第15話「王の決意、騎士の覚悟」
ウルスラ王国に二つしかない空港は、多くの外国人でごった返していた。
その中を今、ターミナルから滑走路へとオーレリアは降りる。
振り返れば、搭乗便の離陸を待つ旅人達の表情は硬い。誰もが慄き、逼迫の空気に身を縮こまらせているのだ。
先日、オーレリアは国内の外国人に退去勧告を出した。
皮肉にも、そうした職務を全うしてくれる宰相シヴァンツが既に姿をくらました後だった。
同時に、国民に対しても第三国への避難を無償で行っている。
小国ウルスラに、この出費は痛い。だが、民を守り国を治める者として、オーレリアは決断した。国土を最後まで守ると誓っても、その決意を民に押し付けることはできない。
「去る者は追わず、か……確か、日本のことわざでしたね」
すぐ側を歩く護衛のアシュレイが「左様にございます、殿下」と小さく頷く。
去る者は追わず、どころではない。
個人的には、去らぬ者さえ追い払いたい。
無理矢理にでも、これから戦場になる国から追い出したいのだ。
だが、オーレリアは正式に王位を継いでいないとはいえ、この国の元首だ。自分一人でも国土を守らねばならぬし、国を守るために残った者達をも守りたい。その流血の代価を、払える全てで贖わなければならない。
ふとオーレリアは、簡素なスーツ姿で帽子を押さえた。
見上げれば、低空飛行の機動戦闘機が編隊を組んで飛び去る。
父の名をもって命名されたこのレオニダス空港には、王国海軍の臨時基地があった。滑走路の片隅を借りた仮住まいで、量産型のMCF-1A"カラドボルグ"が訓練を重ねている。
格納庫へと入れば、すぐにオイルと火薬の臭いがオーレリアを包んだ。
整備中の機動戦闘機を見やりながら進めば、人だかりが騒いでいる。
「おいおい、まじかよ……お姫様はやる気ってことだな!?」
「だろうよ、だーから俺等が雇われたんだろうが」
「一回飛ぶのに幾らもらったと思ってる? へへ、ここいらが命の捨て時よ。それだけの額を頂戴してるだろうが」
「なーに、わからんぜ? "カラドボルグ"に乗ってると今までの翼が色褪せて見える」
「そういうこった。……飛ぼうぜ! この空でたんまり稼いで、伝説にでもなって……あとは、悠々自適の生活さ。俺等は傭兵、好き好んで戦争してこうぜ」
パイロット達は皆、小さなテレビを囲んで気炎をあげている。
その背を見守り、オーレリアはしばし黙って見詰めるしかできなかった。
彼等は傭兵、金で雇われた戦争の犬だ。そして、金と言う名の餌があるかぎり、皆がこの国を守って戦ってくれる。志や心意気ではない……皆がその身に宿した経験と技術で、投資するに値するビジネスだと判断してくれたから参集しているのだ。
その中で、珍しく女性のパイロットスーツ姿が振り返る。
確か、この山国に海軍をと奇策をでっちあげた少年の姉だ。
「ん? あ、あれ!? え、ええーっ!? オーレリア殿下じゃん! 何で?」
「ごきげんよう、エリシュ・ハライソ。海軍の皆様もご苦労様です。このオーレリア、皆様の助力を嬉しく思います」
男達も、エリシュの声に振り向いた。
そして、誰もが等しく目を丸くする。
当然だ……彼等がオーレリアの周囲に集まったことで、今まで注目を集めていた古いブラウン管型のテレビ画面が顕になる。
そこには、もう一人のオーレリアが記者のインタビューに答えていた。
『では、オーレリア殿下……国連の査察受け入れを拒否なさったんですか?』
『ええ。正式な手続きに則り、査察の必要がない旨をお伝えしました。また、現在軍事行動を開始しているロシア及びNATO各国に対しても外交努力を続けています』
『ウルスラ国民の全ての者が今、疑問に思っています。何故、世界はこの小さな観光地を』
『その件に関しても、現在調査中です。そして、経過報告を含む全ての情報を全国民に開示しました。実際に、私達にもわからないことが多過ぎます。しかし、一つだけ――』
オーレリアは画面の中の自分を見詰める。
そして、二人で一つの戦いを始めた同じ顔を心の中で支えた。
