第48話「ジョーカーを切り合えば」
アヴァロンの内部は、さながらSF映画に出てくる宇宙コロニーだ。
円筒形の内側に、広い大地が大自然を広げている。驚くことに、外から計測された以上の面積だ。恐らく、アヴァロンの外と中では物理法則が違うのかもしれない。
そして、澄み渡る湖の畔に神殿のような施設がある。
その上空を旋回しながら、エディンは慎重に"エクスカリバー"を操った。
「姉さん、周りを見てて。さっきのドラゴンみたいなの、ああいうのに襲われちゃ厄介だ」
「そこはほら、男の子なんだから『一狩り行こうぜ!』くらいは」
「悪いけど僕は、狩人じゃなくて兵士なんだよね」
「うわ、かわいくなーい」
それでも、心は騎士でありたい。
オーレリア女王とウルスラ王国のために、身を粉にして戦いたいのだ。
エディンは一人のパイロット、たかが一戦術単位でしかない。乗ってる"エクスカリバー"がどれだけ驚異的な性能をしていようが、戦場ではただ一機の機動戦闘機でしかないのだ。
戦いは、数だ。
そして、次が質である。
心構えや意思、勇気などは大局に対してあまりにも無力だ。
だが、それがなければ戦えないのもまた、人間だとエディンは思った。
「着陸してみよう、姉さん」
「ほいほい、おっけー。脚だけ出す例のやつ?」
「そう、それ」
「横着してるみたいで好きじゃないのよね、あれ」
ゆっくりと高度を落としつつ、"エクスカリバー"のエンジンブロックが分離、移動する。一度パーツごと本体を離れたそれは、脚部に変形して磁力で再合体した。
なにかと便利で、本来は想定されていなかった運用形態である。
さながら、戦闘機に両足が生えた状態で、飛行形態と機兵形態の中間的なものだった。
だが、ホバリングしながら着陸を試みた"エクスカリバー"を殺意が貫いた。
「ッ!? 姉さん、着陸中止!」
「えっ、なになに? 今、なにが――キャッ!」
姉らしからぬ可愛い悲鳴が響いたが、それを茶化す余裕がエディンには持てなかった。
突如、遠距離からの狙撃を受けた。
それも、空気を沸騰させるビームの光だ。
即座に機体をロールさせながら、失速状態で地面に急降下。同時に、草原の上でエディンは両足によるタッチ・アンド・ゴーを決めて空へと駆け上がった。
機動戦闘機でなければ、間違いなく墜落していた。
そして、敵が姿を現す。
「やれやれ、またあいつか。つくづく腐れ縁だね」
そこには、漆黒の機動戦闘機が機兵形態でビームキャノンを構えていた。
間違いない、セルジュの"ハバキリ"だ。先程のフル武装形態、"アメノハバキリ"ではないようで、しかもその挙動は妙だ。
エディンは、本能的に危険な違和感を感じ取る。
そして、通信回線から響く声は息を荒げて苦しそうだった。
『よぉ、エディン……エディン・ハライソ。決着、つけようぜ……ッ!』
「セルジュ、君は」
驚いたことに、セルジュの"ハバキリ"がビームキャノンを捨てた。
そして、翼のパイロンに装備された斬磁場刀を手に取る。雌雄一対、二刀流……その刃を抜き放つや、鞘を捨てた。
"ハバキリ"に搭載された斬磁場刀の鞘は、それ自体が無線誘導で飛翔する浮遊砲台だ。火力は高くはないが、死角に潜り込んでの射撃が厄介な兵装である。
それを、セルジュは自ら捨てた。
エディンは、それで全てを察した。
「……セルジュ、だったね。死ぬ気かい?」
『それでオヤジが勝てるならな! ……けど、今はもう、それもどうでもいい』
「どういう心境の変化かな。投降するなら命は保証するし、軍事法廷で弁護士もつけるけど?」
『生き恥はさらさねえ! ……どの道、もう長かねぇよ。けどなあ!』
一瞬、二刀を構えた"ハバキリ"が消えた。
反射的にエディンは、急上昇で雲を引く。
だが、"ハバキリ"はありえない機動力で機兵形態のまま追ってくる。そのスピードは、空気抵抗の中で発熱に赤く光っていた。
エアブレーキを兼ねて機体を立てて、即座にエディンも変形。
とりあえず翼にぶら下げてた超磁力セイバーを、すぐにエリシュが回してくれた。
剣を装備し、切り結ぶ。
肉薄の距離で二機の機動戦闘機が鍔迫り合った。
「ッ! なんだ? こんなパワーが……"エクスカリバー"が当たり負けするのか」
『これが、俺の切り札っ! エディン、お前だけはあ! 俺がっ、叩き潰す!』
すぐに後部座席で、エリシュが情報収集を始める。
だが、数値化するまでもなく、"ハバキリ"からは異常なパワーが溢れ出ていた。
そして、その強大過ぎる力が自身をも壊してゆく。
刃を交えるエディンには、それがはっきりと感じられた。
もはや相手は、セルジュは……勝利など欲してはいないようだ。ただ、決着を……エディンとの一騎討ちの勝敗だけを貪欲に求めている、そういう気迫が伝わってくる。
「セルジュ、君は」
『お前は殺すっ! 絶対に、倒すッッッッッ! ……でなきゃ、俺がただの道化になっちまうからよ。オヤジに星を取らせる、そう誓った俺がよお!』
