[29].歯車に成る時
まだ外が薄暗い内に喉の渇きから目を覚ます。
不思議な夢を見た気がする。
よく思い出すことは出来ないのだがそんな気がするのだ。
雑念を振り払うように立ち上がり体の調子を確認する。
自分に良い変化がない事に落胆しつつ《交換》で水と食事を交換し腹を満たすと身だしなみを整え宿の外に出る。
日の出にはまだ早いが通行人に時間を聞くと4時との返答だった。
2人が起きるまではまだ時間がありそうなので1人で街を散歩しようと歩き出すと背後に着地音が聞こえ、聞き馴染みのある声がした。
「1人で出たらダメですよ、純ちゃん」
屋根の上から声をかけたその声の主は莉沙だった。
どうやら既に起きていたようだ。
「莉沙、おはようございます。昨日はすみませんでした」
「全然!私もよく分からないけど心が苦しい時にはうんと休むことが大切ってことは知ってますから」
「おかげさまで気持ちの整理が少しできました。今日は何をしますか?」
「大会空間内なので昨日と同じくひたすらに試合をするぐらいですね。報酬は勝敗や順位以外にもちゃんと戦った回数で増減するみたいなのでもしよければやりましょう!他には何か習得したい魔法を含めスキルがあればその習得者が訓練方法とか必要SPとか教えてくれたりしますよ!ただただこの街を探検するのも良いですね。どうしたいですか?」
「人の魔法、水魔法を覚えたいと思っていたのでそれについて教えてもらうことも出来ますか?」
「それなら私がお教えできるので宿に行きましょう!」
莉沙は普段あまり使わないだけで迷宮内での非常時に生存力を上げるために水魔法を持っていたらしい。
話を聞くにこれまでに2回もイレギュラーなどで絶体絶命の時に助けられたそうだ。
必要SPは既出の情報で最初の属性として水魔法を選んだ場合は最大20、最小10。
この差は人の魔力への適応度によるものだとされている。
2属性目だったりするともう少し高くなるとのことで才能、というよりセンス的に属性全開だとしても全てを得るというのはなかなかに厳しいようだ。
おすすめだというスキルはこれら。
生活力向上系スキル《生理現象緩和》《病気耐性》《体力増加》。
生存補助系スキル《魔力増加》《反射強化》《痛覚弱化》《苦痛耐性》。
戦闘強化系スキル《魔力装甲》《魔力武器》《各種魔法》《投擲》。
移動補助系スキル《高速移動》《空歩》《滑空》《飛行》《浮遊》《立体動作》。
探索補助系《物品収納》《地図作成》。
という感じで挙げればキリがないほどにあるらしく、自分がパーティーやギルド内でどのような役割になりたいかを考慮して決めていったら良いとのこと。
同じレベルでも人によって持っているSPが違うのに加え、人によっては《交換》できないスキルがあるらしいので結局は進化後にお預けである。
大体の人は進化時に40後半のSPを持っているが少ない人は20程度だったり多い人は70越えの人もいるようで《交換》不可能な人がいる有名なスキルとしては《各種魔法》《念写》《念話》《契約》などがあるらしい。
色々と説明を受けた後にようやく魔法を見せてもらう。
トリガーは『水よ』という端的な一文節だがその言葉によって小さな水玉が莉沙の掌の上に浮かび形を保つ。
「こんな感じですよ!どうですか?」
「良いですね。攻撃には使えますか?」
