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地球魔力改変  作者: しじみ
2章:ネイダー・アンカー
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104.『強きの脆さ』

 予定通りに迷宮内で体力を消耗し切った絢は護衛の1人に背負われて外へ出る。

 うつらうつらとする内に、気がつけば談話室の長椅子に横になっていた。


 だから、絢は気づけない。

 慌ただしく駆け回る協会職員に。協会に押しかける大勢の人波に。


 求めたものは未来の保証。しかし、それを与える人はもういない。

 この日——彼らは絶対的な指針と精神的な余裕を失う。




 迷宮からの帰り道にその目印はあった。

 協会の建物から掲げられた白地に黒点の旗。まるで国旗の赤部分を黒に塗りつぶしたようなおかしな旗。

 それが持つ意味はピリオド。力の終点だった。


 過去の取り決めにて、継承者の持つ未来視の力——《未来分視》はいつか終わってしまう力であると説明を受けていた。

 『継承を行う度に力が弱まる』。まるで世界が異物を排除するかのように継承者の寿命は失われ、力さえも弱化してゆく。

 だからいつか失われることは必然だった。

 その期限に追いつかれてしまった時に掲げられる旗がそれなのだ。


 だから結衣はそれを見て、静かに目礼を行う。

 大義のための悪行を終えた彼女へ、いや——彼らへ最大限の敬意を込めて。



 生者の役目は死者に価値を生むこと。

 私はそうして生きるんだ。


 心に宿す殺伐とした思考も、記憶にある激情と比べればどうも薄い。

 だから、それを覆い隠すことは簡単だった。



 鈍った感情も、白黒の視界も、消えかけの触覚も、失われた食事の楽しみも——全てを“普通”に振る舞い続ける。

 真尋と一緒に司法機関に所属していて、協会に頼りにされるような特別な力を持っていて、学校が始まった時から戦えた。

 そんな、ちょっと特殊な女の子に“それだけ”で居られる時間は長くない。




 夕方。寒さを感じて起き上がった絢は時間をかけて物質的な人間性を最大限に高めて部屋を出る。

 空腹を訴える体に従って、行き先は食堂だ。


 いつもと変わらない場所にほとんどのいつもの人たちが座って、いつども通りに話している。

 それを見た絢は軽食コーナーからおにぎりを1つ貰って、コップに水を注いで洵の隣に割り込む。


 すかさずに振られる話題に答えつつ、喉を潤しベタベタとした触覚のものを口に。

 白米の味はほとんど感じられないも、醤油の後味が食欲を呼び覚ます。

 欲求に従っておにぎりを丸々一つお腹に入れた絢は、そのまま洵の太ももに頭を乗せて顔を擦る。

 それに一瞬驚いた洵も拒否せずに受け入れる。


 のんびりとした空気感。

 だんだんとお互いの性格や関係性が見えてきて、人間関係の意味でも居心地が良くなってきた。

 そんなことを思う絢の意識を覚醒させたのは就職先を求めて面接に行っていた志道の帰りだった。



 『お帰りなさい』と各々が労いの言葉をかけるのに習って、絢も起き上がり言葉を発する。

 しかし、志道の顔にあるのはいつもの力強い笑顔ではなく、不機嫌を含んだ固いそれ。


 卓は間も無く静まって志道に話すことを促す。それに本人は小さく首を振ってから応えた。


「協会の職員が来て面接中断。数時間待って結局中止。後日再面接だってよ。やってらんねぇ」


 明らかに苛立っている志道に寄り添うように華凛が口を開く。


「今日は【帰焔衆】でしたっけ?」


「そう」


「縛りが強いと聞きますけど、もう一度受けに行かれるんですか?」


 それに志道は全て分かってるかのように顔を歪めて頭を掻く。


「やっぱ一般より官吏(かんり)の方が安定するだろ。その結果()()()()()()()()


