78、カノンさんは二重人格?
「あ、あの、僕、鑑定できるので、その……」
カノンさんは、何とか私にまで聞こえる声を出した。気弱そうな人だと思ってたけど、なぜか顔が赤くなってる。パニックか怒りかわからないけど、頭に血がのぼったのかも。
彼は前に進んだり横に行ったりクルリと戻ったり、ずっと挙動不審な動きをしている。でも声をかけてきたってことは、ゲネト先生のスカーフの鑑定をしてくれるのかな。
(どうしようか)
すぐそこの階段を降りれば、冒険者ギルドの出張所だし、ギルド職員さんに依頼すれば魔道具を使って鑑定してくれるはず。
鑑定の信頼性を重視するなら、今日初めて会ったクラスメイトよりも、冒険者ギルドの魔道具の方が断然いい。だけど、私はそこまでの信頼性は求めてない。
どう答えようかと考えていると、カノンさんは、恐る恐る、再び口を開く。
「ぼ、僕は、魔導士の家に生まれたので、その、あの、アイテム鑑定が、で、で、できます」
(ここで断るのはおかしいかな)
「じゃあ、カノンさんに、このスカーフの鑑定をお願いするわ。外す方がいいかしら?」
私がそう答えると彼は、ホッとしたような笑みを浮かべた。やはり、断らなくて正解だったみたい。
「いえ、そのままで大丈夫で……はない!? す、すみません。外してください。ミカンさんが身につけておられる状態では、すべてのサーチが弾かれます」
「わかったわ」
私は、リボン結びしていたスカーフをほどき、カノンさんに渡した。
スカーフの受け渡しでも、彼は真っ赤な顔をしている。人見知りが激しい人なのかな。私は8歳児で、彼は10代後半に見えるから、まさか8歳児に照れたりしないよね?
カノンさんは、白い光をスカーフに当てている。私が今までに見たサーチの光とは違うみたい。白くキラキラと輝く術だ。
「ミカンさん、終わりました。ゲネト先生のスカーフには、さっきと同じ効果が残っていました!」
そう言ってスカーフを返してくれたカノンさんは、私を真っ直ぐに見て、目を輝かせている。しかも、話し方が変わった?
「倒されたら場外へ転移するという効果?」
「はい。これは、いわゆる身代わりの衣です。一度で消えてしまいますが、瀕死級のダメージでも、このスカーフが代わりにダメージを受けて消滅します。消滅時には、装備者をテリトリーの外へ転移させるので、洞窟やダンジョンなどであれば、外へ強制排出されます」
(すっごい、アイテム!)
あっ、でも、カノンさんの鑑定能力がわからないから、あまり喜ばない方がいいよね。
「へぇ、すごいアイテムなのね」
「はい! ゲネト先生にここまでの製造能力があるとは、知りませんでした。この世界で最強のシャーマンだという噂は事実なんですね!」
(そんな噂は知らないけど)
「有名な高位のシャーマンなのよね? 私は、シャーマンというものが、あまりよくわからないんだけど」
私がそう言うと、カノンさんはとても嬉しそうな、弾ける笑顔を見せた。さっきまでの挙動不審な人と同一人物だとは思えない。
「ミカンさん! 貴女は、本当に素晴らしい人です! シャーマンを全て理解することなど、シャーマン以外の人にはできない。多くの貴族は傲慢すぎるプライドから、わからないとは言えないんです。僕は、そういう貴族には仕えたくありません。ですがミカンさんになら、仕えたいと思います!」
(な、何?)
カノンさんは、まるで就職活動をしているかのような勢いで、一気に、まくしたてるように話したけど……。
「カノン・ブライトロード! やっぱり、おまえか」
(ブライトロード? ブライトロード家?)
カノンさんの勢いに困っていると、グリーンロードの冒険者ギルドマスターが階段をのぼってきた。
「何ですか、ギルマス。僕は家名を捨てましたが」
やはりカノンさんは、さっきまでとは別人みたい。気弱さは消え、ギルドマスターに向ける表情には、強い苛立ちが見える。
「家名は捨てられるもんじゃねぇよ、カノン。しかも、ミカンさんに仕えるだと? ブライトロード家に殺されるぞ。おまえの父親は、ダークロード家を潰そうとしているはずだぜ」
(えっ……何それ)
私は、完全に思考停止状態だった。
「僕は、ブライトロード家のやり方には賛成できません。それはギルマスも同じことでしょう?」
「まぁな。だが、ミカンさんは何も知らない。そればかりか、彼女は今だに命を狙われ続けている。守護精霊が生まれたようだから、これからはマシだろうけどな」
ギルドマスターがそう話すと、カノンさんは表情をガラッと変えた。私が最初に見た気弱そうな雰囲気に戻っている。
(まるで二重人格ね)
カノンさんが、またオロオロし始めた。するとギルドマスターが口を開く。
「ミカンさん、転移魔法陣を使ったのか」
「あ、はい。ゲネト先生の……」
「はぁ、また学生を置き去りにしたのか。しかし、稼働させてなかった転移魔法陣を選ぶとはな。まぁ、カノンの仕業だろ。ミカンさんには魔法陣の改ざん能力はないはずだ」
カノンさんの方に視線を移しても、彼はオドオドしていて、首を横に振っているだけだった。
「ギルドマスター、私が何かを遮断してしまったからかもしれませんわ。あの、カノンさんは……というか、えっと」
(何から聞けばいいの?)
カノンさんの家のことも、二重人格っぽいことも、なんだか私が命を狙われる原因のひとつにブライトロード家が関わってるっぽいことも、何から聞けばいいかわからない。
そして、なぜ、ギルドマスターがここにいるのか。彼は、この出張所には、用事がないと来ないよね? グリーンロードの冒険者ギルドマスターなんだから。
「あぁ、いろいろと混乱しているようだな。とりあえず、今のカノンは人畜無害だ。たまに性格が変わる。さっきの騒ぎ立てていたカノンと、今のカノンは別人だ」
「じゃあ、カノンさんは二重人格な……」
「二重人格というか、魂が二つ入ってるんだよ。騒ぎ立てていたカノンは転生者だ。とは言っても、今この世界に来ている異世界人とは別の異世界人だ。そして今のカノンは、現地人だ」
ギルドマスターは、言葉を選んでいるみたい。『フィールド&ハーツ』とは、カノンさんは無関係なのね。
「二人が一人に?」
「あぁ、たまにこういう転生事故が起こるんだよ。しかし……ミカンさん、それは何だ?」
ギルドマスターの視線は、私の左腕に向けられている。左腕からは、枯れたえのき茸が1本、押し出されるように生えてきた。