「攻撃は攻撃でできるけどまずはこの水を——」
莉沙は唇を近づけスッと飲んでしまう。
「無くさないと次の魔法は難しいです」
「攻撃はどうするのですか?」
「発動はしませんが言葉だけなら、『敵を貫く水の矢よ、ウォーターアロー』って感じです。必要な魔力を用意してから思い描く事象をなぞる様な言葉を言うと魔法が発動します。魔力を多く用意した後に言うと魔法自体が大きくなって威力が増したり速度が速まったりします。それこそ純ちゃんの精霊魔法をイメージしてくれたら良い感じです。私の本職は前衛の剣士なので魔法は得意じゃないから」
「魔法について詳しく教えて頂きありがとうございます。ひとつ気になったのですがどうして莉沙はこの国の武器である刀ではなく剣を使うのですか?」
「刀を使った方がジョブ的に強かったりはするんですけど素人には扱いが難しいのと盾を持てないっていうのが厳しかったから諦めました。ほら、最初は抜刀も納刀もなんか難しいし片刃だから攻撃の自由度が下がったりで早々に諦めるしか無かったんですよ。あの頃は社会的に武器を満足に選ぼうなんて余裕なかったですしね」
「理解しました。確かに私も莉沙たちが居なくて精霊魔法も無し、常に命の危険を冒すのだったらそうします」
沢山話し込んでいたからかすっかり外が明るくなっていたので勇と合流し話合いの結果今日は宿屋に籠る事にした。
街の景色は素晴らしいが街に出て特に何がしたいという事も無いし宿の中からでも試合に参加できるとしれたからだ。
部屋に戻り身支度、腰に一本の刀を差し戦い用の黒い袴を身に纏うと部屋内で昨日一度だけ戦った階級別個人戦でもう一度対戦希望を出すとすぐに相手は見つかった。
これから最悪このまま人として生きなくてはならないのならば安全に全力で戦える機会は貴重だろう。
相手も私も痛みをなるべく感じないようになるべく早く、美しく切ろう。
武器を構える、相手である細身の男との距離は大体10、武装は両腰に短剣と手には……細身の木の棒?
あれで何を——始まった。
相手は木の棒を顔の前に持ち上げ筒の片側に口をつける。
笛だろうか?しかし今は試合。
《身体強化》、脚部に魔力を回すことで一気に相手との距離を詰め——木の棒から素早く飛び出た針が私の首元に刺さった。
刺さるが大した怪我では無い、が強い痛みが同時に訪れた。
相手も木の棒を手放し武器に手に伸ばすがあと数歩でそこまで到達する。
《装備強化》、武器に魔力を流し込み刀を大きく振った。
しかし当然相手は攻撃を避け反撃——来ない。
ならば畳み掛けるのみ!
もう一歩踏み出す——ドクンッ、心臓がおかしい。
苦しさを感じながら攻撃を繰り返すが相手は後ろへ後ろへと逃げ続ける。
まるで元から真っ当に戦う気が無いようにすら思える。
ドクンッ!という不快な心音と同時に胸が突然苦しくなる。
踏み出した足は地面ををうまく捉えられずころげる。
苦しい、おかしい、体が変だ。
「おー、効きますねぇ、良いですねぇ。思ったより早くに効果が出たってことはやっぱりレベルが低い方が回るのが早いってことかな?それとも小柄だから?うーん、あ、もう少しそのままでいてね。ちょっと遅いけどその分強いのがすぐいくから」
地面でもがく私を楽しむような目でじっと観察する男は口をニンマリと曲げてそう言う。
これは毒だろうか?
