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槍の穂先に刻まれているのは、二匹のヘビだ。
互いに絡み合うように先に向かって体を伸ばしている。
前世のマンガか小説かで見た知識だが、刺したり貫いた際に血を傷口から外に流すために、刃に溝を彫ることがあるらしい。
てっきりそのための模様と思っていたんだが……違う意味もあったようだ。
どういう理屈なんだろうと教えてもらいたかったんだが、工房長は申し訳なさそうな顔を向ける。
「この模様が何でそんな効果を持つのかまでは私たちにはわからないんですよ」
工房長だけじゃなくて、今この部屋にいる職人たちもわからないらしい。
まぁ、彼らはあくまで鍛冶職人みたいだし専門外なんだろう。
「この工房にも魔道具を作れる人がいるんですよね? その人ならわかりますか?」
今日はもう魔力を使い果たしたから帰ったそうだが、その彼らならどうなんだろう?
だが、どうにも職人たちの反応は芳しくない。
「いや……どうだろうな? 腕は悪くないんだが、届いた設計書に従って作業を行っているし……」
「アイツらはここで働いているんですが、領都から派遣された連中なんですよ。魔導士連中はあまり自分の手の内を明かさないから、簡単に喋るかどうか……」
「なるほど……」
あまり一般的な知識じゃないみたいだし、肝心の魔導士もビーンズ家やこの街の代官であるグラス家とは違う組織の人間だし、この場の彼らのように色々話を聞かせてもらうのは難しいのか。
ボクが黙り込んだのを気落ちしてしまったとでも思ったのか、空気を換えるように別の職人が口を開いた。
「お嬢さんはビーンズ家の人間なんでしょう? それならジャックさんやマーク様にねだったら専門書を手に入れてもらえるんじゃないですか?」
「そうですね。入門書くらいなら街でも入手は難しくないでしょうし、価格もそこまで無茶じゃないですよ」
さらに、小剣の方の手入れをしていた職人も手を止めて加わって来た。
「お嬢さん、折角こんな業物があるんだ。学んで損はないはずだぜ」
「アレだけ魔力の操作が出来るんなら、魔法だってすぐ覚えられるさ」
「ふむふむ……」
おねだりするかはともかく、ボクも多少はお金を持っている。
まぁ……群狼戦士団の荷物で、ボクに必要がない物を処分してもらった際のお金だが、魔法の勉強はボクにとっても意味があることだし、イコール群狼戦士団の戦力増強に繋がるかもしれないことだ。
定期収入が無い今、いくらビーンズ家のお世話になっているからって無駄使いは避けるべきだが、お財布から出してでも入手する価値はあるだろう。
決定だ!
「それじゃー……」
それならと、ボクは彼らに魔法関連の道具を扱っている店について訊ねることにした。
また彼らはアレコレ教えてくれるが……しっかり手は止まってしまっている。
この分だと作業が完了するのはもう少し後になりそうだ。
◇
小剣と槍と……両方の手入れは無事終わった。
少々お喋りに夢中になり過ぎてしまったのもあるが、拭いて叩いて歪みを直して研いで磨いて油を塗って……工程も多く退屈しのぎには十分過ぎるほどの時間を工房で過ごしていた。
ボクたちが屋敷を出た時にはまだまだ明るかったのに、まだ暗くはなっていないものの、そろそろ日が傾き始めている。
「ちょっと……長居し過ぎました?」
一応祖父には工房に向かうことは伝えているが……お客さんのみで屋敷の使用人を一人連れて出っ放しってのは大丈夫だったかな?
ボクが不安そうにそう言うと、お姉さんは笑いながら「大丈夫よ」と返してきた。
あんまり喋ってはいないが、工房でそれなりに一緒にいたこともあって、彼女とも打ち解けてきた気がする。
「居場所は伝えているし、もし早く戻って来て欲しいようなら人を寄こしていたはずよ。それよりも、折角外に出たんだしちょっと寄り道しましょう? ジャック様からその分のお金は頂いているわ」
彼女はそう言うと、居住区ではなくて商業区の方を指した。




