95.『交友の手袋』
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Tips:クラン
これまでギルドと呼称していた集団をクランと呼ぶことににします。
それぞれの意味や違いを調べた結果、こちらの方がしっくり来ると思いました。
覆う毛布はいつもと感触を体に伝えていた。
わずかに重くてしっとりとした質感。鼻をくすぐる未知の薬品の香り。その理解は意識を落とす前の醜態を同時に呼び起こす。
白い天井を飾る細やかな線の模様に「あ〜あ、やっちゃったね」とでも言うかのような表情を感じて、絢は起きて間もないために体温も作れていない冷たい手で布団を頭のてっぺんまで引き上げる。
そんな小さな逃避行は「絢」の一言によって早くも終わりを告げた。
近づく足音は聞き慣れたテンポを刻み、その音質が伝える重さは紛れもなく今は会いたくないと断言できる人たちの一人。
「にいにはさ、もっと頼って欲しいって。そう思うんだ」
絢の本当の意味での兄であり、既にこの世を去っている『初代継承者』が作ったクラン【パイオニア】のメンバーが一人——古枝諒。
その人が奥のカーテンを半開きにして寂しそうな顔で絢を見つめていた。
普段の遠目でも感じられる存在感の期待に反して、背はそれほどまで高くない。
洵たちが過ごす学校で教官を担っているものの、17歳である事実を悟らせない遠い瞳が感情に揺れている。
そうやって諒が感情を表に出すのはいつも家族が関わっている時だけだった。
「ごめんなさい……心配かけて」
「俺は……戦えないのは今の時代良くないと思う。けどさ、それは一定の社会的責任が伴う年齢であり外見を持つ人がそうではない人を守るために、あった方が良いだけなんだ」
「それでもわたしは戦います」
「分かってる。絢ならそう言うって分かってる。でもね、戦わない選択肢を取る時があってもいいと思うんだ。絢も洵も良くやってるよ。だからさ……せめて悩みがある時は『にいに』って声をかけて欲しい。時間は必ず作るから、迷惑なんて思わないし、一人が抜けて立ち行かなくなるほど俺たちはひ弱じゃない。必要であればいくらでも予定を開ける。……もっと甘えてくれていいんだよ」
捲し立てるように言葉を並べる諒に、絢は思い詰めるような必死さを感じた。
それは自分を思ってのこと。そう認識して嬉しいような困ったような表情をコロコロと浮かべ、
「にいには、ばかですね」
そう、出したことのない罵倒を口にした。
絢には忙しなく動く人の時間を貰うことは極力避けるべきことだった。それなのに諒は自分の時間を削ると言うのだから、そんなの出来るはずがないのだ。
親愛を時間で示そうとした諒に、偏愛を行動で示そうとし続ける絢。どちらも献身と方向性は同じものの、決定的な違いがあった。それは、
「んもーダメダメ! 時間指定で確定事項っていう体じゃないと絢ちゃんが乗るはずないじゃないですかー!」
横のカーテンをばさっと開けて、潜んでいたらしい結衣がダメ出しをしながら登場する。
「そうなのか?」
「絢ちゃんのことはめんどくさい女だと思って発言した方が良いですよ! じゃなきゃきっと、何を言っても否定から入りますから!」
ビシッと指を刺しながらされるダメ出し発言に、これまで対人関係で甘やかされ続けてきた絢は初めての撃たれ方に驚愕するしかなかった。
「わ、わたしって面倒な人ですか!?」
突然に結衣が現れた驚きで止まった舌を、次の驚きが動かせる。
「流石にね!? ウジウジ考えてあれもダメこれもダメって言いながら、相手のことを考えてる風でいて実のところ自分のことしか考えていない。自分の経験を振り返ってみてどうさ?」
しかし、結衣の持論を補強するように鋭い指摘が飛んで来た。
首を少し傾けて視線を斜め上へと向けながら、思考を巡らせること数秒。
「……不本意ですがその傾向はありそうです」
『何事も成長するには俯瞰が肝心』——そんな魔道具職人の言葉を思い出す。
自分の価値観で思いやりを見過ごしてしまった現状を思えばそう言えなくもないかもしれない。そう、認めたくない事実を渋々と受け入れた。
二人の様子を見て苦い表情を浮かべる諒が再提案。
「改めて、再来週の日曜は予定が無い。だから、久しぶりに話そう?」
「本当に大丈夫なんですか?」
「めんどくさいよ」
「あっ、はい。それでは……お願いします」
