第25話「エンカウント・デュエル」
――高度70m。
恐らく世界中のあらゆる艦船が経験せぬ、この空こそが未知の海域。
深度70mではない……航空母艦クィーン・オブ・ウルスラは空を飛んでいた。
その飛行甲板で、エディンは冷たい風に吹かれていた。先程ロシアの戦闘機を叩き落としたため、攻撃してくる気配はない。そして、下はもう陸地……ロシア海軍のミサイル駆逐艦は既に遙か後方だ。
今、エディン達が運んできた特別な磁力炉が、巨大な方舟を飛ばしている。
「よ、よぉ、エディン」
「ん? ああ、姉さんならお手洗いだけど」
「じゃなくよて!」
エドモン・デーヴィスも流石にド肝を抜かれたようだ。
なにせ、高空母艦が空を飛ぶというのは、前例がない。
しかし現実には、眼下の小さな港町に影を落として、クィーン・オブ・ウルスラは飛行中だ。
「特別な機材なんだ。新型の磁力炉でね。八神重工の極秘技術が使われてる」
「さっき運び込んだやつか。サイズは普通だったが……どうなってんだ、浮いてるんだぞ?」
「この艦自体に搭載されているのは、通常のタイプを大型化、高出力化したものだけどね。でも、新型は違う……信じられるかな? ツインドライブによる擬似反重力だそうだよ」
正直、自分で言っててもエディンだって信じられない。
まるでSFかアニメの世界の話である。
だが、謎の新型磁力炉をエディン達は実戦で使った。宣戦布告と同時に、四方八方からウルスラ王国へと撃ち込まれた、大小様々な中距離弾道ミサイル。その全てが、強力な磁気嵐で瞬時に吹き飛んだ。
その奇跡を演出してみせたのが、例の新型磁力炉である。
「通常の機動戦闘機に搭載されてる従来型は、炉心にS極とN極がある。でも、ツインドライブ型は違うらしいよ。ツインで、それぞれS極の炉心とN極の炉心、二つあるんだ」
「それで、このデカブツが飛んじまうってか……恐ろしい話だな」
「うん、怖いね。本当に恐ろしいよ」
山越えに備えて、少しずつ艦体は上昇を始めた。
そして、エディンは言葉に出さず胸中に再度呟く。
――本当に恐ろしい。
現時点で磁力炉は、この世界で唯一のシンギュラリティ……技術的特異点と呼べる代物だろう。機動戦闘機の技術は、軍事先進国であるアメリカやロシアの何十年も先をいっている。
単純なキルレシオでいえば、機動戦闘機を撃墜可能な兵器は存在しない。
唯一、同じ機動戦闘機以外には、ありえないのだ。
「エドモンさん。少し……調べてもらってもいいですか」
「ん? なにがだ、ボウズ。ほかならぬエリシュの弟の頼みだ、なんでも言えよ」
「お言葉に甘えて。……八神重工を少し、調べてほしいんです」
「八神重工だぁ? そりゃ、お前……穏やかじゃねえな」
エドモンのおちゃらけた雰囲気が霧散した。
この男は商人、それも世界を股にかける事業家である。投資や先物取引、交易に慈善事業と、手広くやっている。そんな彼等の最強の武器、それは情報だ。
近代の戦いにおいて、情報の有無は勝敗を分かつ。
それは、こと商売に関しても同じなのだ。
「八神重工は、六華のようなIQの高い子供……先天的な天才児を集めて、兵器開発を進めていた。そして、今や世界の敵であるウルスラ王国に供給している」
「おう、それな。連中も実験兵器の実働データが取れて、王室から金もガッポリ……それじゃ腑に落ちないかい?」
「……敵にも、少数ながら機動戦闘機がある。交戦もしたし、開発が別系統だとしても」
「おだやかじゃねえ話だ。なら、中で話そうかね? ちょいと風も冷たくなってきたからよ」
だが、張り詰めた空気が警報音に沸騰する。
突然のサイレンは、敵襲を示すものだ。あっという間に、甲板上が慌ただしくなる。先程エディン達が運んできたコンテナが、開封した後に中身を移動させて放置されている。
エディンの愛機MCF-1X"カリバーン"は、機兵形態で片膝をついていた。
急いで機体に駆け寄り、ついてきたエドモンに振り返る。
その向こうに、慌てて走ってくる姉のエリシュが見えた。
「エドモンさん! とりあえず連絡は僕の個人アドレスに。暗号化を忘れずにお願いします」
「わーった! 貸しにしとくぜ、ちゃんと返せよ!」
「姉さんとのデートくらいなら、いくらでも」
「っしゃあああああ!」
ガッツポーズのエドモンに、やってきたエリシュが小首を傾げた。
そんな二人を尻目に、エディンは腕時計型の端末を操作する。
無人のまま自動で立ち上がった"カリバーン"は、目の前でホバリングするや変形する。変形と言っても、全身がバラバラになって再合体するので、どちらかと言えば組み換えである。
完全な戦闘機、空戦形態になった"カリバーン"が、車軸を降ろして着地する。
すぐにエディンは、エリシャと共に飛び乗った。
「ねね、エドモンとなにを話してたの?」
「ん? ああ、エドモンさんがね、姉さんはかわいいって」
「知ってるわよ」
「あ、そ……食事に誘いたいって。たまには付き合ってあげてもいいと思うけどな」
「そうねぇ……イタリアンか中華なら! あ、でも和食にも興味あるわ」