これ以上苦しいのはごめんだ。
どうすれば、そうだ——舌が動く内に宣言をする。
「参った」
残念そうな男の顔を最後に試合は終わる。
自分の客室で立っている私は肉体的に問題は無いが精神的にものすごい疲労感がある。
あんな人間もいるのか、試合で良かった。
これまで関わる人がいい人ばかりだったから忘れかけていたが当然悪い人もいるのだった。
にしてもなかなか酷いことをしてくれる。
おそらく最初の武器に毒が含まれていたのだろう。
言い方からして複数の毒物を合わせたものだとも想像がつく。
だが飛んでくると分かれば回避も……できる時があるかもしれない。
1人の心無い人間に私の決心を無駄にされる訳にはいかない。
そう思い再び申請を出す。
——剣と刀のぶつかり合う。
いち、に、移動、防御、いち、鍔迫り合い、弾かれまた防御。
良い相手だ、しかし《装備強化》。
相手の剣を断ち切りそのまま胴体をふたつにした。
初勝利である。
やはり魔力を持っていない武器では魔力持ちに対抗することはできなようだ。
26~30レベルの人間は大体3割が《身体強化》を扱え1割が《装備強化》を扱える。
自分のみが《身体強化》を発動していても相手の技量次第では上手く力を逃がされてしまうが《装備強化》は武器に発動してしまえば相手の武器が魔力を持っていない場合、結構簡単に武器を傷つけ、程度によっては切断できることが分かった。
その辺りは迷宮の魔物と同じなのかもしれない。
試合に勝つと次の相手は大方強くなり、負ければ弱くなる。
程よい強さの相手と殺し合いを続けるとだんだん人を攻撃することをどうも思わなくなってくる。
珍しい武器やスキルを扱う者、相手を痛めつけるのを楽しむ者、純粋に試合を行う者、多くの人と戦って分かったことは主導権を渡さないことが重要であるという点だ。
自分の間合いで無くとも、自分のテンポで無くとも相手の戦いやすいようにさせないことで勝率を上げられる、と思うのだ。
階級別個人戦でとことん戦い込んだ次は種族別個人戦を行う。
武器防具の強度差、保有魔力量と相手との埋められない差は大きい。
しかしスキルの使用を工夫する舞台が何度でも得られ、失敗を恐れなくても良いという環境が私を強くした。
長期戦になれば魔力が尽き格上への勝算が消えるが短期戦ならばその限りでは無い。
積み重ねた努力の時間から越えられない壁はあるものの格上との戦い方を学んだ。
片手が空いている相手には真っ先にそれを注意しないといけないほど厄介だったのは石の投擲。
やはり人の戦いの中で最も長い間活躍したとも言える投石は単純だがそれ故に強力だ。
強い人の投石を《装備強化》のみで耐えれるか実験するとあっさりと貫通され倒れたのだから。
魔力を込めずともコストのかからないどこにでもある石を投げるだけでそこそこの効果を期待できるだろう。
上位陣の試合を見ることは出来なかったが試合で良く会う人とお話ししたり、2人と街をお散歩したり、途中で見つかったお茶屋さんに並んでみたり、その結果能力的には変化は無いが充実した大会期間を満喫することが出来た。
大会が終了と共に元いた場所に戻されるとステータスの様な画面が表示され報酬が表示された。
内容は交換P3000弱とSP2P、目玉はこのSPのようだ。
「——あっ……うーん」
「大会はどうでした?」
「とても勉強になりました。あともうひとつ、力が戻りました」
特殊空間から戻った肉体からは確かに存在する精霊の力を感じた。
当然だと思っていたものにとてつも無い安心感を得られ、2人に見せるように水球を生み出した。
「わぁ!良かったです」
「ご心配をおかけしました。それからいきなりで申し訳ありませんがあちらに戻ろうと思います。長い間お世話になりました」
「……分かりました。私たちも元のギルドに戻りますが純ちゃんの居場所、所属はこのまま残しておくと言う手筈なのでまた人と過ごすのも悪くないと思ったらぜひお越しください!」
「突然ですみません。あなた方と過ごす時間はとても刺激的で新鮮でした」
戻る理由には精霊として存在できなくなる恐怖を払拭したいと言う気持ちもあるが本分を忘れていたからと言うのもある。
私はこのままの私でありたいのだ。
完全変態、物質体を抜け出し精霊体に復帰すると物質体と魂器を収集。
“2人ともありがとうございました”
感謝を伝えると同時に精霊界に戻った。
私の空間に戻ると空っぽの物質体を横にさせその隣に魂器を雀に模し近くに置いておく。
さて、この星には今も祈る人が多く存在する。
その中でも精霊以外の特定の存在に祈る者と近寄りたくない者を除外し祈りを精査する。
安全への祈りが最も多いが私がどうにかできることは……日照り・大雨・氾濫・洪水、そんなところだろうか?
あの国では台風による災害に頭を悩ませる者が多い。
その中でも美しい心を持ちながら自分にできることを精一杯こなす、しかし非情にもその手から滑り落ちる幸せを願う純粋な者。
願うも叶わずそれでも願い続ける君にしよう。
“私は水の精霊。君の願いに応じ力をかそう”
希望は信仰に繋がりそれは私たちの力となる。
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