 空気が冷えた。


 絢にはその言葉の意味が分からない。理由も分からない。

 しかし『それでいいのか』と進化者の面々が、結衣だけを除いて視線を志道に向けていた。


「蹴っちまえよ、そんなとこ」


 真っ先に口を開いたのはやはりと言うべきか真尋だった。


「官の人間は束縛が強い。命令は絶対、それに従えないヤツは切られるだけだぞ?」


「社会に出るってのはそういう事だろ。上司・上官の言うことが絶対だ」


 諦観を匂わせる志道へと真尋が怒りをぶつけようとする手前、結衣が『ん〜』とどこか間の抜けた声を響かせる。


「その“諦め”を経験するから大人の魔法は弱いんだよね〜。

 志道くんの魔法は希少だけど安定条件がね〜。でも力に執着して命をおっことす方が良くなくない?」


「皆さんの魔法への思い入れはどうであれ、決めるのは志道くんです。

 口を挟まないで頂けますか?」


 真尋は華凛から冷ややかな視線を受けて黙りこくる。

 そこに絢は疑問を入れ込んだ。


「魔法が失われるとか、安定条件ってなんですか?」


「強い魔法ほど強い感情や思想があることが前提条件になると言われています。同時に、保有者がその条件に沿って生きなければいけません。これが安定条件です。

 その道から外れてしまえった場合、魔法の出力が落ちたり、最悪魔法が発現しなくなるそうです。

 この情報の出所は協会なので一定の信憑性はあると思われているんです」


 絢は説明してくれた祐嘉に向かって感謝を伝え、そのまま次の疑問を口にする。


「それでその安定条件ってなんなんですか?」


「定期的にちょっと危ない場所で戦わないといけないってやつ、でしたよね!」


 透の質問に志道が頷く。


「ちなみに志道さんの魔法はあの剣から火が出るので合ってますか?

 あれってそんなに珍しいんですか?」


「それだけじゃないんだよ。志道先輩の《纏炎鍛身》は“武器を魔法具にする魔法”なの。

 一つ作るのにもすごい時間かかるけど、魔力を通すだけで誰でも使えるようになるんだよ」


「それを就職目的で外に話したら引くて数多になったけど、少し弱くなってもいいから魔法具だけを安全に作らせ続けようってクランばっかなんよね。

 志道先輩は『よそが欲しいのは俺じゃなくて俺の魔法だけなんだ』ってなってて、でも単独で冒険者活動なんて死ぬ未来しか見えないからどこかに入るしかないって感じ?」


「諦めをつける理由を探してるんだよね〜」


 洵が魔法の。透が状況の。結衣が行動の説明をしたとこで志道が唸る。


「るっせぇ、俺だってこんな厄ネタみたいな魔法って分かってんなら望まねぇよ。

 けど今年度で卒業って決まってんだからなら、後輩に何かをやってやりてぇって思うのは仕方ねぇだろうが」


 そう言った志道はいつの間にか華凛に用意されていた水を一息で飲み干すと椅子から立ち上がる。


「俺は行くわ」


「弓〜?」


「そう。空気悪くして悪かったな、それじゃ」


 粗雑な雰囲気であるのに意外と優しそうな志道に興味が湧いた絢は、さっさとルームに戻ってしまいそうな彼に向かって声をかける。


「あ、わたしもついて行っていいですか?」


「構ってやれなくてもいいのなら」


「行きます!」


 志道は面倒そうにため息を吐く。


「華凛。頼んだわ」


「そう言うと思っていました」



 そうして三人でルームに入り、志道が着替える間に絢は華凛に連れられて弓道場に訪れていた。


「志道くん。いい人だと思わない?」


「そうですね。目つきや言葉づかいが怖かったりはしますけどああいう人は好きですよ」


 なんでもない会話。なんでもない返答。

 その返答に華凛は目を少し細めた。


「一応言っておくけど、私は志道くんと恋人関係だから」


「……いえいえ! そんな奪おうとかそう言うつもりじゃないですよ!?」


「ふふ。分かってる」


 慌てた絢も、華凛の愉しげな表情を見て理解する。


「わ、わたしで遊びましたね!?」


「なんのこと?」


 『うぐぐ』と悔しい表情を浮かべる絢に、華凛は続けて質問をする。


「思ったんだけど、絢は複数人居たりするの?」


「まさか! ちょっと体を変えただけですよ。人間らしい脆弱さに見えませんか?」


「それは嫌味? 確かに体は追いついてなかったけど……技術に厚みは感じたわね」


「それなりの死線は潜ってますからね〜」


 華凛は『えへへ』と笑って言う絢から視線を外す。


「どこか悪くした場所はない?」


「んと、手と足の皮が剥けました。もう戻してますけど、皆さんすごいなーって感心しちゃいました」


「そう。これから人として生きていくのなら、何事もほどほどにしておいた方がいい。

 覚えておいて損はないはずよ」


 そんな助言に絢は了承の言葉を返す。

 絢にはこれからも人に紛れて生きていこうとは思う気持ちはあっても、完全に人として生きていこうという考えはなかった。


 確かに人体の利点として脳という魂生には物理的に存在し得ない思考器官を活用できることはあるけど……けど?

 あれ、もしかしたら体を二つ同時に使えるんじゃ?

 いや、でもその場合は力が分配されてもっと魔力が少なくなる。

 けど——魂器があるじゃん!


 物質体は《人形》と“魂器”。《人形》での思考は脳で、“魂器”での思考は魂で。魂の分割自体は二次進化時にやっている。割合は7対3にでもすればいい。

 その場合は《人形》での魔力はある程度確保できても“魂器”の思考強度が低くなりすぎるか。


 魂の分割次第で魔力と思考強度と力の分配量が変わってくる。

 それに魂を分割したらその後の記憶はどうなる? 再度融合するまで思考は分裂する? なら意識が個別に存在するならそれはもう別個体では?

