表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/51

34. 罪悪感に花は咲かない

 寒い日の朝、都心のガラスビルに柔らかな陽が差し込む。

 在宅医療を支えるヘルスフラワー社には、今日も真摯な声が飛び交っていた。


「佐久真くん、この分析お願い」

「はい、すぐやります!」


 若手社員・佐久真は書類を抱えながら、疲れた目で笑う。

 その横を、タブレットを抱えた有沢が通る。小柄な女性、腕にはうさぎのキーホルダー。


「おはようございます……あ、すみません、昨日の資料、夜に送りたかったのですが……子どもの発熱で」


「気にしないでください!」

 佐久真は明るく返す。しかし心の奥では思う。

(俺は独り身だし。サポートするの、当然だよな)

 有沢も思う。

(迷惑かけてばかり。私がいるせいでみんな大変に……)

 罪悪感は、音もなく増幅していた。


 

 ――そのとき、空気が変わる。


「利益を生み出せない、“役に立ててない”と思うたび、苦しくならないか?」


 黒いスーツにオレンジ色のネクタイの大柄な男が現れる。ニタニタした笑みを浮かべるが、その奥は氷のように冷たい。


「あなたは誰ですか……?」

「俺はただあなたが心配で現れた、通りすがりの者だ」


 彼が指を鳴らすと、空気が重く滲む。


「がんばる母親ほど、『我慢しないと』と思う。がんばる若者ほど、『助けられないとダメ』と思う。何故ならこの世は業績がすべてだからな。数字で証明できない貢献なんて、存在しないのと同じだ」


「っ……」

 有沢の脚が震え、小さな息が漏れる。


「休むなんて……すみません」

「いえ大丈夫です、俺……全部やりますから……」

 佐久真の声も掠れていた。


「フフっ……そうやって犠牲になればいい。優しさなどお前たちを縛る鎖」



 ※※※



「よしっ! ヘルスフラワー社向けのシステム入れ替えの受注が取れたか」

 豊臣が今週の受注レポートをチェックしながら呟いた。すると営業社員が慌てて走ってくる。


「部長、大変です。ヘルスフラワー社案件、先方から“再検討”の連絡が来ています。理由は――」

 部下のノートPCの受信メール画面を見る豊臣。

「社内体制の見直しにつき、今回の投資は一旦白紙に戻す!? なんだって?」


 ――おかしい。

 随分前から見積もり内容も含め、詳細検討していたのに、今さら体制の見直し。さらに投資しない判断。


「ちょいと俺、行ってくる!」

 

 豊臣がサッとコートを羽織り、オフィスを出る。

 外に出た瞬間、こっそりと脇道に進んだ。

「――変身した方が早いんだよな! スーツ侍・改革!」

 金色のスーツにマントを羽織った侍に変身し、ビルの屋上を渡って目的地へ向かう。


 ヘルスフラワー社に到着し、変身を解いてから担当者に確認したところ――

「現場の負担軽減のためのIT投資は前々から決まってたんですが、いきなり事業部長から“理想論だ。今は利益確保が最優先”と言われまして」とのことだった。

 

「理想論……? いや、投資でも数字は出るはず」と豊臣が言いかけた瞬間、橙の霧が喉を締めた。

「私としては在宅医療の記録が効率化されれば、患者さんの対応に集中できると……」と担当者も言ったが、霧のせいなのか苦しそうにしている。


 ――すると、部屋のドアが乱暴に開く。

 そこには黒いスーツにオレンジ色のネクタイをした、大柄の男性が。

「フンッ……感情論など不要だ」

 気づけば、橙色の霧が辺りに広がっていた。


 担当者が「うぅっ……頭が……そうだ、利益達成のために……」とうなされる。

 豊臣はネクタイピンに手をやる。橙色の中で金色のマントが光り、扇で霧を晴らした。


「なんだと!?」


「スーツ侍・ヒデヨシ! 日々の業務を効果的かつ効率的に実施するための投資は……みんなの笑顔(スマイル)のために必要なんだよ! (ついでにシステム会社的にも、購入してもらわないと困る!)」

 

 男はオレンジ色のマントを翻す。彼の正体はミスター・ハイプレッシャーであった。再び橙色の霧が広がり、オフィスの天井が歪む。


「出たな侍。だがもう遅い!」


 ハイプレッシャーがサッと消えたので、ヒデヨシはあとを追いかける。

 そして、業務フロアに到着して驚いた。社員たちの顔がどんよりとしている。


「おい! みんな……どうしたんだ!」

 ヒデヨシが声をかけたのは、有沢だった。

「私は子どもが小さいので、時短なのですが……昨日子どもが熱出してしまって仕事ができませんでした」

 それを聞いたヒデヨシが彼女の肩を叩く。

 

「子どもが熱を出すのはさ、“想定内の突発ミッション”だよ。でもな、それはあんたがちゃんと親やってる証拠だ」

「え……」

 その時、彼女の周りの霧が薄まった。これは罪悪感を増大させ、周りを認めるよりも利益最優先の考えに持ってゆく霧だったのだ。

「ヘルスフラワー社は、小さな子どものいる社員も多かったはず。そこを攻撃されたんだ」

 ヒデヨシが気づいたが、すでにどの社員も苦しそうな顔をしている。

 向こうにいるハイプレッシャーのニヤリと笑う顔だけが、不気味に映った。

 