結衣の呆れに押されたのもあり、絢はそのまま話を受け入れる。
今日は金曜。ほんの一週間もすれば、約束の日曜がやってくる。それが嬉しくもあり申し訳なくもあり、そんなこそばゆい感情は頬に朱を差し、結衣から「あれ? 単純?」という呟きを零させた。
話が一段落したことで諒は外を見る。
ルームの明るさは外の日照時間と合わせられており、保健室から見えた空は夕焼けに染まっている。そろそろ家に帰るべき時間だろう。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
「……?」
絢は当たり前と思える誘いに首を傾げる。
まさかとは思っていなかったが、どうやら諒は知らないらしい。
「絢ちゃんは今日からしばらく学校で生活する予定って校長先生が言ってましたよ?」
「——え?」
親切心からそれを言った結衣が見たのはピシリと凍りつく諒の笑顔だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「空、綺麗ですね」
「そうだねー」
二人は学生寮の屋根上に寝転んで鴇色に染まる鮮やかな空を見上げる。
絢が話に誘って結衣が提案したその場所は、冷たい冬の風にさらされるものの開放感に溢れていた。
外の雲に蓋をされた空よりもずっと近くにあるはずなのに、まるでどこまでも無限に広がっているように見える。
本物の雲の向こう側を知らない絢は、空間の魔法具によって演出されるこの空を本物と空想して楽しみながら、
「わたしはずっと、なるべく弱さを見せないようにしてきたつもりなんです」
そう、過去を思い出すかのようにゆっくりと独白が始める。
「より良い未来を信じて、導を持つ彼らを支えて、その言葉に応えるために、応え続けられる自分でいるために」
目を瞑れば彼らの顔が浮かんで来る。
重圧を悟らせないように笑みを絶やそうとしない人。苦痛に苛まれて悪感情が溢れてしまう人。無感情に仕事をと割り切って日々を過ごす人。その誰もが何かを恐れるように己を固め、逆境から身を守るように意識を沈める。
過去の記憶という情報から彼らを思うに、全てが良い人ではなかった。しかし、誰もが自分の知ってしまった未来に立ち向かうために身を捧げた。
「わたしは彼らを支えるために存在していました。気の迷いで逃げ出そうと思ったこともありますが、今もそうありたいと思っています」
それこそが捧げられた命への報い方であり、いずれ訪れる最も正しい死に方を得る方法だと感じる。それは——等しく他者へにも。
その人の言葉には、その行動には無限の意味が存在する。だから、感情に流される自分もまた正しいのだろう。
「……結衣ちゃんはわたしが強くなるための階段を一緒に作ってくれる人だと考えます」
自分の罪を暴き、それを否定することなく抱えて強く生きろと言った結衣。
拒絶をせずに受け入れて、吐露した痛みを抱き締めて和らげてくれた結衣。
意識を失った後に感じられた、包み込むような温もりを見せてくれた結衣。
だからこそ、絢は彼女にとことんわがままを押し付ける。
「わたしは空が見たいです」
「わたしは友達が欲しいです」
「わたしは叱って欲しいです」
「わたしは笑顔でいたいです」
「わたしはこんな時間が大好きです」
そこまで言うと上体を起こし、相手の顔をじっと見つめる。
結衣の視線は相変わらず空に向けられているが、表情は穏やかだった。
「だから——わたしの居場所になってもらえませんか?」
しばらく、静寂が訪れる。
考えるように両目を瞑り、そして大きく深呼吸の後、
「なんで、あれで懐かれるかなぁ?」
嫌われる、とまではいかないにしても友好的な関係では居られなくなると予想してたのか、結衣は苦笑いを浮かべていた。
「だって、あんなの初めてですごく心が楽になったんです。……結衣ちゃんともっと一緒にいたいって心から思ってしまったんです」
「なーるほど? 内に宿した真尋が原因か。それなら、しょうがないのかな?」
なぜか納得顔をした後「じゃあ」と言葉を継いで、
「いいよ。但し、私が学校にいる間だけね。その間は友達兼居場所として絢って呼んであげる」
真剣な顔は歯が見えるほどの笑顔に隠され、右手が差し出される。
絢は胸の奥が熱くなるのを感じながら、割れ物を扱うように優しく、離したくないとわかるほどにしっかりとその手を包み込む。
