時間を数えているらしいとか。その為に個別で時間を確認する場合は、指定された手段でのみ閲覧する事が許されている。
「利便性かける云々よりも、それって継続的に使うから直ぐに魔力が空っぽになる気がするぞ」
「そうですね。ですから、三十分で必ず交替する様にしているらしいですよ。緊急時に備えられるように予備の人達も確保しているとか」
「魔法も意外と不便なんだな。俺の腕時計を見たらその人達はどう思うことやら」
「そんな事をしたら、彼女達が路頭に迷う事になりますからやらないでくださいね。っと、もうこんな時間になってしまいましたか」
テレビジョンに表示されている時間を見て、イリスさんは使ったカップを片付け始める。
「申し訳ありません、シンヤ様。これからお嬢様の練習の準備をしないといけないのですが――」
「俺の事は気にしなくていいぞ。それよりも練習ってなんの?」
「はい。プティーズの練習です」
「あぁ。魔法を使った創作ダンスだっけか。どんなものか見物してもいいかな?」
「はい。きっとお嬢様もお喜びになるかと思いますよ」
「それを聞いて安心した。実は、プティーズを聞いてから少なからず興味があったんだよね。どんなのか、楽しみだ」
期待に胸を膨らませながら、用意された衣服を取り出して着替えの準備を始める。
何を思ったのか、上着を脱いだだけでイリスさんは鼻を押えて、何かに耐える様に堪え始めたのであった。
この場合、何を想像したのかとツッコミを入れたら負けなのかな。負けなんだろうな。
――***――
シルフィード家にとって、リリスの朝練は恒例行事みたいなものだろうか。彼女が練習場に使っている庭に足を運ぶと、クスハさんを初めとした大勢のメイドさんが待機していた。
「おはようございます、シンヤ様」
俺の姿を最初に確認したクスハさんが挨拶を交わすと、他のメイドさん達も同じ様に頭を下げて挨拶をする。
「おはようございます、クスハさん。精が出ますね。よければリリスの練習を見学してもいいかな?」
「勿論です。きっと、お嬢様もお喜びになることでしょう」
「それを聞いて安心したよ」
「宜しければ、お嬢様が来るまでプティーズについてご説明致しましょうか」
「それは助かるな。聞いた話しによると魔法を使った創作ダンスと聞いたけど――」
「そうですね。要約しますとその認識で間違いありません」
クスハさんの話だとプティーズは三種目に分かれているらしい。
一種目は、個人パフォーマンス部門。決められた時間内で魔法を駆使しながら、観客をどれだけ魅了させるか競い合う競技である。
個人パフォーマンスを複数人で同時に行う競技が団体パフォーマンス部門と呼ばれている。
そして、最後の種目はバトルとパフォーマンスを同時に要求されるデュエルパフォーマンス部門。こちらはタイマン状態でどれだけ華麗にバトル出来るかを競い合う競技であり、スイカップで一番流行っている競技であるとのこと。
「なるほどね。ちなみにリリスは個人パフォーマンス部門志望かな?」
「ゆくゆくはデュエルパフォーマンスに参加したいと仰っていましたね」
「なるほど。それで、リリスの実力ってどれほどなの?」
「それは……」
聞いてはいけない事を尋ねてしまったのか、言葉を濁すクスハさん。
どうやらクスハさんの様子を見る限り、リリスの実力はそれほど高くないらしい。
プティーズがどう言った競技か未だによくは分かっていないが、微力ながら助力出来ればいいな。




