出会い頭に大きな声で挨拶を
~~~~~ 森の奥 ~~~~~
「……ふぅー、ゴブリンキングの討伐完了!」
【沖合 隆介】 特殊能力:剣神
アルスレイ聖王国に召喚された異世界人の一人。
文武両道、成績優秀な生徒会長というハイスペック。
顔面の偏差値はモデル顔負け、性格もただ優しいだけでなく厳格さを兼ね備えた完全無欠。誰が呼んだか、神に溺愛された男である。
特殊能力剣神は、剣を所持している間はステータスが五倍になるという、シンプルかつ破格の能力。小学生の頃に剣道部に所属していた経験を活かし、異世界人チームのリーダーを務めている。
「ったく、マジ疲れるゼ……」
【大神 大和】 特殊能力:怪力
アルスレイ聖王国に召喚された異世界人。
沖合とは幼馴染で、元の世界ではアメリカンフットボールのキャプテンを務めていた。
豪快な性格さに比例してか、図体のデカさとタフネスは一級品だ。
特殊能力怪力は肉体に掛かる全ての重さを破壊力に還元する。
重装歩兵の装備を身に着けて相手に突撃すれば、敵陣地に綺麗な一本道が出来るほど。
「お疲れ様、今回復するね」
【糸井 向日葵】 特殊能力:聖女
古国ビスターチェが召喚した異世界人。
同じ『地球』から召喚されたが、面識はない。
保健委員を務め、眼鏡をかけているおっとり系。
聖女は一言でいえば超回復魔法。
死者蘇生、疲労回復以外の治癒は殆ど可能。
虫の息でも、腕が欠損していようと直すことができる。
最大範囲一㎞の範囲回復も可能だが、一日一回という使用制限に加え、直後に疲労感に襲われるデメリットがある。
「……」
【栗花落 菊丸】 特殊能力:狩人
ガルス帝国が派遣した異世界人。
同じ異世界人ということしか、チームである彼らも知らない。
生い立ちについて喋りたがらず、必要最低限の会話と確実な仕事ぶりでこのチームに在籍している。
特殊能力は、放った矢を自在に操ることができる。
速度を上げれば、拳銃並みの破壊力を消音で射ることが可能。
~~~~~ ~~~~~ ~~~~~
彼らは各国が召喚した異世界人の一部。
他のメンバーは四人~五人体制チームを組み別行動をしている。
皆の目的はただ一つ。
研鑽を積み、助けを求める人々を救う。
そして全員が五体満足で元居た世界に帰れること。
その為には魔王を一日も早く倒さねばならないのだが。
「……ここ最近、魔王軍が表立って行動を起こしていないな」
「今日のゴブリンキング。先週のサンドワームとヴァンパイアバット、その前の週はシャークウルフホーク。どれもこれも魔界に住み着いてる筈のS級魔物ばーーーっかだァ」
「知能を持たず、しかし魔王軍四天王に引けを取らない実力を持つ魔界の魔物ばかり。本来であれば自分たちのテリトリーから出ることのない彼らが、何故こうも人里で度々目撃されるようになったのか……」
事態の発生は一月前。
至る所でS級魔物の目撃情報が相次ぎ、冒険者ギルドは頭を抱えた。
S級はギルドに所属している冒険者が総出でかかりようやく勝てる相手。
本来であれば百年に一体、それも縄張り争いに負けた言うなればS級魔物の底辺なのだが、今回はどうみても過去の資料と見比べても体の出来具合がまるで違う。
サンドワームは二回りほど体が大きく、家を飲み込めるほど。
ヴァンパイアバットの動きは人間の視覚では捉えきれない。
シャークウルフホークは各部位を巧みに扱えている。
「あくまで憶測の域を出ないが、魔王軍がS級魔物を嗾けているのが一番わかりやすく納得ができる。僕ら異世界人でも、一歩間違えれば殺される危険性がある相手だ。本気で挑まなければならない」
「本気の戦いが続けば心身ともに参るってか? 中々えげつない戦法をとってくるな、相手さんは」
「あくまで憶測だ。向日葵さんも言ってた通り、彼らは縄張りを害さない限り敵対しない、どちらかと言えば野生動物に近い生き物だ。いくら同じ魔物とはいえ、魔王軍が手懐けられるとは思えないし……。ダメだ、頭が働かない」
そういうと沖合の腹が鳴る。
呼応するように大神と糸井の腹も鳴る。
相手が相手なだけに、彼らは寝る間も惜しんで現地へと赴く。
まともな食事をとったのは数週間前で、ここ最近は携帯食料ばかり。
かたいパンに生臭いベーコンと乳臭いチーズ。
女性陣を気遣い、途中に宿屋があれば止まるようにはしている。
それでも風呂にはいれるのは週に一度程度。
訓練されたとはいえ元は学生、疲労や不満が溜まるのも仕方ない。
「……皆は先に宿に戻ってて。私が代わりに報告してくる」
ただ一人、栗花落は黙々と仕事をこなしている。
抱え込むほど大きなゴブリンキングの頭。
その髪の毛をを矢尻に括り付け、不格好に弦を引く。
すると特殊能力が発動して、彼女に追従するようになる。
「そんな悪いよ! 私も一緒に……行っちゃった」
「情けない。本来であれば、僕が率先してやる仕事なのに」
「そう背負い込むなっつの。お前は昔っから、他人ばっかに目をやって自分には目をやらねぇんだ。見てみろよ、見ろお前の足! ひまちゃんの回復で癒せ切れない、疲労がパンパンに溜まってぴくぴくしてる足をよ!! ここは男らしく、情けなさを受け止めて、あとはお礼しよう!」
