68、りょうちゃんの過去
「ふわぁっ、すっごい花畑!」
大きな道を渡った先にも、草原は広がっていた。右前方には小高い丘があり、それをのぼっていくと、色とりどりの花が咲く花畑が現れた。
「さっきの草原からでは、この花畑は見えないから発見するとびっくりするでしょ。ここで草原の監視をしよう」
「うん! びっくりしたよ。大自然って感じだね」
私のテンションは、一気に上がっていた。空気感も少し違う。深呼吸をしたくなるほど、空気がおいしい。
「ふふっ、みかんちゃん、ここに座って」
りょうちゃんは、どこからか切り株のような椅子を出してくれた。異空間収納だよね。さらに小さな木のテーブルも出して、その上にテーブルクロスをかけた。
「なんだか屋外のレストランみたいだね」
「こういうのって、みかんちゃんは好きでしょ? 温かい紅茶とパンもあるよ」
テーブルの上には、マグカップやパンの紙袋が次々と出てくる。さっきの店で買ったパンみたい。焼き立てパンの香りが鼻をくすぐる。
「なんだか、りょうちゃんがカフェの店員さんみたいでカッコよく見えるよ」
「へぇ、嬉しいな。そういえば、みかんちゃんって、こちらの世界に来て3年経つよね? 好きな人ができたみたいだったけどさ」
りょうちゃんは、水筒から紅茶を注ぎながら、チラチラと私の表情の変化を見ているみたい。
「えーっと、そんなこと言ったっけ?」
「うん、何か、ごまかしたでしょ? みかんちゃんの恋話、聞きたいな」
(確かに……ごまかしたことあったけど)
私の恋話を聞きたいってことは、やっぱり、りょうちゃんは私を、ただのフレンドさんとして見てるのよね。
「あっ、さっき、りょうちゃんのことを侍女が知っているから私は着替えさせられた、みたいなことを言ってたよね? どういうこと? あっ、ありがと」
りょうちゃんは、紅茶の入ったマグカップを渡してくれた。これはイチニーさんが使っていたのと同じかも。たぶん、使い捨てのマグカップだ。
「あぁ、その話も今日しようと思っていたよ。私が、『フィールド&ハーツ』を手伝うことにした理由でもあるからね。あっ、パンも食べてね。焼き立てが美味しいからさ」
「うん、いい匂いだね」
りょうちゃんは、もうパンを綺麗に割って食べ始めた。その所作は、とても優雅に見える。学者さんって、偉い人と食事したりするのかな。パンをちぎる動作だけでも、りょうちゃんのテーブルマナーというか、そういう能力が高いのだとわかる。
(私は何も教わってないのよね……)
パンをちぎって口に放り込むと、サクッとした食感のあと、バターの香りとモチモチな美味しさに、思わず声が出そうになる。
「うーん、美味しい!」
「ふふっ、よかった。この店の焼き立てパンって、ほんと美味しいんだ。魔法袋に入れていると劣化しないはずなのに、このサクッとした食感は消えてしまうんだよね」
「へぇ、私、ちゃんとした魔法袋を持ってないの。使用人がくれないから」
「それは当然かな。魔法袋を装備すると、結構マナを持っていかれるからね。子供の間は知らないうちに、魔力切れで倒れることがあるんだよ。でも、みかんちゃんの場合は大丈夫だと思うけどね」
「そうなんだ……」
だから、サラはダメって言ってたのね。魔力切れで倒れて、そのまま命を落とした冒険者がいるという噂を聞いたことがある。魔力切れになっても魔法袋に魔力を奪われ続けるから、命を落としてしまうのかな。
(魔法袋って、危険なのね)
りょうちゃんは、二つめのパンを食べ始めた。朝食を食べてなかったのかな? 朝食をしっかり食べた私は、パンは美味しいんだけど、半分で充分かもしれない。
「アパートに時々来るパン屋さんの焼き立てパンは、ミルクっぽい優しい味だよ」
「みかんちゃんは、ミルクっぽいパンの方が好き?」
「ん? このバターの香りのパンの方が好きかな。朝食には優しい味もいいけどね。あっ、朝食をたくさん食べたから、今はまだお腹がね〜」
私がそう言うと、りょうちゃんは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。そして切り株の椅子を私のすぐ横に移動させた。
「じゃあ、右手のパンをもらおうかな」
りょうちゃんは、パクッと私が持つパンにかじりついた。
「あっ! 泥棒〜」
「ふふっ、ドロボーっす」
ケラケラと笑いながら、りょうちゃんは、私が手に持つパンを、結局全部食べちゃった。なんだか餌付けしているような変な感じ。
「朝食は食べなかったの?」
「食べたよ。でも、みかんちゃんが困った顔をするのが、なんだか可愛くてさ」
「餌付けしてる気分になったよ」
「ふふっ、それもいいかな」
「へ?」
「冗談だよ。誰かに食べさせてもらうなんて、いつ以来だろう?」
りょうちゃんは、少し遠い目をしている。そういえば私、りょうちゃんのことって何も知らないな。フレンドさんのときも、私のことばかり相談してた。
「りょうちゃん、さっきの話だけど……」
私がそう言いかけると、りょうちゃんはマグカップの紅茶を一気に飲み干した。そして私に向けた表情は、さっきまでとは全く違う大人の顔だった。
「そうだね。その話からしようか」
りょうちゃんは、また紅茶を注いでいる。少し迷っているようにも見えた。
「無理しなくても大丈夫だよ?」
「みかんちゃん、ありがとう。でも、話すつもりだったから、聞いてくれる?」
「うん、わかった」
私がそう答えると、りょうちゃんは笑みを見せた。それは少し寂しそうな笑みだった。
「私はね、『フィールド&ハーツ』には、最初は関わってなかったんだ。だけど、今から8年ほど前かな。みかんちゃんの前世の世界でのプレオープンの頃に、妻を亡くしたんだよ」
「えっ!? そ、そう、なの……」
(りょうちゃんは既婚者だったんだ)
「それを公表したのは3年前なんだけどね。妻を失うと、すぐに次の相手をと騒ぎ立てられる。だから気持ちが落ち着くまで隠していたんだ。『フィールド&ハーツ』にユーザーとして参加したのは、気分転換のために、友人から強く勧められたからなんだよ」
「そっか……」
そんな精神状態のりょうちゃんに、私はいろいろと甘えていたのね。気分転換になったのかな?
「みかんちゃんの侍女が服を着替えさせたのは、私へのアピールだと思うよ。学者への求婚には、青い物を身につける風習があるからね」
「だから、青いワンピースなのね」
(全然、知らなかった)
「ただ、今の私は、亡くした妻の死因を調べているから、まだ誰とも結婚はしないけどさ」




