銃声
ドン! ドン! ドン!
「ナギさん、正確に撃ちますね」
バックミラー越しに、次々とゴブリンが地面に転がっていく様子を見ながら、タナベさんは感心したように言った。
「ああ、俺より銃の腕が良い」
俺は前方を注視したまま、短く返答する。
ナギは手際よくハンドガンから空の弾倉を抜き取り、カーゴパンツのサイドポケットに雑に突っ込むと、予備の弾倉をグリップに叩き込んだ。ジャキッ、と小気味いい金属音が狭い車内に響き渡る。
ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
俺はバックミラーに目をやり、ゴブリンの数を確認した。ナギの射撃でそれなりに減ってはいるが、茂みから湧き出してきた群れの残党は、依然としてしつこく背後を追いかけてきている。
次の緩い右カーブを曲がれば、整備された国道に出られるはずだ。そこではハンターギルドのジジイ共が、手ぐすね引いてゴブリンどもを待ち受けている。散弾銃や大口径のライフルを抱えたあのベテラン連中が放つ鉛玉の破壊力は、九ミリパラベラム弾の比じゃない。
「ナギ! ナギ!」
俺は大声で助手席のナギに声をかける。
「なに?」
ナギは耳にかけたヘッドホンを片方だけずらし、サンルーフから顔を出したまま答える。
「終わりだ、座ってくれ」
「はーい」
ナギは素直にサンルーフから身体をひっこめ、「よっこらしょっと」と緊張感のない声を上げながら助手席に座り直した。
「やっぱ豆鉄砲だったなぁー」
ナギはそう呟きながら、ハンドガンから弾倉を抜き、スライドを引いて薬室に残っていた一発を綺麗に吐き出させた。手慣れた手つきで残弾処理をこなしていく。
「ライフルのが良いか?」
「当然」
ナギは鼻を鳴らし、取り出した弾丸をポケットに仕舞い込んだ。
緩いカーブを曲がり切り、国道の広い片側二車線に出た瞬間に、俺は静かにクラッチを踏み込み、ギアをサードから四速へと滑り込ませ、アクセルを踏み込む。
背後のゴブリンとの距離が二十メートル、三十メートルと一気に広がっていった。
視界の先に、この命がけの作戦のゴールが見えてくる。対向車線に横付けするように停車している三台のハイエース。その百メートルほど向こう側には、白い車体に赤色灯を載せた救急車が一台待機していた。
道路の両端には、重厚な猟銃を構えたギルドのジジイ共がずらりと陣取っている。
「よし……」
俺は深くため息をつきながらアクセルを緩め、反対車線のハイエースの脇をすり抜け、軽自動車がラインを越えた瞬間、背後で耳を突き刺すような激しい重奏の銃声が弾けた。
ジジイ共の一斉射撃だ。九ミリ弾とは比較にならない破壊力。
十秒もかからぬうちに追撃してきたゴブリンの大半が血煙を上げて倒れていく。生き残った数匹は怯えた悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように山の中へと逃げて行った。
「テツさん、腰悪いのに来たんだね」
ナギがシートを振り返り、窓の外を見ながら言った。
「あの人、人助けが趣味みたいなもんだからな」
俺は苦笑交じりに答え、車を救急車のすぐ脇に停車させた。
ギアをニュートラルにし、サイドブレーキを引く。急いで外へ飛び出し、後部座席のドアを大きく開けた。待ち構えていた救急隊員たちが即座にストレッチャーを寄せ、手際よく作業に入る。
「すいません、大丈夫ですか?」俺はタナベさんに声をかけた。
「はは、ちょっと酔っちゃいました」タナベさんは笑いながら答える。
タナベさんは少し青ざめた顔で額の汗を拭うと、すぐにプロの顔に戻った。
「頭気を付けてね」
「はい、一・二・三!」
隊員たちの掛け声とともに、毛布でぐるぐる巻きにされたおばあちゃんが後部座席から慎重に引き出され、ストレッチャーの上に寝かされた。
続いて車から降りたタナベさんが、救急隊員へ素早く申し送りを始める。
「麻酔を打ったのは約十五分前、移送中に頭部は打っていませんが、外傷の確認までは出来ていません。既往歴についてはご家族からの申し送り通りです」
看護師らしい無駄のない的確な伝達に、隊員たちも「了解しました」頷く。
「すいません、タナベさん。後で病院に迎えに行きますんで、あの、搬送先分かったら連絡ください」
俺が声をかけると、タナベさんは少しホッとしたような笑みを浮かべた。
「はい、承知しました。お気をつけて」
タナベさんが救急車の後部に乗り込むと同時に重々しいドアが閉まり、赤色灯を回転させながら、サイレンの音とともに救急車が国道を走り去っていった。
嵐のような騒がしさが去り、静けさが戻ってくる。
俺はフラつく足取りで運転席に戻り、ドアを閉めてシートにもたれかかった。
緊張の糸がぷつりと切れた瞬間、腹の底から急速に冷たいものがこみ上げてきた。心臓が早鐘のように鳴り響き、ステアリングを握っていた両手が震えだす。
「ナギ……」
俺はかすれ、震える声で助手席のナギに助けを求めた。
ナギは携帯を弄っていた手を止め、俺の顔色と震える手元をじっと見つめる。
「ん? あー、0.5? 1ミリ?」
「……一ミリ」
「はいよ」
ナギは嫌な顔一つせず、足元に転がっていたリュックのジッパーを開けた。中から慣れた手つきでシート状の錠剤と、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出す。
パチン、とアルミを押し破り、錠剤を二つ、俺の震える掌の上に乗せてくれた。
「ありがと……」
俺は震える手で錠剤を口の中に放り込み、ナギから受け取ったペットボトルの水を喉奥へ流し込む。胃に冷たい水が落ちていく感覚がした。薬が効き始めるまで、だいたい十分から十五分といったところか。
目を閉じ、深く息を吐き出そうとしていると、運転席の窓ガラスをコンコンとノックする音が聞こえた。
俺は震える指先でパワーウィンドウスイッチを押す。
窓の外には、タバコをくわえた親父が立っていた。ギルドの現場指揮を終え、鉄パイプのような腕を組んでこちらを見下ろしている。
「そろそろ引き上げるぞ。お前、大丈夫か?」
親父は俺の青ざめた顔と、膝の上の震える手を見ながら言った。
「……平気」
俺は必死に声を張り、震える声で短く答える。
親父はフッと鼻からタバコの煙を吐き出し、あきれ顔で短くため息をついた。
「ならいいが。無理そうならナギに運転変わってもらえ」
そう言って親父が背を向けかけた瞬間、助手席のナギが呑気な声が車内に響いた。
「あたし、AT限定」
「……お前なぁ」
親父は呆れて肩をすくめ、俺たちのオンボロ軽自動車を置いて、自分の車の方へと歩いて行った。