「わ、わかったよヤマト」
実際彼らの体力も限界間近であった。
どれだけ体の傷が癒せても、精神的は癒すことができない。
この村への報告が終わればまたすぐさま別の場所へ。
それを完了してようやく首都へと戻れる。
「……早く帰りたい」
小さく、漏れ出るように呟く。
静かな森の中、小さな声もよく聞こえてしまう。
「(最初の頃はよかったなぁ)」
考えがどんどんネガティブな方向へと進んでいく。
この世界に来た頃、彼ら異世界人は期待感というか『全能感』があった。
異世界転移ものは悪人ポジションにさえ立たなければとんとん拍子に事が進む。
というのが彼らの知る知識である。
そしてそれは知識通りだった。
助けた異性には惚れられ、敵を倒せば英雄扱いされて祭り上げられる。
現実世界では一握りの人間にしか浴びれない、得も言われぬ喜び。
さすがにR-18なことは迂闊にできないが、それでも彼らは思いはせていた非日常を謳歌していたのは事実だった。
しかしここ最近は違う。
戦い戦い、そして戦いの日々。
それで感謝の気持ちを貰えるのなら多少の励みにはなる。
「なんでもっと早く来てくれなかったんだよ!」
「俺の畑がこんなんなっちまって。いったい誰が直してくれるんだよォオ~」
「お母さん!! お母さん!!! 目を開けてよ!!!! 開けてよ!!!!!」
凄惨な現実、行く当てがなくぶつけられる不満。
感謝されたくてやっているわけではない。
そんなことはわかっている。
だが時折、魔王を倒してさっさと帰りたいという気持ちが前に出る。
助けを求める手を払いのけて。
「……宿に、向かおうか」
今、そんな考えが浮かんだのかはわからない。
だがいずれにせよ、ここにいても何も始まらないし終わらない。
疲労で重いふくらはぎを一発しばき立ち上がる。
せめてもの救いはそろそろ夕暮れ時という事。
久々に宿に泊まる口実が揃っている。
暖かな食事、熱い風呂、柔らかい布団に飛び込める。
些細な幸せがあるから、彼らは前進できる。
「VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」
蒸気船の汽笛に似た爆音が森中に響き渡る。
「 (な、なんだ!!!?)」
言葉がかき消される。
咄嗟に沖合と大神は耳を塞いだが、それでもやかましい。
少し遅れて風も吹いてきた。
方向は東、枝やら葉っぱやらが襲い掛かってくる。
防御しようにも両手が塞がっていて、体を丸めるくらいしか対処ができない。
「……や、やんだ、か?」
今、耳鳴りが世界の音の中心にいる。
指先が震えて、目には涙が溜まり流れる。
「!? 向日葵さん!!」
断片的に沖合の声が聞こえ、大神が振り向く。
すると糸井が耳から血を流して、後ろの木まで吹き飛んでいた。
耳を塞ぐのが間に合わなかったのだろう。
「ぁ……ぁ、ぁあ……」
「一体何事です!?」
栗花落が戻ってきた。
傍らを飛んでいたゴブリンキングの頭は、先ほどの爆音で制御を失って岩に叩き潰れされた。
「それはこっちが聞きてぇよ。急にばかでっけぇ音がして」
「そんなことより今は村に戻るのが重要だ! 向日葵さんを早く手当てしないとっ」
「VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」
二度目は一度目を知っている分、咄嗟には動けた。
咄嗟に自分優先で行動するのは当然だ。
「(しまった! ひまちゃんは今、自分で耳を塞げる状態じゃない!!)」
このままでは二度目の直撃を受けてしまう。
医学の道に進む気も、医学書を読んだこともないが、このままモロに二度目の爆音に晒されれば、肉体的に危険な状態に近付くことだけわかる。
気付いてから動いたのでは遅い。
それに今から動いても遅い。
「(! 沖合!!)」
沖合は自分の身を顧みず、糸井の耳を塞いだ。
しっかりと力を籠めて。
「 (リュウスケ!!!!)」
目の前で親友の耳から血が流れる。
最初の一秒で意識が朦朧としていた。
しかし一切力を緩めることなく、音の止む数秒間を耐え凌いだ。
「ッ!!!」
倒れる沖合と糸井を肩に担いで走り出す大神。
怪力のおかげで重さは感じないどころか、威力が増している。
その後ろを栗花落が追っていく。
その途中で矢の先端を意識不明の二人に触れさせると、その矢を見えない敵に向かって射った。狩人の力で速度が衰えることはないが、少なくとも開示されている情報からでは見えざる敵に命中するとは思えない。
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放たれた矢は二度の爆音を受けた。
木製の矢は砕け散り矢尻の鉄部分しか残っていない。
偶然か必然か、矢尻は敵の体にぶつかった。
向かい風で威力はなくなり、攻撃とは呼べない代物だったが、確かに敵の元には届いて見せた。
周りの山々と遜色のない化け物。
姿形はカエルに似ている巨大生物の元へと。