 ――その瞬間、桃色の風が吹く。


「それ以上、彼らを縛るのは許せないわ」


 エレベーターが開き、桃色のスーツの女性が現れる。

 揺れるポニーテール、凛とした瞳。


「桃の調和戦士――スーツ侍・イチリン。参上!」


 ミスター・ハイプレッシャーは舌なめずりする。

「調和? 甘い、甘すぎる。社会は常に競争に勝たねばならない。厳しい世界なのだ!」

「厳しさは必要。でも“傷ついていい理由”にはならないわ」


 イチリンは扇を広げ、社員たちの心を読み取る桃色の光を放つ。


「心音可視化・桃弦の鏡!」

 イチリンが手を掲げるとそこに光が現れ、フロアに文字が映し出される。


 有沢:

「迷惑かけてごめんなさい……わたし弱い母で」

 佐久真:

「期待されたい……だけど本当は、助けてって言いたい」

 周囲の社員:

「頼ってほしかった。手伝うのは迷惑じゃない」

「あなたがいるからチームなんだよ」


 それを見た有沢の瞳から涙がこぼれた。


「わたし……甘えてよかったの……?」

「甘えじゃない。“助け合い”よ」

 イチリンがそっと肩に手を置く。


 それを見たハイプレッシャーが叫ぶ。

「優しさは善意じゃない。責任感の言い換えだ。罪悪感を背負い続けて、潰れろ!」


「罪悪感は人を縛る鎖。仕事は“罰”じゃない、信頼でつながるものよ」とイチリン。


「おのれ……これでも食らえ! ハイプレッシャー・バーンズ!」

 ミスター・ハイプレッシャーが手から炎の攻撃をイチリンに放つ。

「うぅっ……」


「イチリンをよくも……笑顔(スマイル)・百万石アプローチ!」

 ヒデヨシが2枚の扇を広げ、金色のオーラで炎をはらう。

 

「フンッ! 貴様らなど、俺の圧力でぺしゃんこにしてやる。圧搾(コンプレッション)炎上(フレイム)!」


 ハイプレッシャーの炎の攻撃がフロア全体を取り囲む。

「うっ……何だよこの炎はっ……(ノブナガじゃないんだからっ)」

 イチリンも桃色の扇を広げ、必死で対抗している。


 その時だった。


「旋風斬り!」


 ザンッ!!


 空気が裂け、熱が一瞬で消し飛んだ。

 炎の檻が霧散し、黒いスーツの男が立つ。


「……そこまでだ。(ヒデヨシ、何か言ったな?)」

 

 イチリンの膝がわずかに沈む。彼女を支えようと肩に触れた手は、炎の中でも力強くて穏やかだった。

 振り返ると、ノブナガの顔が目の前にある。


「あっ……(あに)さま……じゃなくてノブナガ!」

「火傷はないか」

 ノブナガの低くて優しい声に、イチリンは頬を染めて頷く。彼のオーラに火傷してしまいそうだ。


「貴様。よくも……許さん! 覇断(はだん)一閃(いっせん)!」

 ノブナガが刀を振り下ろすと、黒い斬撃がハイプレッシャーに向かう。かろうじて橙色のマントで防いだが、体力は消耗したようだ。

「クソッ! 覚えてろよ!」と言いながら、ハイプレッシャーは姿を消した。


 イチリンが両手を広げる。

「皆さんを浄化しましょう。桃色花輪・調和(ハーモニー)閃光(クレスト)!」

 桃色の花輪が回転し、罪悪感の霧を切り裂く。社員の胸に温かな光が満ちていく。


「ありがとう……」

 有沢は深く頭を下げた。

「私は、母であり、看護師であり、社員。全部、大事にしていいんですね」


「もちろん。あなたの働き方は――あなたの強さよ」


「俺も……」

 佐久真が拳を握る。

「ひとりで背負うんじゃなくて、協力が大切なんですね」

 

 イチリンは静かに答える。

「重さは一緒に持てば、軽くなるのよ」

 それを見たヒデヨシも頷く。

「時短社員だけじゃない。全社員が笑顔(スマイル)でいられるのが大事なんだ」


 

 ――ビルの外、冷たい風。

 イチリンは胸に手を当てる。

「今日、またひとつ救えた」

 ノブナガがイチリンの肩に手を添える。

「イチリン、よくやってくれた」


 彼女にはまだ揺れる心がある――。

「兄さま。あなたの隣に立つ強さを、私は身につけてみせる」

「フッ……ではオフィスに戻るか」

 

 ノブナガが小さく息を吐き、マントを翻す。

 その後ろで桃の香りが街に溶けた。

「兄さまの隣に立つ――たとえ、この想いが胸を焦がしても」


 この様子を見たヒデヨシは、すぐにピンときていた。

「ノブナガとイチリン……フフ、なるほどな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