偉大な口約束、されど口約束
【ジン・トニック】 ガルス帝国の若き皇帝
年齢は25歳、身長は170cmで整髪料を使い髪をオールバックで固めている。
日本の軍服に似た服を身に纏い、腰には細剣と小型拳銃を携えている。
「(会うのは一年前が最初で最後。初対面時もこの奇抜な格好に、正直度肝を抜かれたがそれ以上に彼を知る材料はなかったな。強いて言えば、若者ながらに最後までこの部屋に残り見送っていたことくらい。可能であるならば交流を深めておきたいが、ここは『そういった場』ではないか)」
「熟考するのは大変よろしいことですが、立ちっぱなしは足にくるでしょう。座ったらどうです、自分の席に」
「あ、あぁこれは失礼」
言われるがまま、目の前にある自分の席に座る。
後は他の三人を待つばかり。
それまでは暗黙の了解として私語は厳禁。
他人の顔色を窺うか、今の問題について思考することしかない。
「(頻発するS級魔物は魔王の差し向けた、先遣隊と考えるが道理。どうやって知能のない獣を先導したかは知らんが、怪獣による追撃が目的なのは明らか。でなければ、オキアイらが出くわすまでの間、あれほどの巨体が人間の領内で身を潜められる筈がない。魔力に優れた魔族だからこそ出来る、転移による強襲と考えるのが妥当)」
考え込むと手の動きが多くなる。
仮にも他国の王がいる手前、自身の弱い部分は見せられない。
怪獣に対する思考も行いつつ、無意識に手や足が暴れださないように制御もしなければならない。本人は気付いていないが、二つを同時に進行している弊害で部屋にいる人間に聞こえるほど大きい溜息を繰り返している。
「(怪獣転移は成功、魔王討伐の最有力候補であるアキアイの戦力を削がれた。次に警戒すべきは、この事態が多発すること。敵がそのような戦法を編み出したのであれば、それを事前に察知して止める手立ては人間にはない。なんとしてでも魔王を早期に討伐しなければ……国の中心地で無数の怪獣が現れる!!)」
考えれば考えるほどに切羽詰まった状況。
異例ではあるが、発足主ではないスカッシュからしてみればこの機に乗じて諸々の作戦会議を行いたい腹積もり。
なのだが、いつまで経っても他の三名が部屋に入ってこない。
持参した時計に目をやると、想像していた以上に時間を浪費していた。
「(一体どういうことだ!? いかなる激務の最中であろうと、迅速にこの部屋に集結するのがしきたりの筈。魔道具の不具合? であるなら、儂のコレだけが動く理由が……)」
「丁度20分、どうやら細工はちゃんと機能しているようですね」
声がして、横に目をやる。
そこには自分と同じく時計に目をやるスカッシュの姿。
「……『機能している』とは、一体どういうことですかトニック皇帝」
「一年前の会議終了して皆さんが帰った後、入口各所に細工をしておきました。具体的に言えば、誰かが入ったら他四人全員にバレるなんて大雑把な仕様ではなく、呼びたい相手だけを呼び、呼びたくない相手は呼ばない細工です」
トニックは秘匿することなく、全てを曝け出してくれた。
そうして自分が入ってきた入口に目をやると、上の部分に見たことのない赤い宝石を埋め込まれていた。他の扉に関しても、別の色の宝石が埋め込まれている。
「これは……!」
「スカッシュ王、これが呼び出し魔道具です」
投げ渡されたのは手のひらサイズのペンダント。
装飾は四方に宝石が四つ、中央に大きめの宝石が一つ。
手に取った瞬間、その宝石には魔法の処理がなされていると気付くが、その正体はつかめない。
「使い方はいたってシンプル。呼び出したい相手の宝石と同じ色の宝石に触れながら入る、たったそれだけです。全員を呼びたい場合は真ん中の宝石か、そもそも触れずにはいればいいです」
「……皇帝はまだお若いが故に、事の重大さに気付いていらっしゃらないのだろう。すぐにこの装置を取り外すべきだ。この部屋は我々が後から弄っていい部屋ではっ」
「『魔王軍襲来の際に主要五ヵ国が結集し、各国が異世界転移の術を使用することを許可しあうだけの部屋』それがこの部屋の存在理由であり、絶対的な唯一の仕事と父からは聞き及んでいます。しかし、私はそれを聞いて思いました。そんな好都合な部屋、もっと有効活用すべきだと。だからです。他の三ヵ国の皆さんにもちゃんと渡しておきましたのでご安心を」
最後まで聞かず、遮るように問題に答える。
相手側からすれば、これ以上に不愉快なことはない。
だが王という立場にいる者として、その程度の不快さには慣れている。
むしろ渡された答案の内容の方に不気味さを覚える。
トニックの言葉には一切の嘘がない。
すべて真実であり、話す必要のないことまで話す。
今の会話でいうなら、わざわざ他の三ヵ国に渡したなどいう必要がない。
むしろ秘密裏にしておけば優位に立てるカードに成りえた。
同じ王という立場に立つ者でありながら、非常に危うい。
ヘタをすれば相手からは下に見られ、利用されかねない。
「(先代の皇帝よ。貴様の目は節穴だったのか?) まさか、儂を呼んだ理由はこれを渡すためだけか?」
「なわけがない」
トニックは軍帽を被り直すと、微笑み席へと座り直す。
今度は姿勢正しいポーズではなく、手は組んで足をクロスした傲慢なポーズで。
「怪獣の件、相当に頭を悩ませているようですね」
「(情報が洩れている!? バカな、いくらなんでも早すぎる。かの国に所属している異世界人は、今もこの国でチームと共に居る!)」
