53、身分証を見て態度を変える者たち
「身分証の提示を!」
冒険者ギルドの地下では、以前と同じく身分証の提示を求められた。地下を守る騎士風の人達は、時雨さんの顔を見て挨拶してたのに、決まりは守るのね。
時雨さんが見せた後に、私もカードを提示した。すると、時雨さんまでが覗き込んでくる。
「あれ? レベルの割に、冒険者ランクは低いのね」
(スポンジの木の……えのき茸のせいかな)
総合レベルは、経験値に応じて上がっていく。でも冒険者ランクは、ミッションを受注して達成しないと上がらないもんね。
「そうかな? よくわかんないよ。シグレニさんも見せて〜」
「閲覧は、有料になりまーす」
「ええっ?」
そう言ってクスクス笑ってるけど、時雨さんはカードを見せてくれない。私のカードは見たのにズルイ〜。
でも、もし私が身分証の提示を命じると、彼女は見せてくれると思う。友達だから、そんなことしないけど。
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【称号】名を授かりし者
【名前等】ミカン・ダークロード(8歳)
【総合レベル】 55
【冒険者ランク】 E
【商業者ランク】 E
【製造者ランク】 G
【特殊能力等】 特になし
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改めて眺めてみても、よくわからない。レベル55って高いのかなぁ? ゲームなら、確かレベル50までは、すぐに上がったはずだけど。
「私の年齢なら、普通はどれくらいなのかな」
「ミカンさんは、普通を知りたがるよね。守衛さんなら知ってるんじゃない?」
時雨さんに話を振られて、騎士風の人達は、ちょっと戸惑っているみたい。あっ、違うかな。私のカードを見てから、彼らの様子がおかしい。
「えっ、あっ、えーっと、普通と言われましても……」
「ミカンさんの年齢でカードを持つのは、ほとんどが貴族です。貴族は秘密主義な方が多く……」
(なるほど、わからないのね)
「10歳のデータなら、あります! 異世界人との交流が決まったときに、グリーンロードの冒険者ギルドで一斉調査をしました。こちらです!」
分厚い本のようなものを取り出して、私に渡そうとされたけど、そこまで知りたいわけじゃない。
「そんな重い本を渡されても困りますよ〜。ミカンさんの細い腕が折れちゃうよ」
「ハッ! そうですね。えーっと……」
騎士風の人達が、何人か集まってきた。そしてテーブルも出してきて、ページをめくっていく。
(大ごとになってきた)
時雨さんに、もう行こうと合図をしたけど、彼女自身がそのデータに興味があるみたい。情報屋だもんね。
「何をされているのですか」
(りょうちゃん、かな?)
占い師風のローブを着て、顔をベールで隠した男性が、突然現れた。でも、りょうちゃんにしては声が低いし、纏う雰囲気がクールすぎる気がする。
時雨さんの方に視線を移すと、彼女も、いま現れた神託者さんが何者か探っているようだ。
騎士風の人達が、まるでオバケでも見たかのように、すっごく驚いた顔をしている。
(何か変だな)
神託者さんが、この通路に出てくることなんてあるのかな? 神託者は素性を隠すために、正装のローブ姿で外に出ることは禁じられていると、何かの本で見たことがある。
左腕に触れてみると、鈍い痛みを感じた。スポンジの木が弱い悪意に反応している。
「す、すみません。ちょっと、こちらのお嬢さんが、子供の平均的なレベルを知りたいとおっしゃったので……」
「なぜ、こんな子供の問いに答えてやる必要があるのですか? 見かけない子供ですが、名家のお嬢さんなのですか」
(なんか、嫌な感じ)
私がムスッとしていると、騎士風の人が口を開く。
「神託者様が、身分証の提示を求められていますよ」
「えっ? あぁ、はい」
私は、再びカードを出して、神託者さんに見せた。
(痛っ!)
左腕がズキンと強く痛んだ。神託者さんは、私の名前を見て、強い悪意を向けたんだ。今は左腕に触れてなかったのに痛んだということは……襲撃されたときと同じね。この神託者さんは私に強い殺意を向けている。
(まさか、ここで襲撃しないよね?)
「ダークロード家か。だからといって、そんな文書を閲覧する権利があるとでも?」
(難癖をつけて、私を捕まえたいのかな)
子供のふりをして、この地下を守る人達のせいにして逃げることもできる。だけど、私はもう、何も知らない転生者ではない。
私は、その神託者さんを真っ直ぐに見て、口を開く。
「貴重な情報だから、開示できないということでしょうか。私は、異世界交流の監視委員会に参加していますが?」
「それがどうした? グリーンロードでは多くの者が参加している」
(言葉遣いが変わった)
この人も貴族なのかな。顔を隠しているからか、私への殺意がバレてるとは思ってない。とても傲慢で、嫌なタイプね。
「異世界人と関わる上で、この世界の常識を知らないと恥になります。私のような子供は恥をかいておけと、おっしゃっているのでしょうか」
「は? いや、そういうわけでも……」
私が反論すると、神託者さんは返答に困ったみたい。エリザの妹は、無口で弱いと思われているのか。
(だから、狙われるのね)
出演者登録をしても、あまり変わったとは感じない。絶対に半減なんてしてない。キチンと反論すべきことはしていこう。
「それに私の素性を知ると、突然悪意を向けられましたね。正装した神託者さんが、そんなことでいいのですか?」
「チッ、サーチの魔道具か。俺が神託者を失ったことまで、なぜ……」
ガラリと彼の雰囲気が変わった。
(神託者を失った?)
私はそんなこと言ってない。神託者じゃないのに、神託者のローブを着てるの?
私は咄嗟に、時雨さんの腕を掴んで階段の方へ逃げようとした。だけど、時雨さんが動いてくれない。
(あれ? 誰も動かない?)
「ダークロード家のガキが、なぜ動ける? あぁ、左腕に護符を巻いているのだったか」
その人が意味不明なことを呟いた瞬間、私の着ていたシャツの左袖が、肩から引きちぎられた。左腕の包帯があらわになる。そして包帯もハラハラと落ちてしまった。
「何をするんですか!」
「すでにこの場所は、俺のテリトリーだ。俺の術を妨げる護符など破ってや……る……何? 何もないだと?」
(あー、見えてないのね)
変な術を使われたせいで、学長さんに封じてもらっていたスポンジの木の芽が……透明なえのき茸が、全部、封印から脱走しちゃってる。
ゆらゆらと嬉しそうに、えのき茸が踊ってるようにも見える。透明だから不気味さはないけど……。
(狩りは、しないでよ?)




