表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/25

第1話「プロローグ」

 とある式典の場で、ソ連大使がオーストリア大使にこう言いました。

「オーストリアにも海軍省があるんですか」

 オーストリアは海のない、内陸部の小さな国です。

 大国意識を丸出しにしたこの皮肉に、オーストリア大使は(こた)えます。

()()()()()()()()()()()()()()()?」




 御前会議(ごぜんかいぎ)は紛糾していた。

 (すで)に開始から三時間、話し合いは平行線のままで進展がない。

 まさしく、会議は踊るとはこのことだ。

 上座(かみざ)で優美な表情を崩さぬまま、オーレリア姫は小さな溜息(ためいき)(こぼ)した。父王が亡くなって半年、北欧の片隅にある最果(さいは)ての辺境(へんきょう)……ここは、ウルスラ王国。人口僅かに三百万人の小さな国だ。

 だが、第二次世界大戦終戦から百年の節目を迎えた今、岐路(きろ)に立たされていた。

 そして、目の前では相変わらず重鎮(じゅうちん)たちの応酬が行き交う。


「だから! 我がウルスラを守るべく、最も大事なのは陸軍! 陸軍である!」

(いな)っ、断じて否だ! 今の時代、航空戦力が肝要(かんよう)である。直ちに空軍の設立を!」

「貴様ぁ、わかっとらんな!? 最後は全て、着剣(ちゃっけん)した歩兵の突撃で決まるのだよ!」

「わかってないのはそっちでしょう! 制空権(せいくうけん)を守る手段もなくて、なにが陸軍か!」


 (つば)を飛ばし合う老人たちは皆、名だたる大臣や長老たちだ。その政治的な手腕は勿論、人格や教養についてもオーレリアは熟知している。皆、身を()にして国に尽くしてくれる忠臣たちばかりだ。

 だが、この場には残念ながら……軍事の専門家が一人もいない。

 オーレリアは本日何度目かの溜息と共に、冷めた紅茶で唇を濡らした。

 そんな時、側に控えて立つ男が耳打(みみう)ちしてくる。


「どうなさいますか? 姫殿下(ひめでんか)……いささか議論が空転しているようですが」

「よい。まずは双方、言いたいことを全て吐き出さねばならぬ。これは、ウルスラ王国が次の百年、次の次の百年を平和に生き残るための大事な話なのだから」


 男の名は、シヴァンツ。この国の摂政(せっしょう)である。まだ成人しておらぬ十八のオーレリアに代わって、国の内政を取り仕切る人物だ。オーレリアの後見人も務めており、その手腕は内外に高名を()せている。

 だが、秀才の(ほまれ)も高き名宰相(めいさいしょう)には、不思議と影を感じる。

 オーレリアは、シヴァンツを用いて頼るが、()()()()()()()

 亡き父の遺言(ゆいごん)が教えてくれた……王室はすぐ側に、国を揺るがし滅ぼさんとする奸物(かんぶつ)(ひそ)んでいると。物証を得ぬ限りはなにも言わぬが、オーレリアは警戒心を胸に秘めていた。

 そうと知ってか知らずか、シヴァンツが言葉を続ける。


「いっそ、どうでしょうか……殿下。永世中立(えいせいちゅうりつ)(うた)った先代、先々代の御意志を継ぐためにも、軍備など最初から永久廃棄(えいきゅうはいき)してしまっては?」

「シヴァンツ、それはできぬ話だ」

「平和な王国に軍隊などは、という声は、臣民(しんみん)の中にも多いと聞いております」

「それでもだ。スイスを見るがいい……()の国は永世中立国だが、自らの血と汗でその平和を守り、どこの国を敵に回してでも、中立を守る覚悟がある。故に国連にも加盟せず、軍事や国防に心血を注いできた。それこそ、真に平和を守る(すべ)に他ならぬ」


 あの有名な永世中立国、スイス……この国が実は、小さな軍事強国(ぐんじきょうこく)だという事実は知られていない。中立とは、どこの勢力にも(くみ)せぬこと……言い換えれば、どこの勢力にも頼らず独立を貫くこと。

 スイスでは一家に一丁、軍用ライフルの常備が義務付けられている。

 家族を持つ家長、(おっと)や父親は、有事の際に銃を持ち国を守るのだ。

 スイスの全ての学校は、地下に核シェルターがある。

 核攻撃にも屈せず抵抗し、国民を守る気概(きがい)があるからだ。

 古くはスイスは、傭兵王国(ようへいおうこく)と呼ばれた武門の国柄だ。外貨を稼ぐ手段が、他国へ兵力を供給する国家規模の傭兵しかなかった時代がある。(ゆえ)に、世界の数多の戦場で、雇われたスイス兵同士が殺し合うこともあったという。そうした悲劇を自ら選んで(なお)、列強ひしめく欧州でスイスは生き延びてきた。

 だが、ウルスラ王国は違う。

 ウルスラ王国はその特異な立場と立地故に、スイスとは違った形で永世中立を保ってこられた。そしてそれは、終わってしまったのである。


「シヴァンツ、EU各国やロシアとの相互不可侵条約……これの履行(りこう)を引き続き伸ばせる道はないでしょうか? 外交ルートを通じて交渉するよう命じた(はず)だが」