オーレリアの期待に答えるように、王国の姫君を偽る影が名演技を見せる。
『一つだけ、断言しましょう。古来より、国と民を守るのが王家の務め。そして、いかなる存在も我がウルスラを不当に侵略する権利を持ち得ません。そのことを知っていただくまで、あらゆる防衛措置を取らせて頂きます』
『そ、それは……戦争になるということでしょうか? だから、先日も外国人を』
『戦争回避のための国連査察受け入れ、そして武装解除という選択肢もありました。このウルスラは百年……百年間ずっと、軍隊のない国だったのです。しかし今、新たに創設された海軍の若者達が戦っています。すでに始まっている戦いは、私の全責任において平和が担保されるまで続くでしょう。本位ではありませんが、現状では最善と判断しました』
周囲の傭兵達も目を白黒させている。
その中から、オーレリアは二人の日本人を発見して歩み寄った。
長い黒髪に眼鏡の少女と、いかにも軍人といった風体の壮年の男だ。
名は確か、紫堂六華と五十嵐巌。
八神重工がよこした若き才媛と、航空自衛隊の三佐殿である。
「紫堂六華さん、そして五十嵐巌さん。このオーレリア、何とお礼を言ってよいか」
「え、あ、いや! 待って、今テレビに! 生放送で! ……え? 何なの? 双子?」
「心苦しいのですが、私の影を買って出てくれた者がおります」
「あ、ああ……影武者的な」
六華はどこにでもいる女学生のような少女だ。
リアクションも瑞々しくて、素直で明るくほがらかだ。彼女がIQ400の天才少女だという話、それ故に八神重工で幼い頃から実験動物同然に隔離されていたことも知っている。機動戦闘機という異次元の兵器の生みの親……母たる存在と言ってもいい。
だが、オーレリアにはごく普通の女の子に見えた。
自分が憧れる、自分ではなれない存在……ただの女の子だ。
「お二人にも外国人の退去勧告は届いているかと思います。明日の便の席を二つ取らせました。アシュレイ」
「ハッ! お二人には今までの功績への十分な……出来る限りのことをさせて頂きました。また、八神重工と日本の自衛隊、及び日本政府にも――」
だが、六華と巌は互いに顔を見合わせて笑った。
親子ほども年が違い、華奢な矮躯と大柄な巨漢が肩を竦める。
「五十嵐三佐、そういえばこないだ眠いこと言うメールが来てましたよね?」
「自分と六華君に、それぞれ自衛隊の幕僚本部と八神重工本社から」
「そうそう……それで? あらゆるデータを確保し、至急帰国せよ、だっけ? 返信は?」
「暗号化もせず、堂々と返しておきました。クソ食らえ、と」
「最高ね! そういう訳なの、オーレリア殿下。王立海軍に再就職したいけど、いいかしら?」
オーレリアは耳を疑った。
あくまで二人は日本人の協力者、善意と仕事で集まったスタッフである。
死ぬことまでが給料分という、傭兵とは違う。
それぞれに母国があって、そこに家族がいる筈なのだ。
そのことを口にしたら、六華が寂しそうに笑った。
「家族は八神重工に私を売ったの。それが五歳の時。ずっと研究室暮らしよ。でも、この国に……ウルスラ王国に来て、初めて私は外の世界を知ったわ」
「六華さん……」
「白い壁に白い天井、殺菌された空気しか知らない私にこの国は教えてくれた。美しい、美味しい、楽しい、嬉しい……感じることを。それが全てですから!」
「しかし、それでは日本と貴女の関係が」
「ま、八神重工からはお払い箱かも。せいせいするわ。それに……日本では昔から言うわ。去る者追わず来る者拒まずって。だから、拒む訳ないって思ってた」
「……拒めるものではありません。そう、そういう……続きのあることわざだったのですね。改めてお願いします、どうかお力添えを」
オーレリアは黙って頭を下げるしかなかった。
巌からも、自衛隊へ三行半を叩き付けたことを告げられる。彼は早くに妻を亡くし、三人の息子をPKO派兵で失った。全て、ウルスラ王国のような小さい国に武力介入があった、その紛争の中での殉職だったという。
