エピローグ 悪役令嬢の悪くない結末
私はワイトニング商会の従業員なのに、なぜ、共済事務局にいるんだろうと、給付金請求書を前に思った。
事務局は朝からみんな殺気立っていた。
商工会の公聴会後、様子見派だった商会からの加入申し込みが殺到し、解約した人たちからの再加入手続き。
支援金の支払い手続きと、一時期落ち着いていたはずの事務処理が、いまは地獄の忙しさとなっていた。
おまけに今日は掛金締切日。
いつにもまして忙しい。
猫の手も借りたい。
いや、猫の手はダメだ。猫の手を借りたら私が仕事にならない。肉球を揉んだり、手形を取ったりして一日が終わる。
借りるなら···父か。
父なら容赦なくこき使える。
ドアが閉まる音がしたかと思うと、
バンッ!
という書類の束を机に叩きつける音がし、事務員の魂の叫びが聞こえた。
「おとといきゃがれーっ!」
「どうしたのよ?」
「あンの、バルト商会の性悪が、掛金を小銭で持ってきたのよ。しかも、他商会分も頼まれたからといって、約百八十人分」
「誰か、ローズマリーの葉っぱ持ってきて。撒いてくる」
「キーッ、コネクス商会、何回言ったらいいのよ。代筆、加筆するなーっ」
皆さま荒ぶっていらっしゃる。
仕事は落ち着いてしてください。
うん?
···ふざけんなっ、喧嘩した怪我を放置して悪化
したから給付金寄越せだと?
却下に決まってんじゃないか。
請求してくんな!
こうして、阿鼻叫喚の一日が始まり、一日が過ぎた。
気づけば窓の外は茜色に染まっていた。
夕暮れの中、帰宅の途についた。
今日も地獄だったな。
「リザお姉ちゃん」
駆けてきたのはトミーだった。
「トミー、こんな時間にどうしたの?」
「見て、見て、猫の赤ちゃんだよ」
なんですと!?
箱の中を覗くと子猫が五匹。
ハチワレ、タキード、ザビ、チャトラ、茶白がみゃぁみゃぁ言ってる。
は、鼻血が……
鼻を押さえた。
「リリのお嫁さんが産んだんだ」
「トミー、待ちなさいって言ってるでしょ」
エリーゼさんが慌てて追いかけてきた。
「あら、リザさん。こんばんは」
「こんばんは。その後、いかがですか?」
「ふふふ、ほら、銀太ちゃんに作ったお散歩紐が評判で、いろいろと作成依頼があるの。おかげさまで、暮らしていけるわ」
きっと、ミレーヌさんだ。
猫が繋げてくれた絆に自然に頬が緩んだ。
「良かったです···トミー、赤ちゃん大事にね」
「うん。でもさ、cat trapのおばちゃんが一匹欲しいっていってるんだよ。みんな俺の弟なのにさ」
そう言ってトミーが不服そうな顔をした。
多分、ミレーヌさん、子猫の可愛さにヤラれたな。
ジルちゃんの弟か妹ができるのかぁ···羨ましい。
「ほら、トミー帰るわよ」
「バイバイ、リザお姉ちゃん」
エリーゼさんとトミーが仲良く並んで帰っていく後姿を笑みを浮かべて見送った。
軽い足取りで部屋に帰った。
「銀太〜ただいま〜」
ぶにゃんという鳴き声とともにずんぐりむっくりの銀太がお出迎えしてくれた。
晩ごはんを用意して、銀太と食べる。
シャワーを浴びて、窓を開けた。
夜風が心地良い。
自然とため息が出た。
「結局、忙しいままじゃない」
銀太のお腹を撫でながらぼやく。
窓の外では街の灯りが揺れていた。
あの日より、ほんの少しだけ、生きやすくなった気がする。
あの腹黒王太子との対決はまだ続く。
共済も猶予期間中。
傍目から見ると楽観視できる状態じゃないかもしれない。
だが、誰も勝っていない。
誰も負けていない。
この答えを引き出せたのは及第点だ。
足元に来た銀太を抱き上げる。
めちゃくちゃ迷惑そうな表情だ。
癒される。可愛い。
「ふふふ…まあ、いい感じで収まったんじゃない、ねっ、銀太」
「ぶにゃっ」
丸い身体が喉を鳴らした。
悪くない結末だ。
完
このエピローグを以って、第一部が完結となります。最後までお読みいただきありがとうございました。保険という制度に着地するとは思わず、書きながら笑っておりました。拙い作品ですが、評価を頂けると嬉しく思います。
王太子レオナードとリザベッタはこんな関係で続いていくんだろうなぁ…
ね、銀太。
ぶにゃん