「だから絢も、自分との向き合い方を見つけるんだよ」
振り解いたはずの手を握りにきてくれたそれは、同じく血に塗れている。
どれだけ皮を剥がしても変わらないその現実を忘れずに向き合えと、柔らかいながらもじっと見つめてくる結衣に絢も力強く頷く。
「うん、いい子。そんな絢には良いものをあげよっかな」
結衣が素早くステータスを叩くとどこからともなく白い手袋が現れる。
《交換》されたものは結衣の使っているものと似た柄の白手袋だった。
「これはお守り。何かの拍子で誰かを触っちゃった時に自分の心を守ってくれるから」
直接接触を避けるための手袋は絢の手よりも若干大きく、ひんやりとした感触を肌に伝える。
結衣が得た立ち直り方の一つを渡されて、絢はますます励まされ、
「わたしは強くなりたいです。強くなって仲間を助けたり、守るべき人を脅威から護りたい」
その勢いで先駆者に許された特別な請願権の所有を明かすことにした。
「わたしの持っているあと二つの《天秤》。その自由に使えるひとつを使って、方向性は定まっていませんが人のためになる力が欲しいと思っています。そのために知恵を、分けて欲しいです」
「《天秤》……ね」
技能の中でも貸し与えられた力——貸与技能に分類されるそれは絶対数の限られたものであり、使い方によっては膨大な価値を生み出す。
その重みを持つ力の名を噛み締めるように反芻する結衣の瞳が憐憫に染まっているのを、絢は僅かも気付くことができないままに満たされた胸中に浸っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
答えが簡単に出るはずもなく、夜の帳が下りる前に二人は校舎に戻る。
校舎に隣接する食堂には活動を終えた学生たちが集まって、それぞれに交友を広げていた。
室内には小洒落た金属のカゴに入った魔力灯が吊られて周囲を煌々と照らす。
部屋の各所には暖房の魔道具までもが存在し、魔法土という建物の材質にさえ目を背ければ迷宮が現れる前の電気が通り、あらゆる人の生活が保障されていた旧時代に舞い戻ったかのように錯覚する人もいるだろう。
そんな環境で過ごす権利を得た少年少女たちは珍しいものを見るかのように、微笑ましいものを見るかのようにその様子を視線で辿っていた。
中高生用の学舎。その食堂に少女が二人、歩調を合わせる。
一人はその場に似つかわしくない服装をしていながら、今では顔を知らない人はいないほどに顔馴染みとなっているまだ幼いとも言える少女——古枝絢。
もう一人は学内冒険者として女子二番手の実力を持ちながら、公然の秘密となっている何らかの仕事を持っている少女——橘結衣。
その組み合わせも初めて目にするものであり、いつもは爛漫な顔を見せる結衣も今日ばかりはその調子を失っているように見える。
その理由は一目瞭然で、幼い外見からは想像し難い壁を作っていた少女に手を取られていたからだった。
嬉しいのか恥ずかしいのか、頬に朱が差しながらも繋いだ手を離そうとしない少女の顔はどこか幸せそうに綻んでいる。
喜び顔。悩み顔。怒り顔。そして能面のように変わらない微笑。
学校では感情的な表情すらほとんど兄の前でしか見せない少女は、なんの理由かここに滞在することを掲示板で告知されていた。
だからどこかに居るのだろうとは思っていたが、見せる態度の変わりようと背格好からは不釣り合いな色気が垣間見える。
慕うような表情を顔に浮かべながら結衣の白手袋によく似た手袋を新たに身につけて、襟・袖口を飾り、足元から覗く白以外は黒で構成された古風なエプロン無しのメイド服を着た絢は、周囲の目線には気付かない様子で結衣の後ろをついて行く。
そうしている内に、2台の広めのテーブルを占領する一団の元へと到着した。
左右を男女で分けるように席に着く生徒はどちらも結衣に縁の深い生徒たち——榊原隊(志道・直弥・悠人・透)と佐賀隊(陽翔・祐嘉・真尋・華凛・壮真・洵)の面々だ。
そこに二人が近づくと、心配を中心に言葉が一斉に投げかけられる。
直接迷惑をかけた佐賀隊に加え榊原隊にもお世話になっていたと聞いて、絢は頭を下げに下げるしかない。
それもすぐに止められ、望んでいるのが健康と無事の確認だと知って絢はまたも胸が温まった。
配慮のためか少し席が変わって絢は結衣の隣、兄である洵の正面の席をもらう。
