90、ミカン、キレる
「あら? 中庭だわ」
私達が到着したのは、森の中の草原のような場所だった。辺りを見回してみると、高い石造の壁が見えた。だけど屋敷らしき建物は、木々に遮られて見えない。
少し離れたところに池がある。その池に気づいたとき、私の背筋が凍った。そうか、あの池に『エリザの妹』は突き落とされたのね。
「お姉さま、ここが本邸なのですね。私は幼い頃に……」
「ミカンには守護精霊がいるわ。怯える必要はないの。あの池には、浮かぶ花が生えているから、ミカンはその花を摘もうとしたのよね」
(そう説明をされたのね)
この身体には、突き落とされた恐怖が記憶されている。
「私は、ここに来たことがあるのですね」
「ミカンは、ここで生まれたの。北の屋敷に移ったのは、ミカンが5歳になる少し前よ。ここにいると、いろいろな災いが起こったからね」
「そう、なの」
エリザは、妹が何度も殺されたことを知らない。私がこの身体に転生するまでに4度も殺されているけど、襲撃者も、すべて殺害失敗だと思っているのよね。
しばらくすると、鎧を身につけた人達がやってきた。
「侵入者だ! 捕えろ!」
(エリザのことがわからないの?)
駆けつけてきた人達からは、強い敵意を感じた。まぁ、当然ね。門をスルーして中庭に転移しちゃったんだもの。
「私はエリザよ! 鎮まりなさい!」
エリザがそう叫んでも、鎧を身につけた人達の殺気は変わらない。エリザは次期当主のはずよね?
仕方なくエリザは剣を抜き、防戦に転じた。エリザの護衛達も剣を抜いている。
「ひぇっ」
私と手を繋いでいたサラが小さな悲鳴をあげた。するとグラスさんはすぐに、私をガードする位置に移動し、剣に手をかけている。
りょうちゃんに視線を移すと、感情の読めない笑みを浮かべていた。ギルドマスターは、りょうちゃんの方を見てるけど、焦る様子はない。
『みかん、これは予想外だが、中庭への転移は正解だったね。門番は、みかんを通さなかったよ』
(ノキ? 念話?)
『うん、みかんだけに伝えている。しかも、アタシをみかんだと勘違いする人間が多いようだ。この屋敷は邪気にまみれている。頭の悪い人間ばかりだ』
(でも、エリザはダークロード家の……)
『エリザを潰したいらしい。この屋敷にいるほとんどの人間は狂ってるよ。当主は、それに気づいているようだけどな』
(後継者争いなのかも)
『みかんとエリザの母親の血を排除したいのだろう。精霊主さまが言っていたことは、これだったんだ』
(ん? 何?)
『この世界の現地人を絶滅させたいらしいよ。異世界人は』
(えっ? 私達はそんな……)
『みかん達のことじゃない。50年程前に、住む星を失って大量に移住してきた異世界人だよ。精霊主さまは、慈悲深く受け入れたことが失敗だったと言っていた』
(私達とは別の方法で来た人達……)
『そう。その大半はブライトロード領にいる。婚姻関係を結ぶことで、ダークロード家にも何人も入っているよ』
(でもなぜ、私達の母親を?)
『みかん達の母親は、現王の従兄弟の娘だ。王族は、純粋な現地人だからな。多くの精霊は、歴代の王族の心から生まれている。王族が滅びれば、精霊主さまのチカラは弱まり、異世界人の暴走を止めるチカラが無くなる』
(えっ……あ、ノキ、あぶな……えっ?)
少女の姿をした精霊ノキの背後に、騎士風の人が転移してきて、躊躇なくノキの頭の上から剣を振り下ろした。
するとノキは、パッと弾けて消えてしまった。
「いやぁっ! ノキ!!」
(ノキが、私に間違われて殺された!)
ノキが光の粒となって消えたことで、呆然としている騎士風の男。
心の底から怒りが湧き上がってくる。気づいたときには、私は、杖を握っていた。
「私のノキを殺したわね!」
私の身体から、とてつもない魔力が溢れ出す。ぐるぐると渦巻く魔力に、私のそばにいたサラは吹き飛ばされ、グラスさんに抱き止められている。
「ひっ! し、侵入者が……」
「私は、ミカン・ダークロードよ! 長距離転移の場所が、少しズレただけじゃない。それなのに、おまえはノキを殺した。最強にかわいいノキを殺した!」
私の頭の中には、この屋敷で、火に焼かれたこと、池に落とされたこと、そして舌を切られたことが、次々と蘇ってきた。こんな仕打ちをしてきたのは、すべて騎士風の者達だ。『エリザの妹』をこの屋敷で3度も殺したんだ。
「いや、ちょっと待ってくれ。ここは本邸……ひっ」
私が杖を向けると、騎士風の男達はジリジリと後退していく。それほど、私の周りの魔力の渦が強いためだ。
「許さない! ノキを殺したおまえは絶対に許さない!」
私がそう叫ぶと、まだ何も魔力をぶつけてないのに、ノキを斬り殺した騎士風の男は、感電したかのようにビクッと震えてドタッと倒れた。
「ミカンさん、そのくらいにしておきなさい。ノキは、こんなことでは死なないよ?」
りょうちゃんはそう言うと、私に何かの術を放った。すると、私の周りに渦巻いていた魔力がパッと弾け、霧状になって散っていく。
「本当? ノキは生きているの?」
「あぁ、すぐには形成できないかもしれないけどね」
(そっか、よかった……)
私の周りの魔力の渦が消えたことで、鎧を身につけた人達の後退は止まった。だが剣を私達に向けたまま、動く様子はない。
エリザやその護衛が防戦していた者達も、動きを止めている。だけど、私に向けていた悪意を感じない。本当にノキは生きているの? 悪意探知器が反応しないよ。
「アナタ達、ミカンを怒らせたわね。ミカンが怒ることなんてないのに、怒らせたわね!」
エリザのよく通る声に、彼らは表情を引きつらせている。
「いや、あの……」
言い訳をしようとした騎士風の人に私が視線を向けると、彼は口を閉じた。
「この場所の防御結界が甘かったので、中庭に到着してしまったようですね。長距離転移は、よく着地場所がズレるんですよ、すみませんね」
りょうちゃんは、わざと中庭を狙って転移したみたいだったけど、私がさっき言ったことを補ってくれた。
すると、ギルドマスターが口を開く。
「真っ先に、エリザさんとミカンさんを狙うのは、どういうことだ? 普通、侵入者を制圧するつもりなら、強そうな俺を狙うのではないのか」
「いや……」
「そこを退きなさい。私達は、お父様に昼食に招かれて来たのよ? アナタ達の主人は、当主の意向を無視するのかしら」
エリザがそう言ったとき、木々の間から、年配の黒服が姿を現した。




