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守は住人のいないブルーシートで覆われた居室を見つめる。
スーさんが暮らしていた居室は、未だにいなくなってからそのままの状態だ。
仲間内では、そろそろ片付けようかという話が出てきている。
そうなれば、スーさんがいた痕跡は無くなってしまう。
守の中で寂しさを感じる気持ちが、徐々に薄れて行っている気がする。
その感情と共に、スーさんの存在も忘れてしまうのだろうか。
守はふと考えてしまう。
右端の同じような居室にも目を向ける。そこの住人も戻ってきていない。
マーさんが暮らしていた居室だ。
いなくなってから数日が経ち、少し前に警察が中の物を運び出していった。
どうやら、自首したというのは本当だったのだろう。
守は俯き、目を閉じる。
スーさんとマーさんが仲良さそうに笑いあっていた姿が頭に浮かぶ。
こんな状況になってもなお、守は現実を受け止められないでいる。
なぜ、マーさんはスーさんを殺してしまったのか。
どんなに考えても、その理由は分からない。
一体、何があったというのか。
人が死ぬ理由と一緒で、殺す理由も他人からは理解できないのだろう。
自殺した進の顔が浮かんでは、そうやって自分に言い聞かせていた。
共同生活をしている仲間達は現実を受け止め、元の生活に戻っている。
普通であれば葬式でもして、
亡くなった人との別れの区切りをつけることも出来る。
ホームレスである以上、そんなわけにはいかない。
区切りをつけるどころか、存在自体を風化させていくような感じになってしまう。
元々、強い繋がりで結び付いている関係では無いのだから、
それも仕方ないのだろう。
亡くなったことにより、周囲に及ぼす影響も普通とは違う。
存在自体が無かったように、人知れず死んでいくだけ。
それがホームレスに与えられた宿命なのだと、守は強く実感した。
ただ、事件のことについて何も知らないままの状態でいることは嫌だった。
マーさんが殺したのが事実だったとしても、その理由だけでも知りたい。
守はその気持ちを抑える事は出来なかった。
どうやったら、その望みを叶えられるのか。
警察に聞いても、きっと教えてはくれないだろう。
守に出来ることと言ったら、たかが知れている。
仲間達に聞いても、誰も分からないだろう。
暮らしていた居室の中に、何か手掛かりはないだろうか?
警察が中の物を押収しているので、その可能性は低いだろう。
守は自分の無力さを感じ、落ち込むしかなかった。
「そろそろ片付けようかのう。
このままにしておく訳にはいかねぇしな」
年長者のバクさんが、住人のいない居室を見ながら言った。
「片付けても良いんです?
警察から何か言われませんか?」
守がおどおどしながら、バクさんの行動を止めようとする。
「大丈夫だって。
この前、マーさんの荷物を持って行った警察の人達に聞いたんやから」
小柄なバクさんが胸を張って、守の顔を覗き込んでくる。
警察に許可を取ったと言われれば、守に反論する余地は無くなる。
周囲で話を聞いていた仲間達が集まり始め、バクさんに同調し始めた。
守にしても、明確な理由があって居室を残しておきたい訳では無い。
片付けてしまうことで、存在自体が消えてしまうようで嫌なのだ。
このまま残しておいてどうするのだと聞かれれば、守は答えようが無い。
公園で共同で生活していたとはいえ、あくまで他人同士なのだ。
「それじゃあ、始めるか」
バクさんの威勢の良い声に従って、居室の片付けに入り始めた。
集まっていた者達が、二手に分かれて作業を始めようとしている。
「マーさんの方も片付けるんですか?」
守の問いに、バクさんは狐に摘ままれたような顔をする。
「そりゃそうだろう。
警察に自首したんじゃねぇか」
何を今更という顔で、守の顔を見てくる。
「そうですけど。また戻って来るかもしれない」
守が両手を広げて前に突き出す。
「刑務所から出て来てからか?」
バクさんが目を細め、口をすぼめる。
守は小さく頷いた。
それと同時に、バクさんは鼻で笑った。
「そんなわけないだろう。
人殺しだと知られた連中と、また一緒に暮らしたいなんて思わねぇだろ」
吐き捨てるように言い、バクさんは仲間達に指示を出し始める。
守は何も言い返せなかった。
皆が、居室の中にある物を出しているのが見える。
守はその様子をただ茫然と見ていた。
当たり前だが、居室はいとも簡単に解体されていった。
ものの数分で跡形もなくなり、並んでいた居室に歯抜けの様な隙間が出来た。
残っていた食べ物は適当に分配され、
使えそうな食器類などは希望する者が持って行った。
誰も要らないものは、公園のゴミ置き場に放置された。
これで、二人がいた形跡は消え去った。
心の準備はしていたものの、いざそれが現実になると喪失感を覚えた。
守は開いたスペースを見ながら、過去に思いをはせていた。
カラスが降り立ち、食べかすなどをついばんでいる。
事件の捜査状況は何一つ分からない。
マーさんは検察に送検され、刑務所に入ることになるのだろうか。
もう二度と会うことは無いのだろう。
そう思うと、胸にざわつきを覚えた。
どうにか心が落ち着き、守は片付けが終了した場所をぼんやりと眺めていた。
それに気づいたのは、マーさんが居室があった場所を見ている時だった。
地面の一部だけ、他の場所と明らかに土の色が違うのに気づいたのだ。
守は周囲を見渡し、おもむろにその場所を手で掘ってみた。
一度、掘り返されているようで、
その箇所だけ砂が柔らかく、簡単に掘り返せそうだった。
もしや、何かが隠されているのでは無いかと思い、守は素手で一心に掘り返した。
穴が中指ほどの深さになったところで、何かに当たった感触を得た。
さらに掘ってみると、手のひらサイズほどのビスケットの缶が埋まっていた。
缶に表示されている賞味期限から、最近の物であることが分かる。
缶を持つが特に重さは感じず、振ってみるとカサカサと音がした。
守は缶の蓋を開け、中身を確認した。
中には、新聞の切り抜きと封筒が入っていた。
新聞は劣化具合から、随分前に発行されたものである事が分かる。
封筒には便箋が一枚だけ入っている。
守は申し訳ないとは思いつつ、その便箋の中身を読んだ。
それは、女性が両親へ宛てた、遺書の様だった。
自分が軽率な判断で行動したのを悔いており、
勝手に死んでしまって申し訳ないと綴られていた。
その女性の名前は間宮唯とあった。
守はどういうことかと、頭を傾げながら新聞の切り抜きを確認する。
切り抜かれた記事は、ある会社を詐欺で摘発したという内容だった。
今から二十年ほども前の事件のようで、その会社の社長の写真が掲載されていた。
その写真を見て、守は既視感を覚えた。
ある考えが頭の中に沸き起こり、新聞を持つ手が震え出した。
守は写真を凝視し、その考えが正しいのでは無いかと確信した。
その写真に写っているのは、過去のスーさんに違いなかった。