「お二人に感謝を……そして、ご助力くださる全ての方に。あと……ごめんなさい。エディン・ハライソはどちらに?」
「ん、エディン? 奥にいるんじゃない? "カリバーン"の一号機をいじってると思う」
エリシュが親指でクイと指す方へと、オーレリアは歩き出す。
格納庫の奥には、マスプロダクトモデルである"カラドボルグ"の母体となった、実験機の"カリバーン"が三機並んでいた。その一機のコクピットに、上半身を突っ込んで作業中の姿がある。
足場に工具を乱雑に並べて、エディンはコクピットに頭を突っ込んでいた。
時々手だけを出して、とっかえひっかえ工具を掴んでいる。
オーレリアがアシュレイを待たせて近付くと、気配を拾って彼は顔を上げずに呼びかけてきた。
「ああ、姉さん? ごめん、今は手が放せないんだ。15mmのレンチを取ってくれる?」
すぐに手を伸ばすアシュレイを制して、オーレリアは工具を探した。
どれも同じに見えるが、よく見ればサイズが刻印されている。少し手間取ったが、15mmのレンチをオーレリアは差し出した。頭を逆さまに突っ込んだまま、エディンはそれを受け取り作業に没頭していた。
アシュレイが見兼ねて咳払いをするので、オーレリアは静かに声をかけた。
「エデインン・ハライソ、ご苦労様です。オーレリアです」
「……オーレリア殿下? 何で……王宮で取材に応じてるんじゃ。あ、それとすみません、スパナを取ってもらってもいいですか?」
元は近衛で直属の上司だったアシュレイが、珍しく苦虫を噛むような顔をした。
逆に、思わずオーレリアは笑ってしまう。
そうして工具を渡してやると、エディンは作業を止めずに喋り続けた。
「つまり、あれは影武者ってことかな。意外でしたが、必要だと思って僕からも意見具申しようかと。でも、それも出過ぎた話かなとも思って……ただ、イェスですね」
「イェス……肯定的と捉えてよいのですか? エディン」
「オーレリア殿下の持つカリスマというのは、ある意味で軍事力に換算できない僕達の戦力、その源なんです。ただ、オーレリア殿下は肉体を持つ18歳の女の子でしかない。オーレリア殿下をフル活用するにも限度があるでしょう? でも、影武者がいれば便利だし、不測の事態にも備えられる」
「……私もそう思えて、そのことを恥じています」
ようやくコクピットから這い出たエディンは、作業着姿で顔も汚れていた。機械油で黒ずんだ肌は、汗に濡れて光っている。
だが、それ以上に彼の瞳は強い光を灯していた。
まるで諦めを知らぬ不屈の精神が宿ったかのように輝いている。
オーレリアは一歩前に文出ると、その目を真っ直ぐ見据えた。そして、
既に決めたことを彼へと問う。
「エディン・ハライソ、貴方を私の騎士に……王室円卓騎士に任命します。今すぐこの場で叙勲を受け、ウルスラ王国にその身を捧げなさい。……こういう言い方しかできません、ごめんなさい……でも」
何も言わずにエディンはその場に跪いた。
彼へと差し出すオーレリアの手は震えていた。
なんて傲慢、そして厚顔無恥な自分なのだろう……自分は今、この国の最高責任者として若者に不可避の選択を突きつけているのだ。
オーレリアは自覚していた……私のために死ねと、エディンに言っているのだ。
だが、恭しく流麗な所作で臣下の礼をとりつつ、エディンは変わらぬ口調で飄々と呟く。
「オーレリア姫殿下、申し訳ありませんが……愛機の整備で手が汚れています」
「構いません。貴方の穢れは私の穢れ、貴方が手を汚す血の赤に、私もまた汚れましょう」
「……でしたら、誓います。いかなる血の代価を払ってでも……姫と国、民をお守りいたします。この命に代えて、必ず」
エディンはオーレリアが差し出した手を手に取って、唇を寄せた。
この日、古き中世の時代からウルスラの王室円卓騎士が蘇った。居並ぶ重鎮の中に、若きパイロットの名が刻まれたのである。
そして、後の世の歴史は永遠に記憶するだろう。
世界を相手に戦い筋を通して、国と民の為に戦った一人の美しき王女を。
その王女の騎士として、ウルスラ王国の空を血に染めた少年の名を。