 もう定期的に共有するしかないか。


「……どうしたの?」


 そんな遠慮気味な声で意識が浮上する。


「あ、ちょっと考え事してました」


「志道くん来たよ」


「あ、えっと……おじゃましてます?」


 絢がしどろもどろに言うと志道は軽く手を振るう。


「なにも特別なものじゃないから畏まらなくていい」


「あ、はい」


 志道はテキパキと弓に弦を張ると、矢をガシッと掴んで射位に立つ。

 少し雑に大半の矢を置き、順序だった動作で準備をしてからゆっくりと弦に(はず)を掛けた。


 『ギチギチ』と音を響かせながら、ゆっくりと弓が引かれる。

 動きが止まり、数拍。——『バシュッ』と放たれた矢は的の端に重たい音を立てて突き立った。



 これは美しいのかもしれない。だけど、今の迷宮戦闘には絶望的に向いてない。

 だから絢は隣の椅子に座る華凛へと質問をする。


「どうして今、志道さんは弓の練習をされてるんですか?」


 そんな単純な質問に華凛は少し視線を彷徨わせる。

 悩んでいるかの動作は途中でピタリと止まり、口を開く。


「志道くんのもう一つの魔法と関係している、とだけ言っておくわ」


 相変わらず冷淡とも取れる口調に絢はそれ以上の発言をやめた。



 道場内は静寂に包まれる。

 聞こえるのはお互いの呼吸音。志道が着る袴の擦れと自己分析。あとは弓矢の声だけ。


 薄く光る左手は魔力で覆われ矢から手を守る。間違った体勢で放てば耳が飛ぶ。

 実際に志道の左耳は歪に欠損していた。


 そんな時に自分にすら牙を剥く武器を数十射。何度目かも分からない矢の回収を終えた志道は弓を置く。

 『終わったか』。そんな思考も詠唱に遮られる。


「火炎よ弓を形どれ」

 志道は弓を持っていないのに関わらず、立ち姿を整える。


「矢を番え、長き道を以って敵を射る」

 まるで弓矢がそこにあるかのように、ゆっくりと右腕が引かれる。


「より疾く、より遠く、より靭く。熱に応えて敵を討て」

 全身から右手に赤が集まり、燃えるように主張する。


「《集炎射法》」


 幻視していただけの道具は炎となって顕現し、橙に輝く弓は真っ赤な矢を送り出す。

 ——刹那。矢は槍のように姿を変えて的を、そのまま的の裏に用意されていた鋼板に溶け消えた。


 なんだ。ちゃんとあるんだ。状況を打破する奥の手が。


「終わり。走りに行こうか」


「その前にお水をどうぞ」


「ああ、ありがとう」


 この人ならば、立ち止まることはないだろう。

 だけど、諦めて腐りかけの逸材を本当にこのまま放っておいて良いのだろうか?


 絢はたまらず口を開く。


「もし」


「ん?」


「そこに自分はいなくても、希望を持てる未来を迎えたくはありませんか?」


「は?」


 困惑する志道に向かって続ける。


「人間社会が存続する未来の、その礎になる覚悟はおありですか?」


「一体どういうことだよ」


「ご存じの通り【パイオニア】は戦闘系の新クラン【開拓団】の設立を、新年度に向けてその初期メンバーを募集しています。

 あぁ、申し遅れました。わたしはクラン【パイオニア】が末席、古枝絢。【開拓団】に興味はございませんか?」


 まるで役者のように絢は右手を胸に、左手を相手に伸ばす。

 そんな絢の誘いに志道は頬を引き攣らせて「マジかよ」と小さく零した。

実在単語解説

・射位—弓を引く立ち位置

・筈—弦に噛ませる矢の後の凹み部分



これで今の志道が持つ全ての魔法(全二種)が揃いました。

・纏炎鍛身

・集炎射法

遠近両対応できる万能型な気配。


タイトル『強きの脆さ』

・継承者の強力な未来視は人を壊しその度に力も崩れる。

・強い魔法は相応に特殊な 精神状態/思想/行動 によってもたらされる。それらが崩れるときは一瞬。


絢の能力上昇

・脳の有効活用方法に思い至る。


情報追加

・志道と華凛は付き合っているらしい。


最後の口上的なもの大好きです。こういうの好きじゃない人います!?

あとゴールデンウィーク最っ高ーー! 次投稿分まで準備できました!



◇予告

 名の知れたクラン【パイオニア】の傘下組織への誘いを受けた志道。彼の頭には絢の上司的存在が苦労していることの確信しかなかった。

 次回——実力測定。

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― 新着の感想 ―
思考と形態がそれぞれの時でよく変わる絢は確かに複数人いるのか?と思われてもしょうがないなw とうとう未来視の補助輪が終了ですか。書類で色々と出来る限り残してはいそうですがそれらもいずれ終わりは来るし…
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