89、贈り主不明のワンピース
目の前に現れた精霊ノキは、真っ白な輝く髪の美少女に変身した。性別はないと言っていたのに、5歳くらいの女の子の姿になってる。
「本当に、ノキという名前なの?」
エリザは、まだ信じられないみたい。この世界には二文字の名前は普通は無いから、だよね。
「当たり前だ。アタシは、ノキ! 二文字の名を精霊主さまに認められた最強の守護精霊だ。みかんが付けた名前に文句は言わせないぞ、人間!」
(ちょ、ノキ……)
エリザをビシッと指差している精霊ノキ。エリザが怒らないかと一瞬焦ったけど、逆にエリザは祈りを捧げる仕草をした。
「大変失礼いたしました、精霊ノキ様。人の姿になる守護精霊は見たことがありません。なんと偉大な……」
「ちょっと待て、人間! いや、エリザか。人の姿になる守護精霊は他にもいる。アタシが偉大なのは、こんなことではない。アタシはな……」
「ノキは、最強にかわいいよねっ! 髪がキラキラしてる。触ってもいい?」
私は、これ以上、ノキがエリザに変なことを言わないように、慌ててノキの関心を逸らす。
「む? みかんはすぐに触りたがるのだな。まぁ良いが……」
ノキの髪を触るとサラサラしていた。だけど髪というより少しモチモチしてて、超細いえのき茸って感じ。手触りが良いから、いつまでも触っていたくなる。
「あっ、でも、どうして人の姿になったの?」
「人の姿でなければ、声を発することができないからな。念話を使うと、聞く能力のない人間には聞こえないだろう」
そう言ってノキは、扉の近くに立つ黒服に視線を向けた。そういう配慮をしてくれたのね。
「ミカン様ぁ、お着替えを……あれ? そのお嬢ちゃんは?」
サラが、クローゼットのある部屋から、私を呼んだ。寮とは違って広いから、ちょっと不便ね。
「ノキだよ。初めて人の姿になったよ」
「ほぇ〜、すっごくかわいいですねぇ」
「うん、ノキは、最強にかわいいからね」
私は、紺色に白いレースがたくさん付いているワンピースに着替えた。初めて着たけど、私にピッタリのサイズだったのには驚いた。
これは少し前に、どこからか届いた物だ。サラは、ダークロード家の屋敷から送られてきたと思っているけど、贈り主は隠されていたみたい。
(まぁ、無難かな)
サラは悩んだ結果、このワンピースを私に着せた。ダークロード家から贈られた物なら、今日の昼食のために用意されたのかもしれないもんね。
「ミカンによく似合うわね。そんなワンピースをどこで買ったのかしら?」
「お姉さま、これは少し前に届いたのですが、贈り主がわからなくて」
「そう。ミカンには、ワンピースを贈ってくれるような……あぁ、そろそろね」
エリザは何かを言いかけて、口を閉じた。エリザには何か心当たりがあるのかな。
「サラは、ダークロード家から届いたと思ってるみたいで」
「そうね。ダークロード家の屋敷を経由したかもしれないわね。さぁ、支度ができたら行きましょう」
ギルドマスターや長距離の転移魔法を使える人を、アパートの前に待たせてるんだっけ。
緊張したサラと鎧を身につけたグラスさんと一緒に、私達はアパートの階段を降りていく。なぜかノキも、人の姿のまま付いてきた。
◇◇◇
「えっ? りょうちゃん?」
アパートの前には、ギルドマスターと喋る、完璧に女装したりょうちゃんがいた。他にも、エリザの護衛の騎士が数人いる。
「お待たせしましたわね。ギルドマスター、そしてこちらが魔導士さんかしら?」
(あっ、エリザは知らないんだ)
サラやグラスさんも、お隣のりょうちゃんだとは気づいてないと思う。ウチの部屋でご飯を食べるときは、いつもりょうちゃんは、男性の姿だもの。
「エリザさんは、コイツとは知り合いではなかったか。えーっと……」
ギルドマスターは、助けを求めるように私に視線を向けた。私の使用人達がどこまで知っているか、わからないからだね。
「ええ、こんなに美しい魔導士さんは、初めてお会いしますわ。えっと、りょうさんとおっしゃるのかしら? 確か、ミカンのお隣の方も、リョウさんでしたわね」
(しまった、エリザに聞かれた)
この世界では、たぶん同じ名前の人はいない。
「エリザさん、初めまして。私は、りょうと呼ばれていますわ。ミカンさんとは、異世界人との交流で知り合いました。今日は、ダークロード家までの往復の護衛ミッションを請け負っていますよ」
(りょうちゃん、ナイス!)
「まぁ! ミカンと親しくしていただいているのですね。ミカンを守っていただき、ありがとうございます」
「いえいえ、ミカンさんはとてもお強いですよ?」
エリザは、りょうちゃんの素性を探ろうとしているみたい。妙に丁寧な言葉に反して、その目は笑ってない。
(どうしよう……)
「エリザ、この人間は、アタシが誕生したときに近くにいた神託者だ。みかんへの害意はない」
(ノキが……バラしちゃったよ)
「ちょっと、ノキ!」
「む? みかんは気にしすぎなのだ。このアタシが、みかんに害意のある人間を近寄らせるとでも思っているのか? エリザ」
「いえ、精霊ノキ様、失礼いたしました」
エリザが謝ると、ノキはフンと鼻を鳴らしてる。りょうちゃんが神託者だってことをバラしちゃダメでしょ。あっ、でも、お隣さんだとは言ってないからいいのか。いや、でもでも……。
「へぇ、精霊ノキ様が、人の姿になるのは初めて見ましたよ。ミカンさんに似ていて可愛らしいですね」
(へ? りょうちゃん?)
「そうですわね。精霊ノキ様は、私達の母に似ていますわ。ミカンは母親似ですから」
エリザは、もう、りょうちゃんを探ろうという気はないみたい。転移事故を心配したのかな。神託者なら大丈夫だと安心したのかも。
「じゃあ、そろそろ行くか。俺も立ち会いを依頼されているからな。置いていくなよ?」
「ギルドマスターなら、置いていかれても自力で来られるでしょう? まぁ、門番がうるさいですが」
ダークロード家の本邸って、私が転生してきたときの屋敷じゃないみたいだけど、転移魔法などの侵入対策は、しっかりしてるよね。
りょうちゃんは、魔法の詠唱を始めている。私達全員を、りょうちゃんがひとりで転移させるのかな。
私は、無意識にサラの手を握っていた。すると、反対の手を精霊ノキが握ってきた。
「準備が整いました。ふふっ、厄介な門番は、無視してしまいますね」
りょうちゃんが妖艶な笑みを浮かべると、私達は転移魔法の光に包まれた。




