あぶないやつら
「へ?」
車はバックして勢いをつけ、一気に加速した。
「つっこむぞ!」
「何でよ!?」
非難の声が届くよりも早く、車が玄関の柱に突っ込んだ。
凄まじい衝撃が、部屋全体を襲う。
「お前! 何を言った! 何でこうなる!」
アルファーがよろめきながら銃を向けてきたけど、すっ転ぶ。
「知らないわよ!」
ガンガンと衝撃が伝わってくる。何度も柱に突っ込んでいるみたいだ。
やがてバキッと凄い音が響き、部屋が傾いた。
せり出したこの部屋を支えている二本の柱のうち一本がへし折れた事で、支えきれずに傾いたらしい。
窓枠に掴まっていた私はともかく、他の男たちは垂直近くに傾く部屋で立つ事も出来ず、直滑降のように転倒した。
ブラボーとデルタが窓ガラスを突き破って外に飛び出していく。
アルファーは身をかがめて窓の下の壁部分を床にして耐えているけど、チャーリーはまともに壁で頭を強打した。
「ひぎっ!」
そこに家具が次々落ちてきて、チャーリーは壁との間でサンドイッチになった。
口から泡を吹いて気絶するチャーリー。折り重なった家具の重量から見て、再起不能なのは疑いようがない。
「ふ、ふざけやがって! 来い!」
「きゃっ!」
アルファーがその太い腕で挟むように私の首を掴むと、そのまま窓から外へ飛び出した。
傾いているとはいえ、高さ二m以上はあるだろうそこを、半分落ちるような形で着地する。掴まれている分、一瞬遅れて衝撃があり、僅かに息が詰まる。
「ブッ殺してやる!」
既に下では、ブラボーとデルタが拳銃を構えていた。
コングがその前に立ちはだかる。傍らのテーブルや椅子が小さく見えるほどの巨体は、威圧感を放っている。
幸い、奈菜は逃がしたのか姿が無い。あと、何故か飛龍の姿も無い。
「コイツの保護者か。ふざけたマネしやがって。死ぬ覚悟はできてんだろうな!」
ガラスで切ったらしく、あちこち血がにじんだデルタがコングに向かって言う。
いや、保護者じゃなくて一コ上なんだけど。
「そんなのどうでもイイ! ぶっ殺さないと気が済まないネ!」
同じく切り傷だらけのブラボーが銃の照準をコングに合わせた。
「ほら、土下座でもなんでもしてみろヨ。死にたくないだロ?」
ニヤニヤと下卑た笑みをコングに向けるブラボー。
――こいつらは、わかってない。
自分が銃を持っているから、絶対に有利だと思ってる。
銃は、確かに強い。
引き金を引くだけで、『当たり所によっては』死に至る。
でも。
コングが、傍にあった木製テーブルに手をかける。
「おいお前何をしテ……」
そう、でも――
「ほああああああああっ!」
家具を、『引き金を引くのと同じ労力でブン投げれる』奴がいたら?
しょせん、超音速で飛んでくる銃弾なんかより、時速数十キロで飛んでくる椅子や机のほうがよっほどヤバイのだ。
「う、うわああああ」
「ちょ、あぶっ」
当たり所が、とかそういうレベルじゃない。
どこか当たっただけで再起不能になる。
「ヒッ……ぺぎゃっ!」
ブラボーに、飛んできたテーブルがまともに命中。
カエルが潰されたような声と共に、交通事故映像より激しい勢いで吹っ飛んだ。
まるまると肥えた肉体が、あんなに簡単に吹っ飛ぶなんて。背後のログハウスの柵をへし折っても止まらないで、そのまま壁に突っ込んだ。
あまりの威力に壁の縦板がベニヤのようにへし折れて、頭から壁に埋まってる。
拷問マニアにはふさわしい末路だ。
「く、くそがあ!」
身をかがめて投擲をかわしたデルタが起き上がり、銃を構えた。
しかし、その時にはもう目の前にコングの姿。
「ひっ」
そして頭上には振りかぶられた椅子。
「ほあああっ!」
引き金を引く暇すらもらえず、椅子を力いっぱい頭から叩きつけられる。
椅子が撮影用の小道具でもないのに粉々になって、デルタは土下座のような姿勢で頭を地面にめり込ませていた。
「な、な……」
私を掴んだままのアルファーも、あまりの出来事にわなわなと震えている。