「……なんか、僕……いたたまれなくなってきたよ」
苦笑しつつ、手早く機体をチェックする。
先程飛んできたばかりなので、まだ機体は温まったままだ。瞬時にコクピットの内壁が、そのまま全周囲モニターとなって風防の景色にリンクする。事実上、ガラスに覆われ中に浮いてるかのようになった。
エリシュも口ではスキヤキがどうとか言いながらも、仕事は早い。
あっという間に、離陸の準備が完了した。
そのまま係員の誘導で、カタパルトへと機体を動かす。
ヘルメットの無線越しに、艦長を名乗る老人のしわがれた声が響いた。
「艦長のオルソン・ブレイクじゃ。ボウズ、もうトンボ返りかね」
「お客さんみたいですしね。招かれざる客ならば、女王陛下に近付ける訳にもいかないかと」
「うん、そうじゃな。借り物の荷物は、ウルスラ王国についてからの返却で構わんかのう?」
「ええ。ただし無傷でお願いしますよ。まだ、この世に二つと無い代物らしいので」
タキシングで"カリバーン"がフラップをバタつかせる。
反応はいい。
機体の調子は上々で、完璧な整備がなされている。
そして、ちらりとエディンは向かう先を見た。
飛行甲板の向こう、飛び立つ空の途中に巨大な紋章が刻まれている。ウルスラ王家を示すもので、国旗にも刻まれているものだ。
なかなか派手でいい、マスコミ受けしそうだ。
内海の海軍といえど、空母を旗艦として艦隊を組むことになる。勿論、他の艦船は全て、中古の貨物船等を集めて改造したものだ。だが、機動戦闘機の運用上は問題ない。
「さて、じゃあ行きますか……姉さん、武装は?」
「あんな重いコンテナぶら下げて、ペイロードに余裕ある訳ないでしょ? ミサイルはナシ、50mmアサルトライフル"メデューサ"が残弾80発ってとこね」
「やれやれ、参ったな。固定機銃の20mmは?」
「ん? ああ、装弾し忘れてた。空っぽ! わはは!」
ウルスラ王国を出る時、少しバタバタしていたから無理もない。
僅か百機に満たない"カラドボルグ"で、絶え間ない防空戦闘を強いられているのが現状だ。残念ながら、相手は数が尋常じゃない。地球の全てを敵にするというのは、圧倒的な物量にさらされることでもあるのだ。
「んじゃま、斬磁場刀て大立ち回りといきますか」
「おーう! 磁力炉出力安定、コンディション・オールグリーン。カタパルト接続完了」
エディンも空母からの発艦は初めてだが、シミュレーションで何度か手順は確認している。
ちらりと外を見て、何かを叫んでいるエドモンに親指を立てた。
瞬間、フルスロットルを叩き込む。
係員のゴーサインと同時に、電磁カタパルトは"カリバーン"を射出した。
あっという間に、周囲の景色が後方へと吸い込まれてゆく。
同時にレーダーは敵意を捉えてけたたましく鳴き出した。
「あっ、このあいだの"ハバキリ"ってやつだ」
「これで三度目か……よし、しまっていこう」
「おうよー! ま、でも……三度目の正直って言葉、あるよね」
「二度あることは三度ある、とも言うけど?」
「あ、それ! それ採用! ってことで、やっちゃえエディン!」
敵は一機、どうやらスクランブルで上がってきたらしい。
まさか、敵も考えもしなかったのだ。
空母がそのまま浮かんで、空を飛んで山越えするなどと。アルプス超えのハンニバルも真っ青の作戦だが、これにはエディンの張り巡らせた軍略がある。
緒戦で列強各国の侵攻を阻止し、ギリギリの防衛戦闘でウルスラ王国は戦線を維持している。世界中が意外に思った筈だ……北欧の弱小国が、どういう訳か世界中を相手に負けていない。勝てる見込みはないのに、戦い続けている。
今、世界では多くの人間が首を傾げている筈だ。
そんな今だからこそ、目立つ作戦で話題にならなければいけない。
敵が攻め難い世論を作り、オーレリア女王陛下の外交チャンスを作る。
それもまた、エディンが彼女の騎士として切り開くべき勝利への道だ。
「ミサイル、撃ってこないね……このままだと、5秒後に接敵。3、2、1――」
互いにかき乱した空気の層を纏って、衝撃波と共に擦れ違う。
ベイパーコーン越しに、エディンはデルタ翼の"ハバキリ"を背後に見送った。恐らくあっちは、胴体内のウェポンベイにミサイル等を装備するタイプだろう。"カリバーン"よりもステルス性に重点を置いたデザインは、今は『見えない戦闘機』をやめていた。
左右の翼にパイロンで、剣らしきものがぶら下がっていた。
瞬時に直感する……あれは、刀、太刀だ。
「やれやれ、本当にチャンバラする羽目になりそうだ」
ふと、疑念が脳裏をよぎる。以前、空中での格闘戦を演じた時、敵の機動戦闘機が繰り出した刃は普通のものだった。人型形態の大きさに作った、普通のナイフだったのだ。
では、今はどうか……斬磁場刀の可能性はないだろうか?
それも文字通り、刃を交えてみないとわからない。
ドッグファイトを世界中の人間が格闘戦と呼ぶが、機動戦闘機にとってそれは読んだ字そのままの近接戦闘を意味するのだった。