しかし結衣とは十分に話していたために話題という話題がなく、洵とも特別話すことが多くはない。
基本仕事や役目であったり戦い方の話ししかしてこなかった絢は会話に困ったが、それを見てか洵の隣にいた元気そうな少年—— 笹川透が今が好機と疑問を投げる。
「とし! 絢の14って絶対ウソっしょ? ホントはいくつ?」
『継承者』が直接名前を口にした男の子——透は午前の顔合わせにいたにも関わらず、年齢についての疑問投げかけた。
絢は自身を「洵と双子のようなもの」つまり同い年であると伝えていたが、それについて疑問に感じていた人も多かったようで視線が集まるのを感じる。
「それあたしも気になってたんだ」と真尋が意見を合わせ、絢が準備していた回答を出そうとするとまとめ役らしき賢そうな少年——松平直弥が口を開く。
「彼女が14だと言うならば、そう対応を取るべきだ。それで宜しいか?」
認識を問われ、絢は首を縦に振る。
「でもそれじゃ納得できないっスよ! 結衣について来るってことはオレたち榊原隊にも来るってことっスよね!? オレはこんな謎だらけのヤツに背中を預けようだなんてムリっスよ! それに早速今日から面倒起こしたらしいじゃないっスか!」
命を預けるに値しない。それはとても現実的で率直な意見だった。
言葉に詰まる絢に結衣が助け舟を出す。
「嘘はつかない方がいいかな。今すぐ全部は答えられなくていいから、ひとつぐらいは誤魔化さずに答えれない?」
何をどう答えれば良いのか分からなくなってしまった絢は、その言葉に素直に従うことにした。
「最初のご質問ですが、私は14歳ではありません。ステータスが言うには7つだそうです」
「えっ?」と、それぞれの口から戸惑いが溢れる。
「ですが、私は物心がついた頃から病気の洵と一緒に歩んできました。私は最前を示せなかったと思いますが及第点ではあったと思っています。ずっと一緒に過ごしてきました。だから双子のようなものと、ちゃんとした関わり合いを持つのなら洵と同じように接してほしいと思って言ってしまいました。……申し訳ありません」
しおらしく頭を下げる絢を見て真尋が「嘘はねえな」と呟くと、周りも一層申し訳なさそうに眉を下げる。
「よおし、そういうことなら俺に任せろ! ちーっとハードル高ぇけど断るなんて出来ないね!」
これまでうじうじとして絢に話しかけずにいた壮真がここにきて声を上げた。
「しゃあねぇなあ! あたしも洵と同じようにやってやるから覚悟しろよ!?」
後に真尋が続くとあっという間に場は融和モードに変わり、絢を受け入れる雰囲気が漂い始める。
同時に言い出しっぺだからか壮真が舌の調子を上げていた。
「めっちゃ小学生じゃん! アレか? 古枝先生のツテってやつなのか〜?」
両人差し指を上下にゆらゆらと揺らしながらの挑発に絢は真剣に返す。
「そ……そんなことはないと言い切れません。あ、でも戦えるのは本当ですよ! 今日は調子が良くありませんでしたが少しの地獄は見てきたつもりです!」
「怖くてツッコミも入れれねぇよ! ってそうだ、幼女が沖縄決壊戦に参加したっていつだか聞いたんだけどよ、あれってお前だよな。戦闘要員として?」
「それどこで聞いたんですか!?」
人に関してはブラフ込みだったが、本人の反応で確定だろう。逆にそう何人もキラー幼女が居てたまるかという話でもあるのだが。
「普通にちょい前、夕焼けの街角にてってカンジ?」
「情報統制が必要のようですね」
「こわ!」
「——当然、冗談です」
絶妙に混じる本気の気配。今日の雰囲気的に冗談が言えない子なら本当の可能性が見えて笑えない。
「マジ顔で何言ってんの!? 間が、間が怖ぇよマジで」
「……冗談が通じない方でしたか?」
「お前どっちだよ! ナチュラル煽り入ってるよな!?」
真面目に切れ味高めか、軽口モード突入か。どちらにしてもテキトウに話していい相手と判断されたのなら堅苦しいより良いのかもしれない。
「そうだ、今日の壮真は空気でしたね。緊張でもされてましたか?」
コイツいきなり呼び捨てしやがった!?
「るせぇ! 緊張するに決まってんだろ! あと取って付けたような敬語なんだよ! 呼び捨てのせいで全く意味ねぇよ!」
「あっ——これはその、愉快人フィルターを通してしまいました。申し訳ありません」
強めに抵抗すると再突入するいい子ちゃんモード。なるほどなぁ?