わずか一分たらずの間に、銃で武装したテロリストがあっという間に倒されたのだ。
「こ、こいつを殺されてもいいのか!」
慌ててライフルを私に向けようとするが、銃身が長くて上手くいかず、もたもたするアルファー。
「やってみろ。次の瞬間、お前の頭の代わりにテーブルが生える事になる」
その間にも、ずいずいコングが迫ってくる。
「くそったれがああああ!」
アルファーは私ではなく、コングにライフルを向け――
「ヒャッハー! 隙だらけだあ!」
直後、真上から降ってきた飛龍がそれを叩き落とした。
「はっ?」
どうやらまた杉の木に登っていたらしい。
一〇m以上の高さから飛びかかられて銃を保持できる相手なんていないだろう。
もちろん、そんなダイブをして飛龍も無事で済むはずもないけど、映画で見た落下傘部隊のように、体をひねりながら転がり、着地の衝撃を中和していた。
「ヒャッハー! 五点着地だあ!」
即座に大勢を立て直し、落ちていたライフルを拾い上げる。
「ヒャッハー! 形勢逆転だあ!」
ライフルの銃口がアルファーへ向く。
「威嚇だよね? 私いるのに撃たないよね飛龍?」
「ヒャッハー! 俺はハワイで射撃の練習はしてるから心配するなあ!」
「そういう事じゃない!」
ダメだこいつ。
確かに、祭りの射的でもあり得ないくらいの精度で当ててたけど!
当ててたけど!
人質いるのに平然とライフル向けるなあ!
「くっ、くそ……」
アルファーは今度は懐に手を伸ばすと、ダイナマイトを掴んだ。
「てめえら動くなあ! こいつをさく裂させるぞ!」
掲げられた発煙筒状のダイナマイト。
それだけではなく、ジャンバーの間からも胴体に大量にまきつけられたダイナマイトが見える。
「俺がホントにやらねえとでも思ってんじゃねえだろうな! ブッ殺してやる! どうせ死ぬ覚悟はできてんだからなあ!」
開き直って絶叫するアルファー。
もうその目に正気の色は無かった。
さしものコングと飛龍も、近寄れずに動きを止める。よかった……二人にもまだ人間らしいところがあって……。
「殺してやる……殺してやるぞお!」
アルファーは、本当に火を着けるつもりだ。完全にやけになっている。
だけど、ダイナマイトは着火しなければ意味が無い。
つまり、ライターを取り出すためには、私の拘束を解くしかない。
――だったら!
アルファーがポケットに手を伸ばすために左手の拘束を緩めた瞬間、私は一気に首を引き抜いた。
「なっ!」
「ああああああっ!」
そしてそのまま真下からアルファーの股間を蹴り上げる!
「ほぎぃっ!」
クリーンヒットした蹴りは、二つのボールをジャストミートし、アルファーの体が浮き上がった。
次の瞬間、飛龍とコングが飛びかかってくるのが見えた。
「ひっ、ひいいいっ!」
「ほああああっ!」
「ヒャッハー! おしおきの時間だあ!」
――後はもう、割愛しよう。
説明の必要もないほど、一方的な蹂躙だった。
とりあえず、アルファーはボロ雑巾のようになって転がっていた、とだけ。
それはもう見事に、折れてない骨は無いんじゃないかってくらいのボロ雑巾になってた。うん。
「は、はは……」
助かった事で緊張の糸が切れ、私はその場にへたり込んだ。
それを見たコングが助け起こしに身をかがめて寄って来た。
「無事か?」
「ドアホーッ!」
反射的にその頭をひっぱたく。
「……痛い」
「無事か? じゃないわよこのスカポンタン! 何で人質がいるのに車で突っ込んで来てるのよ! 日曜洋画劇場ってレベルじゃないわよ!」
「あれが一番早い」
「あんたは幼馴染の安全とかそういう事は頭の片隅にもないのかーっ!」
「大丈夫だ。どんな事になろうが俺たちが必ず助け出す」
言ってることはかっこいいのに。
かっこいいのに!
ぜんっぜん、噛み合ってない!
「はぁ……とりあえず……助けてくれてありがと」
どっと疲れて、もう反論する気力もなく、私はそのまま後ろに倒れ込んだ。




