77、カノンという名のクラスメイト
転移魔法陣の中に入ったまま私は、小屋の外にいる人達の方を向いた。
(何て言えばいいかな)
まさか、転移魔法陣の稼働方法がわからないなんて、言えない。魔術科の人にとっては当たり前のことみたいだもの。
すると、私の視線を感じた人達が押し合いを始めた。やはり、私を怖がっているから、関わりたくないのね。
(先生、やりすぎだよ)
まぁ、私がやりすぎたのかもしれないけど。魔術学校では、剣を使える人は少ないと聞く。だから、たいしたことはしてないのに、魔剣士だと思われたのよね。
少し待っていると、気の弱そうな10代後半に見える人が、他の人に押されて小屋に入ってきた。小屋の外に戻りたそうにしながらも、私がいる転移魔法陣に近寄ってくる。
「あの、ミカン・ダークロードさん、2人ずつ転移すべきだとお考えなのですね。あ、あの、僕がご一緒させてもらっても……あの……」
(勘違いしてくれてる!)
「ええ、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。僕は、カノンといいます」
(カノン? 初期ユーザー名?)
確か『フィールド&ハーツ』では、カノンという名前のユーザーは大量にいた。初めに名前を登録するときに、何も選ばなければ、カノンになる。同じ名前の登録はできないから、いくつか試して面倒くさくなると、変更しないでカノンでプレイする人も少なくなかったみたい。
「カノンさん、もしかしてファイを知ってる?」
「し、知らないです」
完全にビビってる彼は、知らないと即答した。時雨さんに聞いたときには、太った妖精みたいな? と、確認されたんだけどな。
(仕方ないか)
「私ね、転移魔法陣の稼働方法がわからないの」
素直にそう告げると、カノンさんは思いっきり目を見開いた。そして彼の口角が少し上がった。
(バカにされるかな)
「ありがとうございます。僕に気を遣ってくれて。ミカン・ダークロードさんには、転移魔法陣の稼働阻害をするチカラがあるのに」
(私、何もしてないよ?)
「家名はいらないわ。ミカンでいいよ。じゃあ、カノンさん、転移魔法陣を稼働させてください」
「わかりました、ミカンさん!」
彼は、ふわっと微笑むと、転移魔法陣の中に足を踏み入れた。そして、わずかに魔力を放ったみたい。ただそれだけのことだけど、その刺激で転移魔法陣は稼働したようだ。
レオナードくん達は、ふたり同時に足を踏み入れた瞬間、転移して消えていったよね? 精霊ノキが、転移魔法陣の稼働を止めていたのかな。
『アタシじゃないよ。みかんがマナの流れを止めてたよ。転移が怖かったんじゃない?』
(そうなの?)
『みかんは身構えると、いろいろなモノを遮断するんだ。転移魔法陣には、リラックスしてないと稼働しないんじゃない? マナが流れないと魔法は発動しないんだよ』
(無意識だったよ)
『ふぅん。でも、より一層ビビらせちゃったね。転移魔法陣の稼働阻害には、かなりの魔力が必要なんだ。みかんの場合は、アタシがいるから平気だけどさ』
(へ? そうなの?)
『うん、でもボスの座に居座るなら、恐怖だけで縛るのは愚策だね。みかんよりも怖い人が来たら、簡単にボスの座を奪われるよ』
(ノキ、別に私はボス争いなんて……)
あぁ、でも、学校では悪役令嬢でよろしくって、りょうちゃんに言われたっけ。私の知る悪役令嬢は、学校一とは言わないけど、せめてクラスの中では一番怖がられてたりするかも。
『みかん、ボスに必要な資質は、強者であるという畏怖を与えることだよ。恐怖だけじゃ難しい。畏れられることが大事なんだ』
(尊敬されるってこと? 私は新入生だから無理だよ)
『みかんの場合は簡単じゃないか。同じクラスはすべて異性だろ? 魅了すればいいんだよ』
(私、8歳児だよ? 色気なんてないよ?)
『レオナードは、みかんにドキドキしてるぜ? みかんの見た目は、たぶん人間の中では美しいんだと思うよ』
(そうなの? そもそも私の見た目ってよくわからないよ。姿見でもくすんでいて、ちゃんと映らないからね)
でもエリザに似ているなら、確かに超キレイかもしれない。
『鏡がくすむのか? 磨けば光るだろ』
(布で手入れしているみたいだけど全然ダメ。メラミンスポンジがあれば綺麗になるのに)
『メラミンスポンジ? あぁ、みかんの前世の魔道具か。よくわからないから、ちょっと覗いてみるよ』
(魔道具じゃないんだけど)
そう返事をしても、ノキの声は聞こえない。私の記憶を探っているのかな。
そんな話をしていると、やっと転移先に到着したみたい。転移魔法って、スピードに差があるのね。常設の転移魔法陣は、すごく遅いと感じた。
◇◇◇
「あれ? グリーンロードのギルドじゃないね」
到着した場所は、ガランとした会議室のような部屋だった。誰もいなくて大量の机と椅子が並んでいる。
「ミカンさん、たぶん、ユフィラルフ魔導学院の食堂の4階会議室です。僕も転移魔法陣でここに飛ばされたのは初めてですが、この会議室は試験のときに利用したことがあります」
「学校なの? それなら、グリーンロードのギルドよりも良かったね。カノンさんが導いてくれたのかな」
「いえ、とんでもないです。僕は、ミカンさんが止められていた転移魔法陣を動かしただけで、行き先はそのときに混んでない所が選ばれるので」
カノンさんの顔をジッと見てみると、彼は挙動不審になっていく。
「ここの3階には、ユフィラルフ魔道学院の専属カウンターがあるよね?」
「はい、あるはずです。今日は始業式だから、きっと空いていると思います」
(ずっとビクビクして、敬語なのよね……)
私は居心地の悪さを感じつつも、深く関わらないようにしようと考えた。悪役令嬢を演じるなら、このままの方が都合がいい。
「じゃあ、そこで鑑定できるかな?」
「ゲネト先生のアイテムですか」
「うん、ただのスカーフに見えるけど、鑑定してもらっておく方がいいと思って」
そう話すと、カノンさんは挙動不審にオロオロし始めた。私が変なことを言ったのかな? あっ、わからない質問をしたのかも。
「変なことを聞いてしまったね。とりあえず、3階に移動しましょう」
私がその部屋から出て、階段を目指して歩き始めると、カノンさんの声が聞こえた。立ち止まって振り返る。
「えっ? 何?」
「い、いえ、何でもありません」
彼はさらに挙動不審に……。
「聞こえなかっただけだよ。もう一度言ってみて?」
柔らかい表情を心がけてそう言うと、彼は、パッと赤くなった。
(扱いが難しいわね)