その場に居合わせた冒険者や門番からは考えられない。
二つの国の距離は馬を走らせても三日以上かかる。
完全に相手の術中にはまっている。
だがそれを悟られるわけにもいかない。
一瞬の動揺もすぐさま立て直し、汗の一滴もかかない。
「一体、どこで怪獣の話を。いや、そもそもどこまでご存じなのだ」
「全てです。怪獣にウチの栗花落が所属しているチームが半壊させられたこと。怪獣の向いている方向に貴国があること。怪獣対策で手をこまねいていること」
漏れているという表現は正しくなかった。
情報を流している人間がいる。
そしてそれを包み隠そうとしない。
本来であれば問題視して、交渉材料とすべきなのだろう。
だがスカッシュは、その機会をあえて見送る選択をした。
「(密告者は後で何らかの対策を内々で講じる。)そこまで話が筒抜けであるならば、むしろこちらとしても話が速い。かの存在は魔王討伐の壁となるのは明白。ガルス帝国とアルスレイ聖王国。いや五ヵ国が協力して対処しなければならない。聡明な皇帝陛下であるならば、理解していただけっ」
「ビスターチェはそれどころではないと思いますよ。なんせ、既に怪獣が退治に赴かせた異世界人チーム2つ、人数にして計8名が行方不明となっていますから」
「何、だって」
ビスターチェ、それはスカッシュが真っ先に協力を求めた国だ。
それだけでも心中はとても穏やかではない。
だがそれ以上に不安な予感が渦巻いている。
「ガルス帝国から派遣した異世界人もいました。それに加え、ビスターチェの王様にも確認が取れています」
「……まさかとは思うがっ」
「ハイ、貴国がこまねいている怪獣とは『別の怪獣』です」
思わず左手の親指を唇に当てる。
寸前で踏みとどめたが、危うく爪を噛む姿を見せつけるところだった。
しかし息の荒立ちはより一層深まる。
「一体どうすれば」
「どうすればいいと思います?」
まるで他人事のように質問をしてくる。
その質問はスカッシュから、かけたかったのにだ。
「こうなってしまった以上、一度全ての異世界人を集め総力戦を仕掛けるか? いや、それよりも今一度会議を開き、各国で再度召喚を行う……? しかし彼らの成長を待つ余裕ない」
貧乏ゆすりがいつも間にか始まっていた。
考えれば考えるほどに、自分の空間にのめり込んでいく。
あと一歩遅ければ、トニックの存在を忘れ爪を噛んでいた。
「流石はレモン・スカッシュ王、的を得た対策です」
場違いな拍手が孤独の壁を突き破ってきた。
「もう一度、異世界転移の術を使うんですヨ」
「(何を言うかと思えば。)言った筈だ、召喚したばかりの彼らは民兵以下っ」
「異世界転移の術を多人数で且つ魔法拒絶の魔道具を使い魔法陣の大きさを『人一人分』に調整してください。そうすれば一騎当千の、怪獣と同等以上の異世界人を呼び出すことができます」
今日一日で、一体寿命を何日縮めたことだろう。
古き教えに従うスカッシュ、今年で80になる老体スカッシュ。そんなスカッシュでは到底たどり着けなかった一か八かの可能性。
「……正気か? 儂に、アルスレイ聖王国の存命のために我らが祖先たちが守り抜いてきた盟約を違えろというのか……!」
異世界転移の術に関する盟約。
1.異世界転移の術の存在を知るものは主要五ヵ国の王並びに次期国王のみ
2.使用には五ヵ国全ての同意を始祖の間にて行うべし
3.異世界転移の術をその他一切の者に知られてはならない
4.異世界転移の術は一人で行うべし
これらが記された碑文は術と共に口頭で伝承される
ただの口約束、されど数世紀にわたり守られてきた偉大な口約束でもある。
「結局は口約束。それにまさかこんな事態になるとは、偉大なご先祖様方も想定していなかったでしょう。例外ですよ、コレは」
「し、しかし……盟約の以外にも異世界転移の術は禁術故に、その詳細は誰にもわからない。仮に多人数での召喚を行っても、最強の異世界人が召喚されるとはっ」
「でも、それ以外に怪獣を倒す妙案がありますか?」
それを言われれば、言い訳をする側としては太刀打ちできない。
ここからは自分が自分に対して言い訳をする不毛な問答。そして導き出される結果はほぼ確実に『しょうがない』を前面に出した肯定である。
「安心してください。避難民の受け入れも物資の提供も、我らガルス帝国は一切を惜しみません。レモン・スカッシュ王、貴方が鶴の一声で魔法学校の関係者全員の力を借りてくれさえすればね」
「……ま、待て!!? 魔法学校の関係者全員だと!!!?」
魔法学校、その名の通りアルスレイ聖王国内に存在する唯一の魔法学校。
全校生徒は数千名、教員は元冒険者や魔法に人生を捧げてきた狂人ばかり。
偉大な魔法使いはこの学校の卒業者が多く、魔法を扱う者の憧れの地である。
「逆に他に誰と協力をするのです。魔法を使えるだけの有象無象では意味はありません。魔法を極め、探求する有能な者達でなければ怪獣は打ち倒せない」
懐から小さな像を数個、テーブルの上に置いて見せる。
それに触れると静電気のような瞬間の痛みを感じる
「拒絶の像。魔法を通さない特殊な鉱物で作られています。これを異世界転移の魔法陣の上に置けば、誤って多人数を召喚することもありません。必ず捧げられた魔力に見合った個が召喚されるはずです」
そういってトニックは立ち上がり、ガルス帝国へと繋がる扉へと帰っていった。
一人残されたスカッシュはしばらくの間、立ち上がることもせずに拒絶の像を無意味に眺め続けた。