プロローグ
場水駅は、昼間ということもあり、閑散としている。
長かった梅雨が先週明け、陽が降り注ぎ、早くも猛暑日となっている。
駅西口のロータリーのバス停に大学のバスが停車し、数人が降車する。
降車した学生達は、ホームへの階段を降りていく。
公衆トイレの前にあるベンチに座る人には誰も目もくれない。
テニスラケットを背負った二人組の男子高生が、バス停の奥から歩いてくる。
一人の浅黒い肌の高校生の雄哉が、手を口元に近づけて声を潜める。
「おい、あそこのベンチに座っているのって」
もう一人の翔が、ベンチを一瞥し、納得したように小刻みに頷く。
ベンチには、老人と思しき人が静かに座っていた。
この暑い日に長袖のカットソーと灰色のベストを着て、ニット帽を被っている。
ブーツを履いており、結んでいる紐は切れ掛かっている。
ニット帽からは、白髪の混じる縮れた長髪が飛び出している。
身に着けているどれもが、所々に穴や傷が入っており、薄汚れている。
「こんな場所にも、ホームレスっているんだな」
雄哉が、気まずそうに顔を歪めている。
ロータリーを囲む高層マンションには、大企業に勤める者が多く住んでいる。
ここには裕福な人しか住んでいないと思っていた。
こんなこともあるのだと雄哉が目を丸くする。
「あの人、午前中に見たときも、ああやってベンチに座ってたと思う」
前髪で隠れた切れ長の目をした翔が、ぼそりと言う。
「そうだっけか。全然気づかなかったけど」
ホームレスに対し無関心だったことに、雄哉は気付かされる。
「いたよ。朝と全く同じ姿勢で座っている気がする。微動だにしてないって感じ。
もしかして、午前からずっと寝ているとか」
「そんな訳ねぇだろ。この暑さだぞ。あんな暑い恰好で寝れるかよ。
仮に寝てたとしても、多少は動くだろ、普通。
朝から動いて無いなんて、お前の気のせいだって」
ベンチまでの距離が近づき、二人の足は老人の前で止まってしまう。
お互いに目配せし、どうするかけん制し合っている。
手を伸ばせば届きそうな距離に老人はいるが、寝息は聞こえてこない。
鼻を突くような匂いが、微かに漂ってくる。
老人は腕を組み、目と口を閉じている。
彫像のように、固まったままだ。
「あの・・・」
翔が果敢にも、老人へと声を掛ける。雄哉はそれにたじろいでしまう。
老人の反応は全くない。臭気と重なり、不気味さが一層深くなる。
怖気づいた雄哉が、翔の裾を引っ張り、この場を立ち去ろうする。
それにも動じず、翔は老人との距離を詰めていく。
「おい、やめろって」
翔を止めようと、老人との間に雄哉が割って入ろうとした。
その時、雄哉の足が老人の足にぶつかってしまった。
「あっ、すみませ・・・」
雄哉の謝る声が、ふわふわと上空に消失していく。
老人はぶつかられて抵抗することなく、ベンチから地面へと倒れ込んでいった。
腕を組んで座った姿勢のまま、微動だにしない。
頬が扱けた顔は血の気を全く感じないほどに、白い。
雄哉は尻もちをついたまま、立ち上がれないでいた。
翔も目の前の状況について行けず、固まったままでいる。
「まさか、この人」
雄哉が老人が息をしていないのを確認すると、泣きそうな顔で言った。
「あぁ、もう死んでいる」




