プロローグ
放課後のチャイムが鳴り響くと、俺はいつものように鞄を抱えて教室を後にした。
行き先は決まっている。市の大きな図書館だ。
俺の名前は大友 伊織、本を読むのが好きだ。静まり返った書架の間に身を置き、開いたページの中に広がる未知の世界へと没頭する。
友達は決して多くはないが、正直なところそんなことは気にしていない。クラスメイトと取り留めのない会話を交わすよりも、物語の言葉に耳を傾けている時間の方が、俺にとっては断然楽しかったからだ。
今日もまた、慣れた足取りで図書館の重い扉をくぐる。
静けさに包まれたいつもの特等席に腰を下ろし、借りていた本を開く。文字を追うごとに、周囲の雑音が遠のき、集中が深まっていく。静寂の中だからこそ、読書はどこまでも捗る。
こんな穏やかな時間が、いつまでも続いてくれればいい――ふと、そんな思いが頭をよぎった。
あの日が、来るまでは。
「……っ!?」
突如、視界に異変が起きた。手元で開いていたはずの本から、黒いインクの文字が急速に消え去っていく。まるで物語そのものが消去されているかのように、ページが真っ白へと塗り潰されていくのだ。
それと同時に、館内のあちこちから短い叫び声が上がった。
「何だ……これ!?」
驚いて顔を上げた瞬間、俺は息をのんだ。窓から差し込む光も、慌てふためく周囲の人々の姿も、まるで世界全体が真っ白な空間に呑み込まれたかのように、ピタリと動きを止めている。空気の揺らぎさえ消え失せ、空間そのものの時間が停止してしまっていた。
どうなってるんだ?
混乱する俺の思考を切り裂くように、直接頭の中に声が響いた。
『こっちだ』
「!? 誰だ……?」
『こっちだ』
声に導かれるように後ろを振り返ると、そこには空間が歪み、ぽっかりと不気味な「穴」が空いていた。時間が止まった白銀の世界の中で、その穴だけが異彩を放ち、どこか別の空間へと通じているように揺らめいている。
よく分からない。けれど、この異常事態の理由を知るには、そこに行くしかない。
俺は状況の解明を求めて、とっさにその謎の穴へと足を踏み入れた。
――この日が、俺のありふれた「日常」の最後の日になるとは、この時の俺は思いもしなかった。




