34. 罪悪感に花は咲かない
寒い日の朝、都心のガラスビルに柔らかな陽が差し込む。
在宅医療を支えるヘルスフラワー社には、今日も真摯な声が飛び交っていた。
「佐久真くん、この分析お願い」
「はい、すぐやります!」
若手社員・佐久真は書類を抱えながら、疲れた目で笑う。
その横を、タブレットを抱えた有沢が通る。小柄な女性、腕にはうさぎのキーホルダー。
「おはようございます……あ、すみません、昨日の資料、夜に送りたかったのですが……子どもの発熱で」
「気にしないでください!」
佐久真は明るく返す。しかし心の奥では思う。
(俺は独り身だし。サポートするの、当然だよな)
有沢も思う。
(迷惑かけてばかり。私がいるせいでみんな大変に……)
罪悪感は、音もなく増幅していた。
――そのとき、空気が変わる。
「利益を生み出せない、“役に立ててない”と思うたび、苦しくならないか?」
黒いスーツにオレンジ色のネクタイの大柄な男が現れる。ニタニタした笑みを浮かべるが、その奥は氷のように冷たい。
「あなたは誰ですか……?」
「俺はただあなたが心配で現れた、通りすがりの者だ」
彼が指を鳴らすと、空気が重く滲む。
「がんばる母親ほど、『我慢しないと』と思う。がんばる若者ほど、『助けられないとダメ』と思う。何故ならこの世は業績がすべてだからな。数字で証明できない貢献なんて、存在しないのと同じだ」
「っ……」
有沢の脚が震え、小さな息が漏れる。
「休むなんて……すみません」
「いえ大丈夫です、俺……全部やりますから……」
佐久真の声も掠れていた。
「フフっ……そうやって犠牲になればいい。優しさなどお前たちを縛る鎖」
※※※
「よしっ! ヘルスフラワー社向けのシステム入れ替えの受注が取れたか」
豊臣が今週の受注レポートをチェックしながら呟いた。すると営業社員が慌てて走ってくる。
「部長、大変です。ヘルスフラワー社案件、先方から“再検討”の連絡が来ています。理由は――」
部下のノートPCの受信メール画面を見る豊臣。
「社内体制の見直しにつき、今回の投資は一旦白紙に戻す!? なんだって?」
――おかしい。
随分前から見積もり内容も含め、詳細検討していたのに、今さら体制の見直し。さらに投資しない判断。
「ちょいと俺、行ってくる!」
豊臣がサッとコートを羽織り、オフィスを出る。
外に出た瞬間、こっそりと脇道に進んだ。
「――変身した方が早いんだよな! スーツ侍・改革!」
金色のスーツにマントを羽織った侍に変身し、ビルの屋上を渡って目的地へ向かう。
ヘルスフラワー社に到着し、変身を解いてから担当者に確認したところ――
「現場の負担軽減のためのIT投資は前々から決まってたんですが、いきなり事業部長から“理想論だ。今は利益確保が最優先”と言われまして」とのことだった。
「理想論……? いや、投資でも数字は出るはず」と豊臣が言いかけた瞬間、橙の霧が喉を締めた。
「私としては在宅医療の記録が効率化されれば、患者さんの対応に集中できると……」と担当者も言ったが、霧のせいなのか苦しそうにしている。
――すると、部屋のドアが乱暴に開く。
そこには黒いスーツにオレンジ色のネクタイをした、大柄の男性が。
「フンッ……感情論など不要だ」
気づけば、橙色の霧が辺りに広がっていた。
担当者が「うぅっ……頭が……そうだ、利益達成のために……」とうなされる。
豊臣はネクタイピンに手をやる。橙色の中で金色のマントが光り、扇で霧を晴らした。
「なんだと!?」
「スーツ侍・ヒデヨシ! 日々の業務を効果的かつ効率的に実施するための投資は……みんなの笑顔のために必要なんだよ! (ついでにシステム会社的にも、購入してもらわないと困る!)」
男はオレンジ色のマントを翻す。彼の正体はミスター・ハイプレッシャーであった。再び橙色の霧が広がり、オフィスの天井が歪む。
「出たな侍。だがもう遅い!」
ハイプレッシャーがサッと消えたので、ヒデヨシはあとを追いかける。
そして、業務フロアに到着して驚いた。社員たちの顔がどんよりとしている。
「おい! みんな……どうしたんだ!」
ヒデヨシが声をかけたのは、有沢だった。
「私は子どもが小さいので、時短なのですが……昨日子どもが熱出してしまって仕事ができませんでした」
それを聞いたヒデヨシが彼女の肩を叩く。
「子どもが熱を出すのはさ、“想定内の突発ミッション”だよ。でもな、それはあんたがちゃんと親やってる証拠だ」
