プロローグ1
千面鏡のハチという二つ名はいつからか東京全土の不良、あるいはその類の人種なら、誰もが知っているほど広まっていた。
建設中の工事現場の一角で今日もまた頻繁に見られる喧嘩が勃発していた。全方から3人、右側後方から一人、よく連携の取れた動きで鋭い敵意をむき出して一人の青年に襲いかかる。
対する青年は、今だ身構える様子はなく、迫り来る男たちを見ていた。
身長170センチ後半、さほどガタイが言い訳ではないが、しっかりと筋肉をまとっている。
少し長めの黒髪を風が揺らすと、アイドルの様に格好良さと可愛さがうかがえる。
先に飛びかかったのは、右後方の男。少し飛び上がりつつ右ひじを弓を放つ前の様に引き上げる。青年の顔面に向けて放たれた右ストレートは、とても素人とは思えないほど綺麗なフォームだった。
しかし、その拳は青年に触れることはなかった。青年は、体を少し開き重心を微かに下げる。その最小限に抑えた構えを一瞬見せた。その次の瞬間には飛びかかった男は、青年の中段への回し蹴りにより、まるで虫が叩き落とされたかの様に地面へ叩きつけられる。
青年が今放った蹴りは、刀の様に鋭く的確に隙のできた右脇腹に入り、すぐさま戦闘不能状態へと誘う。
前方から襲いかかる3人は、焦りの色を浮かべるが、何とかそれを払いのけ青年に襲いかかる。
先頭の男が右ストレートを放つ。この攻撃も消して、質が悪いわけではない。相当な喧嘩慣れをしていなければ繰り出せない、威力を持っている。
次から次へと繰り出される拳や蹴りは一度も青年に当たることはなかった。
驚くほど、小さいモーションで攻撃をかわす青年の顔には、焦り一つ感じられない。
繰り出された拳。それを綺麗にカウンターを入れていく。的確に一人、また一人と地を這う。
最後に残され他男が、方を大きく上下させ、途切れ途切れに言葉を発する。
「………っ…なんだ…お前…バケモンかよ… 」
「んーそうかもなー」
行き一つ切らさずに気の抜けた返事を返す青年。
「参った…このとうりだ。加藤 航太を今日からあんたの舎弟にさせてくれ。」
「んー無理。めんどくさーい」
男の急な手のひら返しに適当に対応する青年。
「頼む!いや、頼みます!」
「嫌だってば」
何度もせがむ男に少し苛立ちの色を浮かばせる。
「せめて名前だけでもおしえてくれないか?」
「騰背 瑛斗17歳。それ以上の情報は事務所通してねー」
と、軽く上段を交えあしらうと夜の街へ消えて行った。
「あんたが千面鏡のハチ…本当にバケモンだったわけか…」
顔を腫らした男がポツリと呟くと何処からかサイレンの音が聞こえ、足早に仲間を担いで立ち去った。




