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閑話「貴族と騎士」

 ハルマに王国からやってきた護衛がついた。

 名前は、ミリア・クラーリオさんというらしいけれど、彼女は王国でも有名なクロスエルグ隊に所属していた騎士だったという話だ。

 王国のことにはあまり詳しくない私でも知っているほど彼女の実力は疑わないけれど、ハルマの護衛の任務に好意的ではないとリオンから聞いていた。

 事情があることも理解しているし、そう思っても仕方がないということも分かる。

 ただ、私はそんな彼女と一度話をしてみたいと思った。


「ハルマー、来たわよー……って、いない?」

 調査団が王国へと出発する日。

 畑に行くと、珍しくハルマの姿がどこにもなかった。

 もしかしてリオンの家か、村の方にいるのかもしれない。

 だとしたら……入れ違いになっちゃったか。

「まあ、待ってればそのうち来るでしょ」

 その間にアメキャベツの様子を確認しようと考えていると、ハルマの家の裏手に奇妙な木の棒と布で作られた建物?のようなものがあった。

 なんだろうと思い近づいてみると、その近くには――、

「よしよし、君は賢いな」

「くぅーん」

「そうか、気持ちいいか。ほれほれ」

 護衛の騎士であるミリアさんと、着実に彼女に懐柔させられつつあるアメオオカミ、フウロの姿があった。

 顎を撫でられ完全に脱力しているフウロを見て苦笑しながら、ミリアさんの元へと近づく。

「はじめまして、こうやって話すのは初めてね」

「……あ、お初にお目にかかります。ハルマの護衛として派遣された、ミリア・クラーリオと申します。ノア・ラングロン様」

「ノアでいいわよ」

「で、では、ノアさん……と」

 ミリアさんが貴族の娘である私を相手にここまで畏まるのには、理由がある。

 彼女は王国の騎士という立場上、その上の立場である貴族にはどうしても頭が上がらないらしいのだ。

 私としては、ミリアさんのほうが年上なのだから敬語も取ってほしいけれど……ハルマのようにはいかなかった。

「ハルマがどこに行ったか知ってる?」

「彼は、ケヴィン殿と共に村の方へ」

 やっぱり行き違いになっちゃったか。

 とりあえず、今はそれより――。

「ねえ、ミリアさん。ちょっと話をしない?」

「構いませんが……」

 実は獣人の方と話すのは初めてだから、どんな話ができるのかちょっとだけ楽しみでもある。

「ミリアさんって、歳はいくつなの?」

「二十四ですね」

 こう思うのは失礼だけど、私と同年代か少し上くらいに見えた。

 意外な事実に驚きつつ、先ほどのフウロとのやり取りを目にして、気になったことを聞いてみる。

「フウロの言葉が分かるの?」

「いえ、言葉は分かりませんが、この子の感情は分かります」

「感情?」

「喜んでいるとか、怒っているとかですね」

 へぇ。それじゃあ、言葉は通じなくてもある程度の意思疎通はできるってことなんだ。

 感情だけでも分かると、色々と便利そうではあるわね。

「あの、私から訊いても……?」

「え? ええ、もちろん」

 彼女の言葉に頷くと、数秒ほど間をおいて口を開いた。

「ハルマ、怒っていませんでしたか?」

「え? どうして?」

「先日、私は彼にひどいことを言ってしまったので……」

 ひどいこと……?

 能天気に畑仕事をしているハルマの記憶しかないから、全く心当たりがない。

 ……いえ、もしかしてリオンから聞いたあのことかしら?

「それって、ここに来たくなかったとか、ハルマに対して怒りを抱いていたとか?」

「!?」

 すっごい分かりやすく顔に出たわね……。

「な、なぜそれを!?」といった感じの驚きの表情を浮かべたミリアを安心させるように、私は笑みを浮かべる。

「そんなこと、ハルマは微塵も怒っていないわよ。それは一週間、彼と一緒にいた貴方なら分かるでしょう?」

「で、ですが……。改めて考えたら、護衛の相手である彼にとんでもないことを言ってしまったことに気付いて……」

「それくらいで怒るような短気な人だったら、そもそも野菜作りなんて無理な話よ。我慢・根気・根性がヤサイ作りに必要な要素だからね」

 私が本気でそう言っていることを察したのか、俯いた彼女は呟くように声を発した。

「……この一週間、調査団の方々に囲まれながら畑作業をしている彼を見てきました。どんなに忙しくとも、土と、そして栽培している野菜と向き合っている姿は、素直にすごいと思えました」

「まあ、あそこまでストイックにやっていればね……」

「ですが、私にはそれだけにしか見えなかった」

 続けてそう言い放ったミリアさんに、言葉が詰まってしまう。

 村で野菜作りに参加していた私にとっても、ミリアの言葉はショックなものであったからだ。

「私は、農作業とは関わりのない人生を過ごしてきました。物心ついた時から剣を握り、騎士になることを目標として修練を続け……ようやく、誉れあるクロスエルグ隊に入隊することができたんです」

「……」

「私は嬉しさのあまり舞い上がりました。クロスエルグ隊は並みの騎士とは違う、重要な任務を任されることの多い隊でもありました」

 噂だけは聞いたことがある。

 クロスエルグ隊は、凶暴な魔物の盗伐や、王国の要人警護を任されるほどに信頼されている、と。

 そんな隊に入ることができたとなれば、彼女の言葉通りに舞い上がってもおかしくはない。

「ですが……ある日、突然隊長に言い渡されたのは、雨の天候魔法の使い手だというアマミヤ・ハルマの護衛任務でした」

「そうだったんだ……」

「護衛をすることが嫌なんじゃないんです。だけど、同僚たちが王国で別任務にあたっている間、私はここから離れることができないというのが、なによりも辛いのです」

 ……なんて声をかけていいか分からない。

 元気づけるにしても、安易な言葉はかけられない。

 迷っている私に、ミリアが続けて言葉を発した。

「ハルマにもノアさんにも悪いと思っています。私は、自分がここに来る理由になったアメヤサイのことをあまり好ましく思っていません。そう思い込まなければ、護衛の対象であるハルマでさえも嫌ってしまいそうになる……」

 アメヤサイとハルマを守るために王国からやってきた騎士、ミリア・クラーリオさん。

 私達の生活の中で新たに加わった彼女が抱くアメヤサイへの感情は、決していいものではなかった。


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