「え……」
その時、彼女の周りの霧が薄まった。これは罪悪感を増大させ、周りを認めるよりも利益最優先の考えに持ってゆく霧だったのだ。
「ヘルスフラワー社は、小さな子どものいる社員も多かったはず。そこを攻撃されたんだ」
ヒデヨシが気づいたが、すでにどの社員も苦しそうな顔をしている。
向こうにいるハイプレッシャーのニヤリと笑う顔だけが、不気味に映った。
――その瞬間、桃色の風が吹く。
「それ以上、彼らを縛るのは許せないわ」
エレベーターが開き、桃色のスーツの女性が現れる。
揺れるポニーテール、凛とした瞳。
「桃の調和戦士――スーツ侍・イチリン。参上!」
ミスター・ハイプレッシャーは舌なめずりする。
「調和? 甘い、甘すぎる。社会は常に競争に勝たねばならない。厳しい世界なのだ!」
「厳しさは必要。でも“傷ついていい理由”にはならないわ」
イチリンは扇を広げ、社員たちの心を読み取る桃色の光を放つ。
「心音可視化・桃弦の鏡!」
イチリンが手を掲げるとそこに光が現れ、フロアに文字が映し出される。
有沢:
「迷惑かけてごめんなさい……わたし弱い母で」
佐久真:
「期待されたい……だけど本当は、助けてって言いたい」
周囲の社員:
「頼ってほしかった。手伝うのは迷惑じゃない」
「あなたがいるからチームなんだよ」
それを見た有沢の瞳から涙がこぼれた。
「わたし……甘えてよかったの……?」
「甘えじゃない。“助け合い”よ」
イチリンがそっと肩に手を置く。
それを見たハイプレッシャーが叫ぶ。
「優しさは善意じゃない。責任感の言い換えだ。罪悪感を背負い続けて、潰れろ!」
「罪悪感は人を縛る鎖。仕事は“罰”じゃない、信頼でつながるものよ」とイチリン。
「おのれ……これでも食らえ! ハイプレッシャー・バーンズ!」
ミスター・ハイプレッシャーが手から炎の攻撃をイチリンに放つ。
「うぅっ……」
「イチリンをよくも……笑顔・百万石アプローチ!」
ヒデヨシが2枚の扇を広げ、金色のオーラで炎をはらう。
「フンッ! 貴様らなど、俺の圧力でぺしゃんこにしてやる。圧搾・炎上!」
ハイプレッシャーの炎の攻撃がフロア全体を取り囲む。
「うっ……何だよこの炎はっ……(ノブナガじゃないんだからっ)」
イチリンも桃色の扇を広げ、必死で対抗している。
その時だった。
「旋風斬り!」
ザンッ!!
空気が裂け、熱が一瞬で消し飛んだ。
炎の檻が霧散し、黒いスーツの男が立つ。
「……そこまでだ。(ヒデヨシ、何か言ったな?)」
イチリンの膝がわずかに沈む。彼女を支えようと肩に触れた手は、炎の中でも力強くて穏やかだった。
振り返ると、ノブナガの顔が目の前にある。
「あっ……兄さま……じゃなくてノブナガ!」
「火傷はないか」
ノブナガの低くて優しい声に、イチリンは頬を染めて頷く。彼のオーラに火傷してしまいそうだ。
「貴様。よくも……許さん! 覇断一閃!」
ノブナガが刀を振り下ろすと、黒い斬撃がハイプレッシャーに向かう。かろうじて橙色のマントで防いだが、体力は消耗したようだ。
「クソッ! 覚えてろよ!」と言いながら、ハイプレッシャーは姿を消した。
イチリンが両手を広げる。
「皆さんを浄化しましょう。桃色花輪・調和閃光!」
桃色の花輪が回転し、罪悪感の霧を切り裂く。社員の胸に温かな光が満ちていく。
「ありがとう……」
有沢は深く頭を下げた。
「私は、母であり、看護師であり、社員。全部、大事にしていいんですね」
「もちろん。あなたの働き方は――あなたの強さよ」
「俺も……」
佐久真が拳を握る。
「ひとりで背負うんじゃなくて、協力が大切なんですね」
イチリンは静かに答える。
「重さは一緒に持てば、軽くなるのよ」
それを見たヒデヨシも頷く。
「時短社員だけじゃない。全社員が笑顔でいられるのが大事なんだ」
――ビルの外、冷たい風。
イチリンは胸に手を当てる。
「今日、またひとつ救えた」
ノブナガがイチリンの肩に手を添える。
「イチリン、よくやってくれた」
彼女にはまだ揺れる心がある――。
「兄さま。あなたの隣に立つ強さを、私は身につけてみせる」
「フッ……ではオフィスに戻るか」
ノブナガが小さく息を吐き、マントを翻す。
その後ろで桃の香りが街に溶けた。
「兄さまの隣に立つ――たとえ、この想いが胸を焦がしても」
この様子を見たヒデヨシは、すぐにピンときていた。
「ノブナガとイチリン……フフ、なるほどな」