「はっ、残念ながら……先の終戦に際して、各国と結んだ一時的な相互不可侵条約。これは来年で締結(ていけつ)百年を迎えるため、もとより定められた期限を過ぎて失効(しっこう)いたします」

「近隣の全ての国との不戦を確約させ、破った国を他の全ての国が迎え撃つことを約束させた……その約定がもたらす庇護(ひご)が失われようとしている。そしてもう、それは永遠に戻ってはこぬのか」

左様(さよう)で」


 ウルスラ王国は、国境を接する国、およびその周辺国と相互の不可侵条約を結んでいた。それは、先の大戦でこの土地が、()()()()()()()()に見舞われたからである。

 世界は、ウルスラ王国に百年の平和を約束した。

 百年間、全く軍事予算を使わずにこの国は復興してきたのだ。

 そして、その平和が終わろうとしている。

 条約の失効と前後し、ウルスラ王国は百年ぶりに軍事力を持つこととなったのだ。

 だが、重鎮たちの意見は真っ二つに割れている。

 すなわち、陸軍を重視するべきか、空軍を重視するべきかである。

 オーレリアは形良いおとがいに手を当て、考え込む。


「ふむ……なにかよい考えはないものか」

「姫殿下、いっそこれを機に民主化などはいかがでしょう? 国を開き臣民……いえ、国民主権の新たな立憲君主制(りっけんくんしゅせい)を設けるのです。永世中立などと言わず、国連に加盟し多くの国と軍事同盟を結べば、あるいは――」

「それはならぬ、ならぬのだ」

「失言でした……(おお)せのままに、姫殿下」


 騒がしい会議が、一瞬黙ったのはそんな時だった。

 声が、走った。

 瑞々(みずみず)しくて、落ち着いた声音だ。

 決して大きくはない、叫んだり怒鳴ったりするような声色ではない。

 ただ、静かに繰り返しその声は言葉を(かたど)った。


「発言を許可していただけないでしょうか」


 それは少年の声だ。

 誰もが振り返る先で、一人の男子が歩み出る。

 近衛(このえ)の制服を着た、この場を警護する親衛隊の少年だった。彼は先程までドアの前に立って、不動を崩さず全てを見守っていた。だが、長い長いテーブルの向こう側に立って、オーレリアを真っ直ぐ見詰めてくる。

 彼を射抜いて串刺しにする老人たちが、一斉に紛糾(ふんきゅう)した。


「近衛の小僧が、不敬(ふけい)であろう!」

近衛長(このえちょう)を呼べ! 教育がなっとらん!」

若輩(じゃくはい)になにがわかる、黙って警護しとれ!」


 だが、厳しい声を浴びせられて尚、少年は(すず)しい顔をしていた。

 ただ、凛々(りり)しい表情で真っ直ぐオーレリアを見詰めてくる。

 (ひど)く不思議な、()んだ清水(しみず)のような表情だった。

 静かにオーレリアが右手をあげると、室内が静かになる。


「よい。発言を許す。なんなりと申せ」

「ありがとうございます、姫殿下」


 少年は一歩踏み出し、ぐるりと周囲を見渡した。

 そして、とんでもない言葉を言い放ったのだ。


「意見具申します。陸軍派の皆様も、空軍派の皆様も……()()()()()()()()()()()()()()


 誰もが黙った。

 重苦しい沈黙が一瞬、部屋の空気を支配した。

 そして、あっという間に爆笑が広がる。

 オーレリアも思わず(まばた)きを繰り返すしかない。

 冷静沈着で常に表情を崩さぬシヴァンツも、背後で笑いを噛み殺していた。

 だが、嘲笑(ちょうしょう)にも等しい騒がしさの中で、少年は喋り続ける。その声は不思議と、喧騒の中でオーレリアの鼓膜を優しく()でた。とても歯切れがよく、まるで音楽のような言葉が(つむ)がれる。


「先の大戦で無数の新型爆弾を落とされ、そのクレーターは全て巨大な(みずうみ)となっております。我が国が観光立国であり、美しき千湖(せんこ)の国と呼ばれる所以(ゆえん)であります。そう……山脈に四方を囲まれたウルスラ王国は、国土の実に58%が湖や池沼(ちしょう)なのです」

「よいよい! もうよい! ハハッ、笑わせおる! 小僧、下がれ、下がっておれ!」

「聞きましたかかな? ハハハ、山国で海軍など!」

「次は空中戦艦か? それとも潜水艦かね? 三流小説の読み過ぎであるな!」


 これが、オーレリアと少年の出会いだった。

 親衛隊の近衛でも、変わり者と評判の若き男児……王宮務めの城爺(しろじい)やメイドたちが、不思議といつも頼っている奇妙な少年である。

 名は、エディン。

 これより始まる、ウルスラ王国の存亡を賭けた戦い……彼我戦力差(ひがせんりょくさ)1:50と言われた国連軍との戦争に勝利をもたらし、故国を守った英雄の名である。だが、この時はまだ彼は無名の近衛、変わり者の親衛隊隊員でしかないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