「なるほど、捨て身か。命を捨てて挑んでいる訳だね」
『おうよっ! この命っ、捨ててこそお! 浮かぶっ、瀬もあれ!』
"ハバキリ"の甲高い駆動音は、まるで断末魔の悲鳴のようだ。
そして、その意味を背後のエリシュが教えてくれる。
「エディン、あいつのパワーが普段の1.5倍は出てる。磁力炉のオーバードライブと同時に、制御系のリミッターを外したのかも」
「そんなことをしたら」
「そうね、もって数分てとこじゃない? どする? 逃げ回れば勝手に自滅するけど」
「……相手は捨て身だ。けど、僕は死ねない。陛下のためにも、姉さんや仲間たちのためにも」
「だよねー? うんうん、いい子いい子。んじゃま、離脱して――」
だが、その時エディンは"エクスカリバー"を強く前へと押し出す。
息を飲む姉の気配をよそに、エディンは出力全開を愛機へと念じた。
救国の騎士王が、そのパワーを解放する。
『へへっ、そうこなくっちゃなあ!』
「……勘違いしないでほしいな、セルジュ」
『あぁ?』
「君やシヴァンツが、好き勝手やって好きに死ねると思わないでほしいってことさ」
『ッ――だったらよぉ、最後まで殺し合おうぜっ!』
「それも断る。僕は……オーレリア女王陛下とこの国のために、生きてやることが山程、あるっ!」
まさしく狂戦士と化したセルジュの"ハバキリ"が手数で圧してくる。その斬撃は、両腕の肩や肘、そのジョイントを解除して伸びてくる。
機動戦闘機の機兵形態、その関節部は磁力で接合されているに過ぎない。
そして、リミッターを解除した"ハバキリ"の磁力炉は、多少ならばジョイント同士が離れても磁力でそれを結びつけて操っているのだ。
通常よりも不規則に、そして無軌道に伸びる剣閃。
それをエディンは、丁寧に処理して捌きつつ機会を伺った。
「エディン、ちょっと! 機体への負荷が! まじゲロやばいって!」
「わかってる! けどっ、僕は……嫌だッ!」
「エディン、あんた……」
「戦って死ぬなんて、許せない。僕も、彼もだ! 僕はもっと、これからもウルスラの未来を見たいし、それがいいものであるために働きたい。そして彼には、裁きと償いが必要なんだ」
だが、流石の"エクスカリバー"もパワーで押され始める。
トータルの出力ではこちらが上でも、瞬間的な最大出力はあちらが圧倒している。それは、散りゆく間際の刹那の力。蝋燭の炎が消える間際に、一際激しく強く燃える光に似ていた。
その強撃が連続して襲い来る中で、エディンは剣を振るう。
ここで退いたら、自分を許せなくなる。
勝てば官軍で、この戦いは勝負ですらない。
それでも、この国を戦火に放り込んだ人間には、陶酔感に満ちた美学など与えてはいけないのだ。セルジュには聴取したいことが山程あるし、それはシヴァンツも同じである。
殉教者として死なせはしない。
奴は、奴らは、国と民が見守る裁きの場で断罪されるべきなのだ。
「ふーん、そっかぁ……エディンさあ、変わったよねー?」
「なにが!? 姉さん、今ちょっと忙しいんだ! 暇なら手伝ってよ」
「んー? やってるよん? ツインドライブフル稼働、出力120%。ダメージコントロールも完璧だけど、まー、あれだねえ。結構関節部の加熱が気になるかな」
「この"エクスカリバー"を持ってしても……でも、倒す! 限界を超えて自壊する前に、墜とすっ!」
「うんうん、それなー? んじゃま……お姉ちゃんに任せなさいって。さっきさ、言われたっしょ? 切り札だって。……見せてやろうじゃんか、こっちの鬼札もさあ」
不意に、"エクスカリバー"が静かに空中を数歩下がった。
それをコントロールしたエリシュが静かに囁く。
「ツインドライブ、並列稼働中断……直列運転っ! やっちゃえ、エディン!」
"エクスカリバー"に搭載された二基の磁力炉が、吼え荒ぶ。先程とは明らかに違う力が、騎士王の全身に漲ってきた。
常時二基の磁力炉を同時稼働させることで、"エクスカリバー"は常軌を逸したパワーを誇る。それは、磁力炉だけでも、巨大な空母を浮かせて飛ばし、山越えをさせるだけのパワーを持っているのだ。
それを今、一時的に並列運転から直列運転に切り替える。
プラス炉とマイナス炉、二つで一つのツインドライブを……それ自体を一つの巨大な磁力炉に変える禁断のプログラムがリリースされていた。
『な、なにっ! お前もリミッターを? いや、これは――』
「これが、僕の――」
「アタシたちのっ、切り札っしょー! だらっしゃああああああっ!」
雄々しく叫んでいるが、両手を振り上げるエリシュはなにもしてなかった。
ただ静かに、淡々とエディンは"エクスカリバー"の暴力的なフルパワーを制御する。背に煌めくオーロラのマントは今、膨れ上がって巨大な翼となって羽撃いた。
そのまま"エクスカリバー"は、"ハバキリ"を横薙ぎに一閃。
一撃にしか見えない無数の連撃が、"ハバキリ"から完全に戦闘力を奪い去るのだった。