「いいって! どうせ俺は威厳もなんもねぇ男ですよーだ。 あぁ、なんか涙が出てきた。透ー! 俺を先輩呼びしてくれんのはお前だけだよ!」
「一応年上っスもんね」
「他になんか無いのかよ!? 尊敬〜とか敬愛〜とか!」
「ないっスね」
榊原隊・佐賀隊で唯一先輩呼びをしてくれる透は興味なさそうに手短に言葉を終わらせる。
「冷てぇ。俺もオアシスを所望する! 洵〜、妹の前で良いトコ見せるチャンスだぞ!」
「そこは素直に優しくして欲しいなって言えばいいと思うよ?」
「オアシス! オアシスが通じねぇ! クソっ、俺がちっぽけな照れ隠しさえしなければ……!」
「あと僕は別に絢の前でどうとか考えてないから。多分僕の評価は底辺だし、そういうのは『行動して初めて覆る可能性がある』って陽翔が言ってた」
「おい陽翔!? 恥ずかしげもなくなに言ってんだよ!」
最近急激に言葉や思考が成長すると同時に、洵はノリに乗ってくれなくなった。
日頃の陽翔との会話のせいか小難しい理屈も捏ねるようになったのが少しつまらない。
元凶へと鋭く視線をやっても陽翔は肩をすくめるのみ。
「情けない。年下にまで教えられて。羨ましがる前に志道先輩の詠唱文を一日百回復唱すればその気骨のない精神性もどうにかなるんじゃないの?」
うぐぐと歯噛みしていると幼馴染の華凛が毒を吐く。
一時期よりは良い方向に進めていると思うものの、あまりにもツンが鋭く耳が痛い。
「華凛、お前人様の前で……」
「別に、絢は洵と同じ対応を望んだ。ならば見せるものも同じで良いでしょう?」
「お前ら揃いも揃ってひでえよな!?」
「そんな時は好きな歌でも脳内再生してたらいいと思うよ! ほら、ひとりぼっち〜」
慰めているつもりなのか、結衣がたまに歌っている鼻歌を声に出す。
それは寂しさを埋めるように未来への成長を歌っていると知ってはいるが、
「漏れてるし俺孤独死するって!」
脳内再生と言いつつ大体溢れてんだよとツッコミを入れずにはいられない。
あと結衣が歌えば重いし単純に一真はわちゃわちゃした空気の方が好みだ。
「じゃああれはどうだ? 上を向」
これまた学校ではよく聞く歌が真尋から披露され始めた瞬間にテンポよくツッコミが入れられる。
「——古い古い! お前昭和人かよ!」
「なんだと! 生き残ってる歌の良さを舐めんなよ!?」
「雲があるから上はなんも見えねぇよ!」
「悲しいのは見えねぇからそれでいいじゃねぇか!」
歌詞を覚えてしまったからこそできる指摘に、真尋も負けじと反論する。そんな仲が良さそうな会話に、絢も自然と口元が緩んでいた。
出会った当初は気丈に振る舞っていた二人も、今では歌という方法で内心の崩れを溢す。それ自体は歓迎するが、どちらも団欒の場にふさわしいとは思えない。
そもそもの原因が壮真のヘルプではあるものの、変に空気が悪くなることも無いし自分たちの日常風景を見せれていると思えばプラス評価だろう。
怒り。悲しみ。苦しみ。寂しさ。虚しさ。悔しさ。誰しもが心に燻る負の感情が増大している時代。
恵まれた環境の代わりに一種の強制が敷かれた生徒たちはそれでも楽しげに笑い合う。
お互いの理解が、許容が、受容が。本来危うい精神のバランスを崩さずにいた。
多くの人が存在するずっと悪い環境を知らずに、その人々からすれば僅かな痛みを知るに限られる生徒の心は想像以上に脆い。
しかし、だからこそ自ら苦境へと臨む生徒は一層強くなる。用意された環境で得られる余裕は、思考を続ける者の道を確かに押し広げる。
いずれ守る立場になる彼らを、いずれ支える立場になる彼らを。そうしてもらった経験は未来できっと花ひらく。
ゆえに人が、物が、知識が、環境が——それら資源は惜しみなく投じられる。自ずから至るかのように。
臨時生徒——古枝絢の学校生活は順調な滑り出しを見せた。
とー言うわけで! あけましておめでとうございます! 今年も良い一年になりますように!
本当は昨日の日付変わった頃に出すつもりだったのですが遅筆でこうなりました。その代わりに地の文書き加えれたりできたから悪くは無いのかな?と思ったり。楽しんでいただけたら幸いです!
では! 改めまして今年も作者と作品共々、よろしくお願いします!




