眠れる闇
現在地を確認した所、クプ渓谷までの道は通っている事が分かった。
閉都内を移動する必要がなくて良かった。
積荷から解放された近代商人は道さえ通ってればなんとでもなる。
道が通っていなければ、まあそれはそれでなんとかするのだが。
商隊を組む者も多いが、我々斂都御用商人を筆頭に独自色の強い商品を取り扱う者は個人で移動する事を好む。
連合軍が駐留している地域では獣や賊より他の商人の方が怖い。
ソラさんとそんな事を話しながら、道と呼べるか怪しい道を行く。
戦後五年。破壊された道々の修復は、半分程度しか済んでいない。
何人もの人を追い抜いて私は少しばかり疲れて来たが、ソラさんに疲労の色はない。
楽し気に私の話を聞いて、時に質問を投げかけて来る。
「成程。そうなると、今後は道を作る仕事が盛んになる?」
「土地は色々と縄張りがあるので。そう簡単には行かないですよ」
雑談をし続けて分かった事がある。
ソラさんの知識の濃淡だ。
ソラさんは実生活に基いた物事に疎い傾向がある。
与えられた知識が限定的であったと言うより、知識を与えた側もそれを知らなかったのだろう。
少しだけスライム種に視線を流す。
淡々とソラさんの後ろを歩いている。
スライム種は疲労を感じる事があるのか?
少なくともペースが落ちる気配はない。
「何せ戦争終結から五年しか経っていませんからね」
「それでも、僕が生まれる前の話なんですよね。戦争って」
ん?!
聞き間違いか?
「年配の同種から多少は話を聞いていたんですけど、どうにも実感が湧かないくて」
「それは仕方ない事ですが……ソラさんってお幾つなので?」
「一歳です」
「ええと、一年は四百日換算で一歳ですか?」
「そうですけど? 四百日以外で一年があるんです?」
「いえ、ちょっとした確認です。そうですか、一歳ですか」
保護種の成長速度は一体どうなっているんだろうか。
いや、保護種の短い寿命をから逆算するとこの位の成長速度が妥当なのか?
我々の半分にも満たない寿命なのだから、身体が成長しきってから生まれて来る生態の可能性もあるか。
「我々獣人種は、種族にもよりますが、大凡二十年程度は幼形期がありますからね。保護種の方はその辺りが違う様ですね」
そう取り繕うと、ソラさんがスライム種に視線を向けた。
成程、本人も知らない事なのかと私もスライム種に視線を向けると、スライム種の胸部に解説が浮かび上がった。
『保護種は生まれてから老衰で死ぬまで外観がほぼ変化しない様に設計されている。これらは幼形成熟を利用した設計であるため、どの様な生物でも特定の環境下で近い特性を発現する可能性はある』
どの様な情報が出て来るかと身構えて読み進めたが、危険な情報ではなさそうだったので私は安堵の溜息を吐いた。
……そもそも幼形成熟って何だと言う疑問はあるが。
状況から最初から成長した状況で生まれて来る事を指すのは分かるが。
「因みにアオさんはお幾つですか?」
『14 』
「そうなんですか」
百四十八歳。そこは普通なのか。いや、この個体が老齢でないのならかなりの長命種か。
演算スライムが幼形成熟である可能性もある。
「色々と知らない__」
「誰か倒れてますよ?」
スライム種の文字を伺いながら話していると、ソラさんが駆け出した。
その先に目を凝らす。
我々の向かう先には緩やかな下り坂の荒野が広がっていて、障害物が無い事から遠くまで視線が通っている。
私は倒れている人を見つけられなかった。
駆け出したソラさんは砂煙を巻き上げながらぐんぐんと小さくなっていって、大分遠方で停止した。
後ろを振り返ると、スライム種は忽然と消えていた。
置いて行かれたようだ。
慌ててソラさんを追いかける。
両手両足で大地を蹴るのは久しぶりで、何とも言えない解放感があった。
貴金属種が二足歩行を特別視しているため普段からそうしているが、一部の獣人は四足歩行に適した身体構造を有している。
貴金属種が影響力を落として行くであろう今後は、四足歩行に立ち返る者も増えるのかも知れない。
引き離された距離がぐんぐんと縮まって行くのに、身体への負担は小さいのだ。
今後の旅程では四足歩行で移動するのが良いだろう。
ソラさんもスライム種も、私に合わせて歩みを遅くしている様だし。
なんて事を考えている間にソラさんに追いついた。
当然の様にスライム種も佇んでいた。
ソラさんは膝立ちで行き倒れを介抱していた。
浅黒い肌をした、特徴のない外見を持つ人物だ。
血色は悪い様に見えるが、環境によっては平常時でもその様な種もあるため何とも言えない。
服装に特徴もなく、何なら外見から性別も判然としない。
「ちょっと失礼しますよ」
形だけの断りの言葉を掛けて、行き倒れの首筋に鼻を近付ける。
「金属臭はしません。私に比べて体温は低いですが、種族によっては普通の範囲ですね。脈拍は強目なので、少なくとも仮死と衰弱はないかと。血色こそ悪いですが、体液の不正漏出が見受けられないので外傷と疾病の可能性は低い様も見えますが……」
種族が不明、もしくは見識に乏しい種族だと、意識不明者の体調を判断する事は難しい。
今回は金属種が混ざっていないだけましな方だ。
口籠る私と行き倒れを交互に見ていたソラさんだったが、弾かれる様に後ろを振り向いた。
『寝不足』
ソラさんの視線を辿ると、スライム種が表示した文字が見えた。
大事ではない様子だ。
そう思って行き倒れをよく観察してみると、呼吸が一定間隔で落ち着いていた。
「眠っているだけの様ですね。あ、もしかしてこれが野宿と言う行動ですか?」
「普通はもっと暗くなってからするものですが……野宿するには無防備過ぎますし」
無防備過ぎる事もそうなのだが、体温と脈拍の関係が矛盾している気がする。
何らかの不調で倒れているのか……いや、スライム種がそこに言及しないと言う事は違うのか?
この行き倒れ、私が知らない種族の獣人或いは多重種か?
少し不安だが、スライム種に聞いてみるか?
流石に聞いて判断に困る情報は出て来ないだろうし。
「因みに、この方の種族は何でしょうか?」
『金属種一割、闇人三割、擬態種六割』
……。
擬態種って何ですか? と咄嗟に口走らなかった自分を誉めてあげるべきか。
或いは迂闊にスライム種に情報を求めてしまった自分を叱るべきか。
「……金属種が混じっているとなると、ちょっと分かりませんね。本人が起きた後で聞くのが良いと思います」
熟考した結果出て来た言葉は、露骨な見ない振りであった。




